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材木問屋・世渡家三男坊の祝言
※材木問屋・世渡家三男坊の祝言 其の一
しおりを挟む「もうすぐ祝言の日だねえ、楽しみだよ。髪結いさんには、痛くないように結ってあげてほしいとお願いしたから、きっと大丈夫さ」
「あ……、あっ、ふ、う、ううっ」
「可愛い、可愛い、大事なくるみ。お前さんの花嫁姿はきっと、それはそれはきれいなんだろうねえ」
「あ、ああっ!」
褥の上に座り、後ろからささやけば、可愛いくるみは小さな体を震わせ甘く啼く。足は抱きしめるように手を回し、指先で優しく胸の先をなで、くすぐり、時にこねながら、腕の中の娘が快楽にとろけるのを愛でる。
褥からくるみの尻が浮くたびに、くちり、と小さく濡れた音がする。
時間をかけ、ゆっくりとくるみの体を愛でただけあって、肝心の場所に触れずとも褥を濡らすほど感じているらしい。
なんて可愛いのだろう。
「本当に、くるみは褥の上でもいい女だよ。素直な体で、慈しめば慈しむほど、たっぷり濡れて応えてくれる……。そのうえ、お前さんの中は極楽だ」
「あ、ああっ、ああんっ」
熱い息とともにささやかれ、舌先に耳をなぞられて、胸の先を責められて、くるみは大きく身をよじった。体中を桜色に染めた姿で、辛抱できないとでもいうように腰をくねらせる。
「可愛いお尻をそんなに振って。触ってほしいのかい? それとも、俺を極楽に寄せてくれるのかい」
「あ、あああっ」
とろりと濡れた太ももをゆっくり撫でると、嬌声が大きくなった。
「蜜をこんなにあふれさせて、男を誘う女のにおいをさせて……。可愛いくるみ、そんな風に誘わなくったって、俺はもう、とうにお前さんに溺れているよ」
くるみの脚を撫でる足の手が、柔らかなふとももにぎゅっと挟まれた。両脚をこすりつけ、くるみは体でねだってくる。鼻にかかった声は甘えるようだ。
「ああ、ごめんよ。意地悪だったかね。これからたっぷり、ほぐしてあげよう。くるみには、まかり間違っても、痛い思いはさせたくないからねえ……」
「あ、あ、ああっ……!」
濡れそぼった柔らかな場所に指を沈める。
男の太く長い指に深く入られ、くるみはぶるっと身を震わせた。とろけた顔をして、ひときわ高い声で啼く。
「指だけで果てたのかい? ああ、もう、お前さんはなんて可愛いんだろうねえ」
「ひ、あ、あああっ」
軽く達した体を中から優しくかき回す。くるみはびくびく体を震わせて、ぎゅうっと布団のかわを握る。
「熱くて、柔らかくて、たっぷり濡れて、指を離すまいと健気に絡みついてくる……。お前さんのここは、絶品だねえ。たまらないよ。今日も、ゆっくり寝かせてあげられなさそうだ。許しておくれ」
くるみは大きく体をよじって振り返り、足へ返事代わりのくちづけをした。
「んっ、う、ふうっ」
無理な姿勢でする懸命なくちづけは、男の指を強く締めつけることにもなったらしい。唇を離してすぐに、くるみはのどをそらして大きく叫ぶ。
「ああああっ!」
どこか必死でつたないくちづけに煽られて、足はくるみを片手で固く抱きしめた。もう片手で中を責め立てながら、褥へ崩れ落ちていく。
「くるみ、くるみ、お前さんが誰より好きだ。大好きだよ」
真っ赤になった可愛い耳へ、足は、情熱を込めてささやいた―――。
◇
「大奥様! 足坊ちゃん! 大変ですっ!」
祝言まであと三日となった早朝、おしずが金切り声で皆を呼んだ。まだ早い時間の澄んだ空気の中、その声は離れまで届く。
足が布団の中で目を開ければ、いとしい娘がそばで身じろぎをした。
「う……ん……」
小さく開いては閉じる唇が悩ましい。
昨日もたっぷりと可愛がってしまったのだ、まだ起きるのは辛かろう。足はくるみの唇へくちづけし、「そのまま寝ておいで」とささやくと、そおっと音を立てずに部屋を出る。
足が寝起きの姿で駆けつけると、おしずが廊下で、庭を向いて固まっていた。足の姿で我に返って慌てはじめる。
