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高校編

不健康女子の高一・清明 式の後③

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「ねえイコちゃん。やりたい放題過ぎない……?」

 たぁくんを見送ることもできず、畳の上でぐっすりだった私を「お夕飯よ」と起こしたママは、私の前に正座して呆れた声を出した。
 なんだなんだ。目をこすりながら身を起こす。

「疲れておねむはわかるわ、でもなんでパジャマなの? 丈夫君もいたのに。仲好しでも、お客様でしょう」
「だって、たぁくんがね、そんなに眠いなら、もうお風呂入って着替えて寝とけって。あとはご飯食べるだけで楽だからって」

 嘘じゃない。アレンジだけど。

 彼は動けなくなった私に『今体を洗ってパジャマを着ておけば、後は飯を食って寝るだけだ。楽だぞ』って言って、抱きかかえながら丸ごと洗ってくれたのだ。

 ボディタオルは使わずに泡だけ。大きな手に優しくなでられて気持ちよくて、眠気がなおさら強くなった。『こんな小さな指して……。イコ、可愛い……』とかとろけた声を出す彼に、丁寧に足の指の間を洗われたりしたけど無問題。
 ただ、『リンス、コンディショナー、トリートメントパック?』と彼がパッケージを見て悩みはじめたので、頭はシャンプーだけをお願いしました。頭、いつもよりちょっともっふりしてるかも。

「それでなのね? イコちゃんお風呂あがってから、すぐ寝ちゃったのね?」
「たぁくんに頭乾かしてもらってから、寝ちゃったみたい」
「もおっ、そんなところまで甘えんぼして! じゃあやっぱり、イコちゃんがあがった後の、バスルームの始末は丈夫君がしたのね?」
「え?」

 ママがぱちんと畳を叩いた。

「ママがやるより、バスルームの床が、キレイなの!」
「えっ」
「まさか丈夫君、おろしたての制服姿でうちのバスルーム、お掃除してくれたわけじゃ、ないわよね……? ねえ、どうなのイコちゃん!」
「寝てたから、わかんない」

 ママは顔を両手で覆った。

「バスルーム、ぴかぴかなの……。『勝手にいじってすみませんでした』って、帰るときに丈夫君謝ってくれたのよ。あんなにキレイにしてくれたのに! どうしましょう、明日にでもデパートの地下で、化粧箱入りのメロンひと玉買ってこなくちゃダメだわ……」

 丈夫君メロン好きかしら、とママは顔を覆ったまま、魂が半分抜けたみたいな声で呟く。

「ママ……」
「あとね、イコちゃん」
「はい」
「丈夫君がうちでくつろぐ用のお洋服、持ってきてもらいましょうね。もしかしたら新しい制服で、バスルームのお掃除させちゃったかもしれないなんて……。ママ、今、とっても胸が苦しいの……!」
「なんか、ママ、ごめんね……?」

 私は寝起きの目をしぱしぱさせながら、顔を覆って呻くママを眺める。

 あー、これ、ママのダメージ大きすぎて、帰ってきたパパに怒られるやつだあ……。


 ◇


「……という訳なんだけど」
「いや、お気遣いなく、って伝えてくれるか」
「無理だよ。もう朝、お出かけする気で準備してたよママ」
「気を遣わせたな」

 次の日の朝、駅で会ったたぁくんに伝えると、彼は困った顔をした。やっぱり学ラン姿が格好いい。一緒に改札を通って、手を繫ぎながらホームを移動する。

 おっきくてあったかい手。
 昨日、私の中をゆっくり優しくかき回した長い指。泡で私をそっと洗った、広い手のひら。
 あ……、お腹の奥、きゅんきゅんしてきた。どうしよう。頬や耳が熱くなる。

