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高校編

不健康女子の高一・端午の節句②

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『甘いやわらかさたまらない、君のための春キャベツ♡』

 うおおおお! と野太い歓声にステージの方を向く。

 遠目からは緑のフリル、近くから見るとキャベツ。そんなキャベツブラにキャベツスカート―――もちろん本物ではなく造花フェイクグリーン製―――を着た女の子たちがキメポーズ中だった。お腹まで出すとか攻めてるな。

「肌色過剰のミニスカアイドルだよ、たぁくん見てく?」

 繫いだ手をくいくいと引くと、彼はステージの方を一瞥いちべつし、興味ないとばかりに視線を前へ戻した。

「最前列が異様すぎて近づきたくない」
「ううむ」

 本日のステージは県内ご当地アイドルそろい踏みらしく、かろうじて全国区の県のアイドルから各市町村の身内ノリアイドルまでが、歌って踊って農産物を絶賛PR中である。
 一族郎党ろうとう引き連れてきているのかもしれない、すごい盛り上がりだ。

 ただ、高そうなカメラやらなにやら手にして、最前列でかぶりつきで応援しているおっさんたちは、たぁくんが述べたようにちょっと異様だ。
 お前らファンならもちろんアイドルの推し農産物買っていくんだろうな? キャベツ抱えて帰るんだろうな!?

 橋を渡って来たこちらの河川敷公園は、同じく市が管理しているけれど、元は県から譲渡されたものらしい。
 お昼を食べた向こう側は野球場とグラウンド、あとはだだっぴろい芝生ぐらいだったのに、ここは野外ステージにテニスコート、ゲートボール場なんかがある。満開のチューリップの植え込みが華やかだ。よく見る形のほかに、レースやフリルみたいなふちのものや八重咲きも咲いている。

 ステージ横の野菜てんこ盛り物産コーナーに群がっているのは、アイドルなんか興味なさそうな主婦のみなさまで、ステージとは違う熱気にあふれている。

「熱気で野菜がしんなりしちゃう」
「アスパラガスは取りたてが美味いのにな」
「あっ、ホワイトアスパラガス好きー!」
「野菜の貴族か」
「えっ、高いの?」

 柔らかく調理された、とろけるみたいなホワイトアスパラガスが好きなんだけど。
 たぁくんを見上げると、彼は日差しに目を細めながら物産コーナーを見ていた。連休中の農作業でこんがり焼けて、元の肌の色に戻っている。
 春先の色白なたぁくんも素敵だけど、こっちの方が見慣れていて落ち着きます。精悍ワイルド度が1アップだ。

「日に当てないで作るんだ。手間が掛かるし旬が短い。ヨーロッパじゃ王侯貴族の食べ物だったらしい、だから野菜の貴族。前に見たフランス産のホワイトアスパラガスの水煮瓶詰めは5千円してたな」
「ごせんえん」
「生は国産3Lサイズでキロあたり6千円くらいか。生産地にもよるけど、高いと3キロで2万超えるとかじゃないか」
「キロじゃよくわからないや」
「1本350円前後。牛丼1杯いける値段だ」
「うわお」

 そりゃすごい。今度食べるときはもっと大事に食べようと決心していると、戻ろうか、とたぁくんが繫いでいた手を引いた。

「ここはのんびりするには、にぎやかすぎる。今日のコンセプトはのんびりなんだろう?」
「うん! じゃあまたゆっくり、橋を渡って戻ろう」

 彼は人の中を急ぐことなく歩く。
 私の手を引く大きな手が温かくてポカポカだ。長く太い腕、ずいぶん上にある肩、広い背中。逆光で彼がなおさら大きく見える。

 私の大好きなひと。

 今日は彼の誕生日。1日もらって私が勝手に予定を立てた。でもたぁくんは、文句を言うこともなく、ひとつひとつに喜んでくれている。
 彼が生まれてきた特別な日をお祝いしたいのだ。お祝いをして、一緒に楽しんで、喜んでほしい。
 たぁくんの笑顔が見たいのです。

 照り焼きチキンの作り方をママに教わって作ったサンドイッチは、美味いと褒めてもらえた。たくさん作ってきたはずなのに、あっという間に消えてびっくり。

 問題はその後で、あーん、と私が食べさせてもらうハメになって恥ずかしかった。
 包み込まれるように腕の間へ座らされ、彼の左手に両手を温められ、食べさしのサンドイッチを口元へ差し出されて照れる。