「坊ちゃん、坊ちゃん! なにやら早くから犬の鳴き声がすると起きたらこれがっ」
「……ええと」
庭に、家財道具の小山がある。
積まれた俵、黒塗りの鏡台。汚れないようにだろう、桐箪笥の上に畳まれているのは、華やかな柄の布団である。夜露になど濡れてもいない。たった今、積み上げられたかのようだ。
「誰かお地蔵さんに、笠でもあげたのかい」
「何を言ってるんですか坊ちゃん、これ、嫁入り道具じゃありませんか!」
「ああ……そうか、そういうこと」
「お心当たりがおありですか!?」
「まあ、ね」
きっとお山だ。
くるみに不自由がないようにという、心遣いに違いない。花嫁行列をする予定はないのだが、この嫁入り支度なら、しても恥をかくことはない。
笠地蔵には、当たらずとも遠からずというところだろう。
「なんだそうですか。ならそのお心当たりにお伝え願えませんか、あんまりこの、おしずの寿命を縮めないでくださいって。朝から仰天しましたよ!」
「そりゃあ、悪いことをしたね。でもおしずさんは、百まで生きるよ。なにせ行いがいいからねえ」
「まあ、褒めても何にも出やしませんよ」
おしずはうって変わって上機嫌に、ぱしんと足の腕を叩いた。
「朝ご飯、すぐに支度をいたしますね! これを運ぶ人間も手配しないと……」
ああ忙しい、と呟き、ひとり賑やかな使用人は、足早に中へ戻っていく。
「……これは、立派な支度だね」
「おや祖母様。おはようございます」
寝巻の上から羽織を引っかけ、祖母様が奥からゆっくりと歩いてきた。顔は小山の方をむいている。
「これを見ても、のんきに朝の挨拶かい。お前は本当に、旦那様にそっくりだよ」
旦那様。
先代の当主、祖父様のことである。
先々代の世渡家当主は、才気みなぎる娘の婿選びに苦悩した。悩んで悩んで悩んだあげく、奉公人の中で、商才はなくとも一番気立てのいい男を選んだのだ。それが足の祖父様だ。
商人にしては正直すぎ、優しすぎるきらいのあった祖父は、「お前さんがしたいようにするといいよ。お前さんは弁天様だ、商売の女神様だよ」と、妻のやることすべてに反対しなかったらしい。
気が強くやり過ぎることもあった祖母様を、祖父様はその人柄で敵が増えぬよう支えた。入り婿だが、夫婦仲はびっくりするほど良かったとか。
足は、見た目も性格も、その祖父様に似ているという。
父は才こそ似なかったが、顔も性格もこの祖母似。足の兄たちは、湊小町と言われた母に似て見目良く、中身もとても商人的だ。
足だけが、見た目も、中身も、家族と違う。
気付けば家では浮いていて、いつも後回しにされる立場になっていた。
それを埋めるかのように祖母には可愛がられたが、お店を隠居してもなお稼ぎ続ける祖母に可愛がられることは、兄たちのやっかみを生んだ。
それももうすぐ終わる。
祝言を最後に、足は家から出て店を構える。小さな店だったはずが、祖母様が後ろ盾であるおかげか、あれよあれよと仕入れ先も取引先も増え、新居の間取りもずいぶん変わってしまった。
下女下男をひとりずつ雇えばいい、なんて思っていたのに結局手が足りず、店が上手く動き出すまで、引退していた先代の番頭が来てくれることになっている。
ありがたいことだ。学べることも、多いだろう。
祖母様は、庭の嫁入り道具を一度拝むと、足の方を向いた。
「足。お前が迎える妻は、お山からお預かりした大事な娘御だ。心を尽くしてくるみとお過ごし」
「……はい」
言われるまでもない。
可愛い、可愛い、大事なくるみ。
健気で優しい座敷童。
足といるために山を降り、慣れぬひとの暮らしへ飛び込んだいとしい娘のためならば、足は何だってするつもりだ。
生涯くるみと添い遂げること、くるみが笑って過ごせるように尽くすこと。
いつかの誓いをもう一度、心の中で繰り返しながら、足は祖母にならい、お山からの嫁入り道具に手を合わせた。
◇
夕暮れに染まった空の下、軽快な声が通りに響く。
ほいさっ、ほいさっ、よいさっ、よいさっ!
