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中学編

不健康女子の中三・啓蟄の末候③

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 不安を言葉にして欲しいと言われたから、選抜クラスでやっていけるだろうかという心配を口にしたけれど。
 私はたぁくんの腕の中で考える。
 この胸の中に巣くう漠然ばくぜんとした、言語化しづらい不安まで、伝える必要はあるだろうか。
 たぁくんも、私の不安は口にしたことだけじゃないと察しているのかもしれない。彼の腕の中、優しいキスで甘やかされる。

 たぁくん。
 無理にはしゃがなくていいとあなたは言うけれど、やせがまんくらいさせてほしいのだ。うじうじしている自分から、ちょっとでも大人になりたいのです。
 なりたいのですが。
 たぁくんの腕の中はあったかくて、彼のにおいに包まれているとどんどん幸せになってしまって、現状なんて全く変わっていないのに、不安なんかどうでもよくなってきている。スキンシップってすごい。
 いいのかなこれ。今の私、相当なダメ女じゃない?
 不安をまぎらわせたくてエッチに依存しちゃう人とかの気持ちがわかりそうです。

 大きな手が、紅茶色の目が、柔らかな唇が、言葉とは違うやり方で私を好きだと伝えてくる。
 ああもうほんと、たぁくんの腕の中大好き。冬のこたつ並に勝てない。

 あと、確かにやせがまんはしていたけれど、たぁくんの部屋のエロ本に興味があったのも、たぁくんのお尻が素敵なのも本当です。
 だってさ、いつも落ちついて物静かなたぁくんが、どんな顔してエロ本読んでるのかとか知りたいよね!
 それに目の前の生着替えは途中からストリップにならないかなーと期待しながら見てた。まだたぁくんの魅惑の生尻を拝む機会には恵まれない。

 そんなわけで、とろけるような甘い眼差しを向けてくれている最中ですが、キミの腕の中の彼女は現在ろくでもないことを考えています、ムードなくてごめんよ。

「イコが悩んでないならそれでいい」

 おや、思ったことをぽろりと口にしてましたか。これは失礼。

「本当に、可愛いなイコは。俺は依存も大歓迎だ」
「またそうやって甘やかすー、だめだようたぁくん」
「キス、したくないか」
「いっぱいしたい」

 素直に答えれば、楽しげに笑われてしまう。

「なんだよう、キス魔うつしてきたのはたぁくんでしょう」
「そうだな」

 たぁくんの親指が、優しく私の下唇をなでる。彼の目の熱が嬉しくて、指の腹をぺろっとなめれば「いたずらだな」とあごを押さえられた。
 柔らかなくちづけに酔う。

 高校に進学しても、たぁくんは勉強に部活に全力投球する予定。まだ4月にもならないのに、空手をするための体作りを本格化しはじめているし、奨学金という、勉学に励むべき理由も作ってしまった。相変わらず手を抜かない人だ。

 片や私の、進学クラスでのんびりやりながら、学校に慣れていこうという目論見は、早くもダメになってしまった。選抜2組は1組に上がりたい人、進学クラスに落ちたくない人でせめぎあっているのだろう。ギスギスしてたらやだな。怖いな。でも、たぁくんが見ていてくれるならがんばってみよう。

 言葉にできる不安も、言葉にできない不安も、キスで溶けていく。
 ああ、もう。
 たぁくんのバカ。

 私は今日だけ、自分がダメ女なのを、たぁくんの腕の中で許すことにした。


 ◇


 たぁくんの腕の中で散々甘やかされていると、ふと視線を感じた。出入り口ではない、カラーボックスなんかが置かれている方のふすまを見ると、少し開いた奥から小さなきらめき。

「るりちゃん?」

 声をかけると、影がぴくっと反応した。

「るり?」

 私を抱えたままたぁくんが呼ぶと、高貴なロシアンブルーは弾丸のような早さで入ってきて、彼の背中に飛びついた。

「うわどうしたお前」
「私がたぁくんひとりじめしてるから、焼き餅焼いてるんだよ。お姫様だもん」
「俺のお姫様はイコだけだ」
「えっ、ここでいきなりぶっこんできますか」

