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高校編

不健康女子の高一・端午の節句⑤

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 あがりました、ありがとうございましたー、の声とともに巻添さんがダイニングに入ってきて、入れ替わりにたぁくんがお風呂を借りに行った。

 上気した肌が色っぽい巻添さんもバスローブなので、立派なお胸がこぼれ落ちやしないかとどきどきしたけど、下にTシャツを着ていたので安心。
 いや、残念なんて思ってませんよ? 嘘です、ちょっと思った。セクシー谷間を見てみたかったです!

「えーと、巻添さんだっけ、何か飲む? 番茶に紅茶にコーヒーに、冷たいブドウジュースもあるけど」

 私にお茶を出してくれたみたいに、小柄おがら君はイスから立ち上がり巻添さんに訊く。

「あ、ジュース欲しー」
「了解。結構美味しいんだ、僕も飲むけど世渡さんもどう?」
「えっいいの、ありがとう」

 すでにあったかいお茶をいただいているのに、小柄おがらくんは私までお気遣いくださいましたよ、いいひと! 入学式でたぁくんを憤慨させたひとと同一人物とは思えないな。

 美少年なのに何気に紳士な小柄おがら君は壁を隔てたキッチンの向こうに回る。
 っていうか高校生だと青年? でも小柄おがら君、小柄で華奢なせいでまだ少年の雰囲気があるんだよね。
 あとお目々くりくりで睫毛バサバサなの。お人形さんみたい。いや君、男の子でしょうそれいらないでしょう半分寄こせ。

 世の中はまこと不公平であるよとため息をつくと、巻添さんが私の横へ座った。そのまま私の手元のパンフレットを見て目を見張る。

「うわぁ。野郎の股間と派手なパンツ見て何難しい顔してんの」
「いやあ、たぁくんにパンツ選んだんだけどO.K.出なくて」
「どんなの?」
「これ。ぞうさんぱんつ」
「ぶはっ」

 指でカタログを示して見せると吹き出した。

「でもよく考えたらサイズ合わないかもしれないよね、
「ふぐっ」

 そう、たぁくんははじめてのあれやこれやの際に、言いにくそうに巨根自己申告してきたひとですからね! ぞうさんのぞうさんがきつすぎる可能性アリです。

 口元を押さえてそっぽを向きしばらく肩を震わせた巻添さんは、まだ収まらない笑いで声を震わせながらこちらを向いた。

「それで結局どれになったの」
「これ」

 たぁくんが選んだのは、群青の地にパステルカラーで天平風の草花模様が入った和柄ボクサーブリーフ。

「まあこの中じゃ無難じゃない?」
「せっかくだもん、冒険しようぜ!」
「じゃあ世渡さんは下着冒険したんだ?」
「いいえ?」
「清々しいまでに自分を除外したな!」
「えへ」

 私は可愛いコーラルピンクのセットを無難に選びました。だってスケスケぱんつとか風邪引いちゃうもん。

「どうせなら岩並君に下着選んでもらって、『誕生日プレゼントは私♡』をすればよかったんじゃない?」
「ベタすぎますな」
「王道だって」

 ベタです。
 ベタですが、考えなかったわけじゃない。でも実行しなかったのは、どう考えても問題があるからだった。

 だってさ、痛すぎて逆ギレとかした日には、とてもじゃないけどプレゼントなんかにならないでしょうよ!
 それに1番の問題は、全部終わってから、自力で帰宅するのが困難になりそうだということ。

 ほら、たぁくんと最後までしなくても私へろへろになるんですよ? そこへ持ってきてこの体格差、さらにはたぁくんは巨チンを自己申告しておられますからな!

