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高校編
高一・端午の節句②
しおりを挟む「なんの変哲もないサンドイッチで申し訳ない! どうぞ!」
なぜか謝罪と同時に出されたものの、パンに焼き目がつけられ照り焼きチキンや卵やレタスがこれでもかと挟まれた、イコの作った中身ぎっしりサンドイッチはとっても美味かった。
「どっ、どうでしょ」
わざわざお茶とは別に持ってきたコーンスープのコップで指先を温めながら、イコが上目遣いで俺の反応を見守る。潤んだまなざしにとろけそうになる可愛い。
イコが、俺のこいびとが可愛い。
俺はでれでれ崩れる顔を必死に引き締めながら、口の中のものを飲み込む。
「美味い」
「ホント?」
「なんで嘘を言わなきゃならないんだ。美味いよ。サンドイッチは美味いしイコの手作りだしイコとデートだし、誕生日ってこんなにすごいものだったんだな……」
「たぁくんが遠い目になっとる! 帰ってきて!」
「わかった、次のイコの誕生日には俺が昼を作る」
「えっ何? 何がわかったの? 宇宙の真理を見つけましたみたいな顔で断言されても困りますがな! でもたぁくんの手料理食べたい!」
広い芝生、周りに誰もいないおかげで、人目を気にせずのんびりランチタイムを過ごせる。レジャーシートの上で、子どものおままごと道具みたいにカラフルなランチボックスや水筒を広げての食事だ。
ちなみに、パーティーサングラスや三角帽子の着用は勘弁してもらえた。
イコの手作りなのだ、味わってゆっくりと食べているつもりなのに、手にしたサンドイッチはもう3個目。美味い。
「うちは、サンドイッチの卵はゆで卵でもスクランブルエッグでもなくて、卵焼きなんだー」
「食パンも焼いてあるし、サンドイッチでもうちによってこだわりがあるんだな」
「そこはこだわりじゃなくて、消化がよくなるようにだよ。焼いた方がお腹に優しいのです」
具だくさんのサンドイッチは崩れないようラップが巻いてある。イコは自分の分を、ラップの端を剥がし小さな口でかぶりついた。
1口が小さい。パンに残った歯形が可愛い。口の中でレタスをしゃきしゃき言わせているのがウサギみたいだ可愛い。
小さな前歯にかじられたい。
尖った犬歯に触れたい。
「たぁくん、そんな熱烈に見つめても、私のも他のとおんなじだからね?」
結構食いしん坊だよね、と笑ってからまた、あー、と口を開けてかぶりつく。一瞬見えた舌が、白い小さな歯が、柔らかく動く赤い唇がたまらない。
小さくて可愛い俺のこいびと。
唇の柔らかさも、濡れた舌の熱さも、白い肌の滑らかさも知っているはずなのに、こうして側にいるだけでまた魅了される。触れたくてたまらなくなる。
「まだまだあるから大丈夫だよ。ほらトマトもあげるー」
イコがあんまり可愛くて、俺は物欲しげな顔をしていたらしい。小さな唇の動きに合わせ開いてしまっていた口に、プチトマトを入れられる。さっきスープのコップで温めていたはずなのに、冷たい指先が口に当たった。
この細い指先を口に含んで俺の熱を分けてやりたい、その衝動の代わりに奥歯でトマトを噛み潰す。
大好きだ。
「イコ、風が冷たいんだろう、ここに座るといい」
「えっ」
「手が冷たい」
スープや紅茶などの水物がこぼれないよう気にかけながら手を伸ばし、引き寄せて足の間に座らせる。腰に巻いていたウインドブレーカーを外し、膝掛け代わりにイコの足へかけてやる。
「ちゃんと着てきたから寒くはないんだけど、元々冷え性だし、むき出しの手だけ冷たくなっちゃったの。やっぱりくっつくとあったかいね! ありがとう」
イコは1度サンドイッチを置いて座り直すとウインドブレーカーを足に乗せた。膝の上へ置かれた冷たく細い小さな手。俺はイコを抱きしめるように腕を回しその手を引き寄せて、両手で包む。
俺の体温なら、いくらでもやる。
わけられるものならなんだってわけてやりたい。
「たぁくん手、ポカポカ! でもこうしてるとどっちも食べられないよね」
「食べさせようか」
「なんですかねその介護。たぁくん今日の主役だってこと忘れてるでしょー」
「今日の主役なら、ちょっとしたわがままも聞いてもらえるんじゃないのか」
「介護が! わがまま! このお世話好きめー!」
笑い出したイコの手をひとまとめに左手でくるむ。空いた右手で、可愛い歯形がついたサンドイッチを手に取り口元へ差し出す。
「ほら。あーん」
「えっ、あっ、うん」
はむ、と食いつく可愛い口。食いついてから照れたのか、耳が赤い。後ろから身を屈めて様子を見れば、サンドイッチから離れた口の端に、照り焼きのタレが付いていた。
サンドイッチをつかんだまま、親指でタレをぬぐう。柔らかい小さな唇の感触に、指からしびれるように幸福が広がる。
そのまま指のタレを舐めれば「わー!?」とイコがうろたえて叫んだ。
「別に騒ぐことじゃないだろう、もっと色々しているし」
「そういうことじゃないんですよ、この色気にゅくにゅく君!」
俺の手から両手を抜こうとするのをおさえ、再びサンドイッチを差し出す。
「ほら、あーん」
「くっ、痛くないのに手が抜けない、さすが空手男子……!」
「イコ、あーん」
「あああ、何この野外羞恥プレイー!」
「確か俺は本日の」
「主役ですぅー!」
「あーん」
「ひー!」
俺は至近距離で、イコの食事の様子を思う存分堪能した。
◇
「じゃあ先に帰っているから、何かあったら連絡するんだよ」
イコのお父さんは言っていた通り1時間後に来て、ピクニックの道具を積み込み帰って行った。
もちろんイコが心配、ということだろうが、交通費がかからないように、身軽に動けるように、という心遣いも見えてありがたい。
イコのお父さんのおかげで身軽になった俺たちは、すぐそばで飾られている鯉のぼりを眺めながら、手を繫いで空色の鉄橋をゆっくり渡る。
「さっきははしゃぎすぎたな……」
少し反省していると、イコは苦笑いをしながら繫いだ手を揺らす。
「楽しかったならいいんだよ、今日はたぁくんの日だもん。まぁ、お外だから、ちょっと、いやかなり、恥ずかしかったけどね!」
「広々していて、周りに人もいなかったから、ついふたりきりみたいな気になった」
「わかる。もちろん、ふたりきりでするならやぶさかではありませんよー」
たぁくんといちゃいちゃするの好きだから、と照れながら口にするので、こちらまで照れてしまう。
俺も同じだよ、イコ。
「おやつはね、さっきいた河川敷公園の横、堤防の内側にあるお店で2時半の予約なの。この鉄橋を写真撮りながら、ゆっくり行って戻っても、1時間ほど余裕があります!」
イコが胸を張るから、段取りのミスではないようである。
時間に大きく余裕があるなら、宙を泳ぐ鯉のぼりを近くで見られる鉄橋での撮影ははかどるだろう。
今日の可愛いイコの写真も増えそうだ。
そんなことを考えていると、イコが俺を見上げて立ち止まり、笑った。
「河川敷に戻ったら、普段忙しいたぁくんに、『なんにもしないでのんびりする時間』をプレゼントするよ!」
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