 彼は身をよじりながら手を後ろへ回し、るりちゃんをつかんで私のお腹へ降ろした。

「わっ」

 いきなりのことに驚く。るりちゃんもびっくりしたのか目を大きく見開いて固まった。「同じ顔をしてる」とたぁくんが笑う。
 落ちつかないのか私のお腹の上でるりちゃんは盛んに足踏みをすると、ようやく座ってたぁくんの体へ頭をこすりつけた。

「やっぱり女の子だねえ、るりちゃん。大好きなひとに自分以外のにおいがついてるのがイヤなんだ?」

 なぁう、という甘えんぼな鳴き声も、たぁくんに「かまって」と言ってるみたいに聞こえる。その背中をそっとなでる。
 なめらかなあたたかさ。

「るりちゃん、たぁくん大好きなんだね。私も大好きなんだ」

 なでなで。

「こうして抱っこされてるのが1番好きなの。あったかくて安心するの。ちょっとダメ女にされちゃう魔性のこたつみたいなところがあるんだけど、たくさんちゅーしてくれるんだ」
「……イコ」
「たぁくん今、両手に花だよ」
「そうだな」

 おお、たぁくんが赤くなったぞ。照れながら私の頭をなでる。

「そういえば、あれ飾ってくれてるんだね。お茶会のステンシル」

 カラーボックスの上に、私が関係するものを飾るコーナーができていた。そこだけおもちゃ箱みたいににぎやかだ。
 るりちゃんペロちゃんのステンシルをしたランチョンマットと、ペロちゃん羊羹とるりちゃんごま団子の写真。クリスマスプレゼントのワニは人食い事件の状態で壁から下がっていた。ウサギと錦鯉のガチャポンフィギュアは、彼が言っていたとおり私がラッピングしたまま飾ってある。
 他にもさんまボールペンにレモンの消しゴム、地域文化祭で出品されたお皿との写真なんかもある。贈ったチョコの空き箱も。

「とても嬉しかったから」
「写真もあるんだねー」
「―――そうだ、忘れてた」

 彼は私とるりちゃんを足にのせたまま体を傾け手を伸ばし(腕長い!)、カラーボックスの2段目から小さな冊子を取り出した。

「写真、渡してなかった」

 アルバムだった。開けば合格発表の時のツーショットや、地域文化祭に出品されたたぁくんのおばあちゃんのお皿(さんまボールペンとレモンの消しゴムがのってる)の写真が見えた。

「ありがとう!」

 お礼を言って、るりちゃんの邪魔にならないようにしながらめくる。

「えっ」

 めくるめくる。

「ええっ」

 私だらけだった。
 地域文化祭の時の私がいっぱい写っている。横顔、全身、見入っている姿。つるし雛なんかも写っているけれど基本は私。望遠機能で撮ったのか少し画素が荒いものもある。

「いつの間にこんなに撮ってたの?」
「イコが可愛かったから」

 たぁくんは答えにもならないことを言って笑う。

「可愛く撮れてると思うんだ」
「たぁくん写真上手なんだね……1割増しになってる」

 おかしいな、私いつも写真うつり悪いのに、この写真の中の私は1割増しくらい可愛い。これが愛情のなせる技か。というかなんだこの写真の量!

「いっぱいあるね」
「選びきれなかったんだ。それに、イコが可愛すぎて、写真を見ると照れてしまって、アルバム作るのも時間がかかった」
「わあ……」

 私の写真を見て照れる? どこに照れる要素が? おかしいだろう。私はアルバムを閉じて、にこにこしているたぁくんを見上げる。
 これは、こればっかりは、自意識過剰じゃないと思うの。
 そうだよね?

 ねえ、たぁくん。
 
 ちょっと、私のこと好きすぎやしませんか?

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