「ほら。あーん」
「えっ、あっ、うん」

 1口かじれば、サンドイッチをつかんだ手が親指で口元に付いたタレをぬぐった。優しく唇をなぞられて、お腹の奥がきゅんとする。
 その手が私の口元から離れて彼の口に移動するのを目で追い、指に付いたタレをなめるのを目撃。

「わー!?」
「別に騒ぐことじゃないだろう、もっと色々しているし」
「そういうことじゃないんですよ、この色気にゅくにゅく君!」

 とろけるみたいな甘い眼差し。
 やめてくださいよちょっと、ここ野外なんですよ旦那! 無駄に色気を振りまかないでー! 至近距離でダメージ受けちゃうからー!
 慌てて彼の手から両手を抜こうとするけどできず、再びサンドイッチが目の前に差し出される。

「イコ、あーん」
「あああ、何この野外羞恥プレイー!」
「確か俺は本日の」
「主役ですぅー!」
「あーん」
「ひー!」

 たぁくんめっちゃノリノリで楽しそうでした。Sっ気あったりしないよね?
 私の手を引き橋へ向かう彼を見つめる。

 せっかく彼が端午の節句生まれなのだ。毎年農作業で出かけたことがないというから、この日にまつわるものを見せてあげたかった。だから交通費はどうしてもかかる。

 行きこそパパのおかげで運賃が浮いたし、お昼も作ってきたからいいものの、帰りはおのおの自費負担。おやつに寄るお店だって飲食にお金が掛かる。主役に支払わせるのは気が引けるけど、私がおごるのは彼がきっと喜ばないだろう。

 なんだってしてあげたいのに、それが喜んでもらえるとは限らないのだ。おもてなしって難しいな。
 これを日常的にしてる玲子ちゃんはすごい。

 人ごみを抜け終わり、彼は手を繫いだまま私の横を歩き始めた。橋は鯉のぼりを眺めたり写真を撮っている人が欄干らんかんにいるくらいで、並んで歩いても邪魔にならない。

 ふと彼が手を離し立ち止まると、かぶっていたアウトドア向けの帽子を取って私にかぶせた。風に飛ばないようにきっちり、あごヒモの長さまで調節する。

「空気が冷たいせいで気付きにくいけど、陽射しが強くなってきた。放っておくと焼けるぞ」
「ありがとう。たぁくんはいいの?」
「ああ」

 見上げると、彼は私の頬骨の辺りの日焼けを気遣うように指先でなでて、そこから手の甲を顔の輪郭りんかくに滑らした。

「可愛い」
「ううううっ」

 吐息混じりのひと言。激甘です! まなざしも声もとろっとろのはちみつです! 鯉のぼり見てた半ズボンボーイがいぶかしげに振り向くレベル。
 ごめんね坊や、すぐ行くから。今のたぁくんはひとに見せちゃいけない色気の権化18禁バージョンだ。メーデー、メーデー、大柄むきむき眼福イケメンのフェロモンが、エロテロリストの領域に達している! 

「いいいい行こ、たぁくん」

 彼の手をつかんで引きながら先を歩く。貸してもらった大きな帽子の下、頬が熱くてひりひりする。これは日焼けのせいじゃない。 

「イコが」
「何?」
「イコが今日の計画を立ててくれて嬉しい」

 後ろ、たぁくんの声がご機嫌だ。
 勢い込んで話すより、ゆっくりと噛みしめるように話す時の方がもっと機嫌がいいのだと、わかるようになったのはいつからだろうか。

「内容を考えているときも、あれこれ準備しているときも、俺のことを考えていてくれたんだろう? イコの中に俺がいたんだと思うと幸せな気持ちになる」
「言い方!」

 ああもー、ああもー、色気も愛情も内心もダダ漏れですよたぁくん!

 このご機嫌状態、前にもあった。正月明けのお茶会や、映画館のペアシートだ。
 どちらも彼はとろっとろのはちみつ紅茶の目をして、色気がにゅくにゅくだった。
 お茶会なんて付き合う前だったから、いつもと違いすぎる彼にびっくりしたのを覚えている。
 まさか、こっちが真面目系お気遣い紳士の地だなんて思わないよね!

「イコ。そんなにさっさと進まずに、ゆっくり歩かないか」

 たった1歩で並んだ彼は、私の顔をのぞき込む。

「背中ばかり見せられたら寂しい」
「ぐふうっ」

 世渡イコにクリティカルのダメージ!
 寂しいとか! なんだその甘えんぼ!

「たぁくん可愛すぎギルティ!」
「えっ」

 たぁくんのあたまぐっちゃぐちゃにかき回して叫びたい。

 ほんとに!
 たぁくんが!

 大好き!!
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