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中学編
不健康女子の中三・啓蟄の初候
しおりを挟むみんな月いくらもらってるのかな。
私のお小遣いは月2000円、学用品や洋服その他は別途支給。でも本には使えない。
放っておいたら全部本に使ってしまい、部屋がすごいことになるというわけで、本の購入ついては細かくルールが決められているのだ。
本は週に1冊の換算で月4冊、本棚に空きがない時は買えない。値段が高くても安くても1冊は1冊。上限は設けないけれど「パパとママのお財布を考えて買ってね」と言われている。
ちなみにマンガやライトノベルは、パパやママにとって本の範疇に入りません。こっそり買って読むか借りるかしかない。
私はたいてい、いとこから借りて読んでいる。
「イコと出かけるのはひさしぶりだなあ、しばらく本もガマンしてただろう? 2か月分だから8冊か」
「本棚に空きがないから4冊!」
「そうか。また満杯になりそうか」
今日はひさしぶりに土曜休暇が取れたパパと本屋さんへお出かけだ。工場新設の関係で、一時期過労死でもするんじゃないかというくらい忙しくしていたパパも、ようやく業務が落ちついたらしい。
10時前の道はまだ空いている。助手席から眺める町は、休日の朝寝を決め込んでいるように見える。
「誕生日プレゼントはスマホだったねイコ。高校の入学祝いは時計にしようか」
「スマホで確認できるのに?」
「うーん」
パパはハンドルを握り前を見たまま渋い顔をした。
「時間を見るのにわざわざスマホを出して確認するのは、パパにはあんまりスマートに見えないんだよ」
「スマートフォンなのに」
「スマートフォンだけど」
そこまで言って口をつぐみ、バックミラーやサイドミラーへ目をやり、隣の車線へ移ってからパパは話を再開した。
「パパは電話とメールさえできればいいからガラホを使ってる。イコと一緒にママもスマホを買ったけど、使い方はまあパパと同じだね」
そう、私のスマホを購入するとき、停電の時みたいになったら困るからとママもスマホを買ったのだ。
「スマホは便利だけど道具であって、人が振り回されちゃいけない。1日中さわり続けるものじゃないよイコ。ゲームもそうだね。ゲームは余暇に楽しむもので、生活に支障をきたすような遊び方はスマートじゃない」
「スマートフォンだけど」
「スマートフォンでもね。腕時計なら一瞬で終わる時間の確認に、いちいちスマホを出すのは、美しくないってママなら言うだろうなあ」
ママは美しいものをこよなく愛しております。「きれいなものをいいなあって思っていたら、ちょっとは近づける気がしない? イコちゃん」と、仕草、気遣い、暮らしまで、道徳だって美意識から考える。普段優しいし物腰柔らかなママだけど、実は判断基準が厳しくて頑固なひとなのだ。
赤信号に車を止めてひと息つくと、パパはようやく私の方を向いた。
「人間はね、イコ。本来、1度にひとつのことしかできないんだよ。スマホをいじりながらあれやこれやなんてパパは嫌いだな。今はマルチタスクなんて言葉が一人歩きしているけど」
そうして再びパパは目線を道路へ向ける。
「ひとつひとつを大事にしなさい。あれもやりたいこれもやりたいと、全部抱えて離さないのは赤ちゃんと同じだからね。よく覚えておきなさい」
「うん……」
パパが運転に集中し、車内に沈黙が落ちる中、私はパパの言葉を反芻する。
私は特に不器用で、ながら作業はもってのほか。スマホに関しても同じである。
ひとつひとつを大事にする。
そうできる人になれたなら、少しはたぁくんの隣にふさわしいだろうか。
私を大好きだと言ってくれる、何事にも手を抜かず一生懸命な彼に、私はふさわしくいられるだろうか。
考え込んでいるうちに目的地の本屋に到着した。本に囲まれていれば下がってたテンションがあがる。単行本、選書に新書に文庫本。一通り見て新刊もチェックする。
棚の間を何度も往復し、読みたいものを選び出し抱える。
「イコ、いいのはあったかい?」
「これ」
4冊を渡すと、パパは動きを止めた。
「……遊郭?」
「今ね、吉原が出てくる本読んでるの。だから詳しく知りたくって」
「それ、男性向け娯楽時代小説じゃないか」
「男の人の夢と欲望を形にするとこんな感じなんだねえ。ゴ〇ゴとか、島耕〇みたいな感じ。突き詰めていくと定型化するのかな。強くてお仕事できてハーレム状態!」
「娘から男の夢と欲望を聞かされるなんて。なんていたたまれない……」
パパはそっぽを向いてぼそぼそ呟く。
「パパ?」
「読みたいかい?」
「もちろん!」
ううん、とうなったパパは、本を手にしたままレジへと向かう。
「ママにはどんな本を買ったのか秘密だぞ」
「わかったー」
「あと、面白そうだから、読み終わったらパパにも貸してね」
おやおやそうですかパパ。やっぱりパパも好きですか。
◇
「あっ」
帰り道、車の中から目立つ姿を見つけて声をあげる。
「どうしたイコ」
「たぁくんだ!」
大きな体が歩道を歩いている。ひとより頭ひとつ分大きくて目立つのだ。ジャージ姿で姿勢良く歩くさまはきびきびとして格好いい。
うう、ほれぼれする。
パパが歩道へ車を寄せてくれたので、窓を開けて身を乗り出す。
「たぁくん!」
彼は顔を上げ、こちらを向いて目を丸くした。
「イコ!」
足早にこちらへ近づいてくる。
「出かけるのか」
「もう行ってきたんだよ、ねえパパ」
「こんにちは岩並君」
振り返ると、パパがにっこり笑ってたぁくんへ挨拶した。
「こんにちは!」
ぴっと背筋を伸ばして挨拶を返すたぁくん。格好いい! みなさん信じられますか、このイケメンがあたくしの彼氏なんですのよ!?
「岩並君は今帰りかい、よければ送らせてくれないか」
「ありがとうございます、でもご迷惑じゃ……」
「会えてイコが嬉しそうだからね、迷惑なんてとんでもない! さあ、乗って」
戸惑う彼を強引に誘うパパ。珍しい。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
根負けしたたぁくんが後部座席に乗り込んでくる。私は後ろを振り向いて、目が合ってにっこり。笑顔が返ってきて嬉しくなる。ああもうパパグッジョブ!
喜んでいる私に比べ、たぁくんは少し緊張気味だ。
「お出かけだったの?」
「4月になる前にまた体を慣らそうと思って、武道場に行ってきたんだ。受験で休んでいたから」
「そっかあ」
「岩並君は高校でも空手をするんだよね、熱心だなあ」
「好きなんです、体を動かすのが」
パパの言葉にはにかむたぁくん。可愛い。
「イコがお世話になってるね、ありがとう。キミのおかげで、この冬はイコの寝込む回数が減ったって聞いているよ」
「そんなことは」
「たぁくんにいっぱいお世話になってるんだよパパ! 勉強教えてもらったりしてるの」
「高校も一緒だ、これからもイコと仲好くしてやってほしいな」
「はい」
たぁくんの緊張が少しとけてきた。よかったなあ、なんて思いながら私は前を向き、バックミラーで彼を眺める。
「いやあ嬉しいな会えて! 直接話してみたかったんだ。イコと付き合っているそうだけど、断片しか聞かせてもらえてないからね」
それで、と楽しげにパパは言う。
「うちの子とちゅーはした?」
「えっ」
「パパ!?」
ちゅーよりすごいこと、もうしてるとか言えない。
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