かけ声とともに、世渡家の前で杵が振るわれている。祝言祝いの餅つきだ。
材木問屋だけあって、人足も力自慢。そろいの半被にねじり鉢巻きをきりりと締めたふたりは、杵の重さなど感じさせない。
この餅は奉公人や近所のひとへふるまわれるが、使われた餅米が、お山の精気をたっぷり含んだ縁起物であると知る者はいないだろう。
三男坊の婚姻は、結納も結納返しも省略し、本日、祝言のみを世渡家で執りおこなう。
これが長男の嫁取りであれば、相手の家とも相談し気張って準備をするものだが、なにせ三男坊だ。しかも周囲に不義理をしての祝言である。相手はお山から来た娘で両親はすでにないとなれば、準備に手をかけても世渡家に得はない。
祝言をするだけありがたいと思え、とは、祖母様をはばかって口にされないものの、それが足の家族の総意であるのは確かだろう。
身内ばかりの寂しい式になるかと思われたが、「三男坊の花嫁御寮を、おふくさんが惚れ込んだ娘さんを拝ましておくんなさい」と祝いの席に出たいと望むなじみが多かったため、今日はずいぶんとにぎにぎしいことになった。
広間では熱燗を飲み過ぎて、もうできあがっている客もいる。
念のため身分を町人にすべく、くるみは祖母様の知り合いにかたちばりの養女として迎えられた。しかし後見人は変わらず祖母様だ。
その祖母の家から出た、花嫁を乗せた駕籠は、もうそろそろ着く頃合いである。
足は待ちきれず、羽織袴の姿で門に立つ。餅や酒を求めて集まったひとのざわめきも、時折向けられる祝いの声も耳に届かない。
手にした扇をぱちり、ぱちりと開いては閉じ落ちつかなげに、通りの向こうを見つめる。
その目にぽつんと灯るあかりが見えた。行列を先導する提灯のあかりである。
きた、きた、花嫁御寮だ―――。
群衆のざわめきを背に、足は扇を帯に挟んだ。先ほどまでの落ち着きのなさが嘘のように堂々と立ち、駕籠が地面に降りるのを待つ。
駕籠の覆いがめくられた瞬間、うちの前で花嫁を迎えるために焚かれた火や、夕日に照らされて、天蚕の白無垢が強い輝きを放った。黄昏の中、それが淡い緑の白無垢だとは誰も気付かない。
春のお山のような香気に、ほうっと多くの者のため息が聞こえる。
介添えの手を借りて駕籠を出たくるみは、いつか来たときのように深々と頭を下げた。白無垢に、白く塗った艶やかな肌。唇の紅の赤さが人の目を奪う。
本来の作法ではないけれど、少しでも早く隣にいたくて、足はくるみに手を差し出した。
介添えからくるみの手を引く役を譲ってもらう。小さな指先の感触に、思いがあふれて息苦しいほどだ。
いとしい、いとしい、大事なくるみ。
健気で優しい、己の妻となる娘。
「ああ、くるみ、きれいだねえ……。今宵のお前さんに勝るものは、誰もいないよ」
涙混じりのその言葉に、綿帽子をかぶった花嫁の赤い口元が、はにかんだように微笑んだ。
足のいとしい花嫁御寮は、この世の誰より、美しかった。
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