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高校編

不健康女子の高一・穀雨

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「あ、そうだ。私ね、ビブリオバトル同好会に入ることにしたんだよ」
「ビブリオ、バトル?」

 暖かいたぁくんの腕の中、お皿を持って焼き林檎をもぐもぐしながら口にすれば、体越しに彼の低い声が聞こえる。
 たぁくんはちゃっちゃと林檎を食べ終わり、今は私を構うことに余念がない。大きな手で優しく頭をなでてくれる。もしかしてさっきお手拭きで手を、ぐいぐいゴシゴシ拭いていたのはこれのためですか。私があのお手拭きだったら速攻ボロボロで生きてないなー、なんてくだらないこと考えてすみません。

第一中いっちゅうでやらなかった? 私、図書委員でやったことあるんだ。1人1冊、本のPRを5分でするの。それを聞いて、質問タイムもした後、みんなが1番読みたいって思った本がチャンプ本」

 知的書評合戦、なんて言い方もするビブリオバトル。京都の大学から始まって10年以上が経つらしい。
 原稿は使えないし、5分はけっこう長いけど、大好きな本を話しはじめたら止まらなくなるからこのくらいがいいのかも。ほら、好きなものっていくらでも話せるからね! たぁくんの素敵な筋肉のことなら、私1時間くらい簡単に過ぎると思う。

 私は林檎を食べ終わったお皿をテーブルに置いて、体の向きを変え彼を見上げた。

「火曜日にビブリオバトルしてチャンプ本決めて、木曜日にその本読んできて読書会するんだって。読むの遅い人は途中まででもいいらしいよ。ここがいいとか、誰が素敵とか、みんなでもりあがれるの楽しそう! 中間テスト終わったら、メンバーにしてもらうの。それまでは仮参加」
「そうか。同好会の活動は週2回か」
「そうそう。だからね、火曜と木曜は、たぁくんと一緒に帰れるかもしれない」
「それはいいな」

 たぁくんがきゅっ、と胸に抱きこんでくれる。胸筋たまらないです! 自分からも抱きついて、彼の眼福ボディーを堪能する。
 体調が回復してからの、変に照れてしまう恥ずかしさが少し和らいでいた。なんだったんだろうあれ。片思いの時の気持ちが、よみがえったような。

「学舎は古武術系の部活は恵まれているけど、サッカーも野球も同好会だし、普通の学校にある部活がなかったりするな」
「文化部は4つだけだもんね」

 学舎の部活動において、文化部は本当に少ない。吹奏楽部、書道部、放送・討論部、囲碁将棋部くらいしかない。

 放送部とディベート部の部員減少から統合した放送・討論部。囲碁将棋部に至っては、昔チェス部とオセロ部を吸収したせいで、部室のドアを開けてもあっちで将棋こっちでオセロと何部かわからないらしい。
 そんな部活が存続できているのは、大会で優秀な成績を出せているからだ。

 大会で成績を出し続けられない部活はどうなるか?
 同好会に降格になる。これはスポーツ系でも一緒だ。簡単に言うなら、学舎の名を背負いブランドイメージを保つことができるものだけが部なのだ。

 学舎では、顧問を頼んで正式な同好会として登録すれば、規模によってクラブハウスが割り当てられるし補助金も出る。
 校内の備品も申請すれば借りられるし、顧問が付き合うなら校外活動や時間外活動も許されるのだ。
 部よりも細かいことは言われないし気楽、でも、活動が許されるのは週2回。

 高校生活、楽しみたいなら応援するよ! 趣味の範囲で集まって活動するのも結構。でも学業第一だからね? そんな学舎側の声が聞こえて来そうだ。

「イコは帰宅部のつもりなんだと思っていたけど、違うんだな」
「うーん。最初はね、そのつもりだったんだよ」

 オックスフォードシャツは白地に細い格子のチェック。ベージュのカーディガンに黒のパンツ。専属スタイリスト(暴君)がついているおかげで相変わらずお洒落な彼の胸元に額をあずけると、とくん、とくんと力強い鼓動が伝わってくる。
 目を閉じて響きに集中すれば、愛しいひとの中を巡る血の気分になれるだろうか。

「たぁくんは、勉強に部活におうちのこと、ペロちゃんやるりちゃんのお世話もがんばって、私との時間も作ってくれるでしょう? でも私は、なんとか体が持つようにって、具合悪くならないように気を付けながら、学校に行って帰るだけ。からっぽなんだ。後は、たぁくんとの時間をただ楽しみに待つの」
「イコはからっぽなんかじゃない」

 低い声の奥に怒りといらだち。彼の頬をなで、最後まで言わせてほしいと願えば、彼は不満そうに口をつぐむ。私を見る紅茶の視線はただ今絶賛抗議中。
 私のために、そんなに怒ってくれてありがとう、たぁくん。

「前はもっと酷かった。生きてるのか死んでるのかわからないみたいだった。もっと生きてるだけで精一杯のひともたくさんいるんだけど、私の場合何もかも中途半端で。でも、たぁくんが連れ出してくれた」

 望む望まないにかかわらず変わっていく環境に、いつまでも1人だけからっぽな私は寂しいと泣いたけれど、彼は真っ直ぐ手を差し伸べてくれた。

『これからいろんな所へ行こう。行けなかった夏祭りも、初詣も、塞ノ神も全部行こう。そうして、いろんなひとと会おう』

 一緒になりたい自分を探そう。
 そう言ってくれた彼に恋をしたからこそ、ふさわしい人間になりたいと願う。

「同好会でうまくやっていけるかわからないけど、膝を抱えてたぁくんが来てくれるのを、いつまでも部屋で待ってるままじゃ嫌なんだ。たぁくんがいろんなことをがんばってるみたいに、私も何かしてみたいの」

 黙って最後まで聞いてくれた彼は、深々とため息をついた。

「イコは俺にとって、誰より特別で、素敵なひとだ。俺が気付かないものを見つけて、世界がもっと複雑で面白い場所なんだって教えてくれる。からっぽなんかじゃない。からっぽな人間を、こんなに想ったりしない」

 たぁくんは真正面から私を見て、くちづけをくれた。バターとシナモン、林檎味のキス。
 重ねるだけのくちづけは、唇を甘やかすようなものに変わっていく。下唇を柔らかく吸われ、舌でくすぐられて気持ちよくて溶けそうになる。

 たぁくん、たぁくん。
 たぁくんが向けてくれる好意に、後ろめたさを感じない人間になりたいの。もっと自分を好きになりたいんだ。
 できるかどうかわからないけど、きっかけをくれたのは他でもないあなたです。

 恵まれた体と容姿、何事にも手を抜かない頑張り屋、優しくて真面目なしっかり者。
 私の大好きなひと。

 ちう、とリップ音を残して唇を離すと、たぁくんは私の額に額で触れた。

「世界で1番魅力的なのに、もっと素敵になろうとするんだな、イコ。……困ったな。イコに変な虫でも付いたら、それを生かしておける自信がない」

 甘いささやきへ不似合いな物騒さに、のけぞる。

「えっ、待ってたぁくん、なにマフィアみたいなこと言ってるんですかね? ツッコミどころがありすぎてこっちが困るよ!」

 どうしてたまにポンコツ化するのだ、たぁくん。世界で1番魅力的とか、恋は盲目ですぞ! 評価が高すぎてほんともうどうしよう照れる。

「変なのにつきまとわれたらちゃんと言うこと」
「いやぁ。ないでしょ。ないない」
「言うこと」
「ハイ……」


 ゴールデンウィーク初日、過保護モードになったたぁくんは、おひざの上から降ろしてくれませんでした。
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