「どうしたイコ?」
「なんでもないよ、たぁくんメロン好き?」
「ああ」
「じゃあ大丈夫だ」

 デパートの化粧箱入り食べ頃マスクメロン、ひと玉6千円也。これが桐箱入りになると、簡単に1万円を超える。
 お世話になってるお礼になるし、入学のお祝いにもなるし、美味しいし、メロンを贈ってママの気持ちが落ち着くなら、それでいいんじゃないかってパパは言ってた。ただ、贈るより一緒に食べる方が、たぁくんのおうちのひとへの迷惑になりにくいだろう、とも。
 基本、パパはママの気が済むように、としか言わない。

 そんなパパから私には『あんまり好き勝手して、ママを困らせたりしないこと。あと丈夫君に甘えすぎない! 丈夫君は保父さんじゃないんだぞ?』と注意がありました。

 うん、甘えすぎてる自覚はある。

「昨日、時間がないって言ってたの、お片づけも入れてだったんだね」
「当たり前だ。イコのうちだ、使いっぱなしでいいわけないだろう」

 その返事に込められた、いろいろな意味に顔がゆるむ。大好きなひとに大事に思われているって、いいなあ……。

「やり過ぎて、ご迷惑になったみたいだな」
「まさか。ママが、バスルームの床、自分でやるよりキレイになってるってびっくりしてた」
「スポンジでこする力の問題じゃないか? イコのお母さんはイコより小さいだろう、力もそんなにないんじゃないか」
「制服でお掃除したの?」
「一応袖と裾はめくった。いつ親たちが帰ってくるか分からなかったから、さすがに半裸じゃできない」
「全裸だったら動画撮るところだよ!」
「何でだ」

 むきむきイケメン、全裸で風呂場掃除。撮るなら4Kで、揺れる御立派様までばっちり撮影だ。最高じゃありませんか! 撮ったら最後、もうエンドレスで再生する。
 残念ながら制服だったそうだし、そもそも私は和室でぐっすりでしたけどもね!

「それでね、うちでくつろぐ時用のお洋服、持ってきてもらいなさいって。ママ、たぁくんに制服でお掃除させちゃったかもしれないって、すごくショックだったみたい。おろしたての制服なのに、って」
「くつろぐ? あんまりだらしないのは失礼だろうし、なにがいいんだろう」
「なんで? 持ってくるならジャージとTシャツと下着にパジャマ、かな」
「パジャマ」
「うん、そしたら、一緒にお泊まりできるかもしれませんぞ!」
「お泊まり」

 オウム返しばかりだなあと見上げると、はちみつたっぷり、とろける眼差しを向けられて驚く。

「目が覚めて1番にイコの顔が見られたら、きっと、とても幸せだろうな」

 繫いだままの手を取って、指先にくちづけされる。優しい紅茶色の瞳が、くすぐるみたいに私を見る。
 ああもう、この大柄むきむき眼福イケメン、攻撃力が高すぎるよう! ナチュラルボーンタラシめ!
 なにがとんでもないかって、これが全部、口説こうとかたらし込もうとかじゃなく、心の底からのセリフらしい、ということ。

「てれりゅ……」
「言えてない」

 くすり、という息が手の甲にかかる。
 そんな柔らかな表情は一瞬のこと。手は降ろされてしっかりと繫ぎ直され、彼は真剣な顔になる。

「体は大丈夫なのか」
「昨日たくさん眠ったから、大丈夫。心配?」
「入学式で疲れてるところに、無理をさせた」
「おねだりしたの、私なのに」
「っ!?」

 ぼ、と音がしそうなほど一気にたぁくんが赤くなった。顔だけじゃない、耳やうなじまで真っ赤だ。もしや照れておられるのですかな?

「えへへー、たぁくんかわゆい!」

 私は、真っ赤になって目をそらすかわゆい彼と、電車が来るまでずっと手を繫いでいた。

 ちなみに、降りた駅ではエレベーターの中で、まるで逆襲のように熱烈なキスをされるハメになりました。

 もしかしてエレベーターのキス、毎日のことになっちゃうんだろうか……?
    
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