 痛くても苦しくてもいい、たぁくんが欲しい。それだけは本当。
 でも本番済ませた後に私が人事不省じんじふせいじゃあ、お祝いもなにもあったもんじゃないのだ。

「岩並君、どんな下着選ぶと思う?」

 巻添さんは嬉々として、テーブルの上にあったカタログの束から女の子の下着カタログを取り出した。ぱかっと開いて私を見る。

「興味ない?」
「ある!」
「うわあ……」

 3人分のジュースをお盆に載せて運んできた小柄おがら君が、盛大に顔を引きつらせた。

「ちょっとこの空間、僕いづらいなあ!」
「まあまあ。あとで小柄おがら君も、女の子の下着の好みを教えるよろし」
「よろしくない!」


 ◇


 下着の好みはノーコメントだという小柄おがら君オススメのブドウジュースは、白ワインを作るためのブドウで作られたジュースだった。
 ゴールデンウィークにおじいさんのお供をして、スパ付きのワイナリーに行ってきた土産なんだという。見た目は白ワインそのもの、でも甘くて濃くてめっちゃ美味しい。

 ワイン飲んで温泉入ってと大人は極楽かもしれないけど、小柄おがら君はやることがなくて、ブドウジェラートにブドウジュースにブドウゼリーとブドウ三昧をしながら、ひたすら「ネット見てた」とのこと。そんなブドウ漬け、自分までブドウデザートになりそうです。

「うちは元々クリーニング屋でね。明治の頃にここにできたのが1号店なんだ」

 オススメジュースを飲みながら、巻添さんの向かいに座った小柄おがら君が教えてくれる。

 よく考えてみれば、大通りに接する場所には確かにクリーニングの店舗がある。ラブホテルの大きな鉄骨の看板は、下にそのクリーニング屋さんの看板も付いていた。

 オガラララ・ランドリー。
 県内1位のクリーニングチェーンだ。

 店舗の後ろに大きなラブホテル、さらに後ろにトタンの建物、そことラブホテルに隠れるように小柄おがら君のうち。
 このおうち、ラブホテルと同じ外観で作られているけど、入り口はお客の出入り口とは正反対の場所で、迷い込まないように作られているそうな。

 そうか、トタンの建物はクリーニング作業場か。

「で、グランパまではクリーニング屋1本だったんだけどね」

 ところがバブル崩壊で、お得意様だったラブホテルが何軒か潰れ、買い取って欲しいと頼まれたらしい。
 買い取ったはいいものの、しばらく放っておかれ負債扱いされていたそれを任されたのが、入社したばかりの小柄おがら君のパパ。

 廃墟と化していたのを全面改装して経営し始めたら、これが当たっちゃったそうな。
 リーマンショックの後でも閉店するところを買い取り、次々リニューアルさせ、気がついたらラブホ業界県内1位の規模。

 そしたら今度はパパが、改装じゃなくて1からラブホを作ってみたくなったらしい。

「それがここなわけ。女性向けにビクトリアン調で生々しさを出さないように作るとかで、こだわってたよ」

 撮影のためにコスプレイヤーが複数で借りたりとか、えっち以外の使い方もされてるそうだ。

「持ち家がラブホテルってすごいね!」
「持ち家じゃなくて賃貸。会社から借りてるんだよ。でも土地は小柄家うちが会社に貸してるから、店子なんだか大家なんだかわからない」
「ふあー」

 縁のない話に感心していると、烏の行水だったのか、たぁくんがあがってきた。

「お風呂いただきました、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 お礼も礼儀正しければ、バスローブの着方もきっちり、ひもの結び方もきっちり、めっちゃ性格が出ている。
 そんな生真面目系むきむき男子は、私の隣に巻添さんが座っているのを見て少ししょんぼりしながら向かいに腰掛けた。露骨過ぎて巻添さんが苦笑いしている。
 たぁくん、表情は変わらないのにちょっと猫背になります。

「たぁくんも飲む? ジュースいただいてました、美味しいよ。私はお茶があるから全部飲んで」

 私の、コップにまだ半分以上残っているジュースを差し出すと、正面に座った彼はやっぱり、ありがとうと生真面目にお礼を言って手を伸ばした。まだ上気して温かな手が一瞬触れる。目も合う。

「えへへ」

 なんだか照れてしまって、ふたりでにこにこしていると、横で巻添さんがどさりっと机へ崩れ落ちた。

「ひさしぶりの……糖度ッ!」

 ダメージ負ってるのか喜んでるのかどっちですか、巻添さん。
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