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中学編

中三・桃の節句④

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 まさかイコに「さっさとちんちん出せ!」とか言われるとは思わなかった。ムードもなければ恥じらいもないが。

「でも、好きでしょ?」
「……ッ!」

 そう楽しげに問われれば、答えなんてひとつしかない。

「イコが、好きだ」
「えへへ♡」

 イコが笑う。口元を小さい両手の拳で隠しても、嬉しそうな、恥ずかしそうな笑顔は隠しきれない。
 ああ、もう、たまらなく可愛い。

 俺は、少し乱れたイコのふわふわの髪を指先で整え、額にキスを落とす。好きで好きでしょうがない、愛して止まない俺のお姫様。
 本当は部屋を暗くした方がいいのだろうが、小さく儚い姿を目に焼き付けたくて、それができない。
 身に付けているのは、贈った髪飾りと『勝負パンツ』だけ、敏感な体を無防備にさらけ出して俺を見る、細く小柄な少女。紗のカーテン越しにさす真昼の日差しに、白い肌が淡く浮かび上がるようだ。
 大好きなイコに息がかかるほど近くで触れあえる幸福に酔いすぎて、現実感がない。

 なあイコ、桃の花言葉を知ってるか? 俺は今日、はじめて知ったんだ。

 朝早く嘉規さんの所へお邪魔して、薔薇の花束を貰うとき、そこから直接イコの家へ行けるよう桃の花を持って行った。
 嘉規さんちのおばさんは、俺の手元を見て笑って。

「おや丈夫ちゃん、桃の花も用意したの。準備がいいね!」
「じいちゃんが譲ってくれました」

 じいちゃんが、毎年ばあちゃんのために咲かせている花を「桃の節句の日に呼ばれていくなら」と一枝譲ってくれたのだ。
 果樹は休眠期の冬に剪定し、余計な枝を落とす。じいちゃんは落とした桃の枝をハウスなどで調整し、桃の節句に満開にさせてばあちゃんに贈る。だからこの日、うちは至る所に桃の花が飾られるのだ。

「へえ! さすが泰山さんだ。丈夫ちゃんも好きな子に花を贈りたいとか、見た目だけじゃなく中身も似たんだねえ」

 ビニールハウスへ案内してくれながら、嘉規さんちのおばさんはそう言って笑った。
 じいちゃんの嫁取りは、うちの地域で語り草になっている。

 この地域の住民は親戚が多い。昔ながらの集落ではよくあることだ。元々みんな遠い昔に同じ先祖を持つ氏子、集落の中で気心の知れた家へ嫁や婿を出したりもらったりしてきた。
 うちの地域で昔いたらしい、大柄なご先祖様の特徴を受け継いでいるのはふたつの家。
 うちの岩並家と、ばあちゃんの実家である山並家だ。
 じいちゃんとふたつ違いのばあちゃんは、幼い頃から兄妹みたいに育ったらしい。そして、大柄のじいちゃんと似合いの背丈で育っていくばあちゃんを、じいちゃんは運命の相手だと信じた。

 今でも信じている。

 朝起きれば食事の前にばあちゃんの顔を見に山並家へ行く。ばあちゃんが寝込めば心配で山並家の前でうろうろする。じいちゃんの執着は目に余る程だったという。
 大柄な色男。しかもなかなかの働き者だ、普通ならモテるはずなのに『また泰山さんが千代千代ゆーとる』と呆れられこそすれ、他に浮いた話ひとつなかったというのだから溺愛ぶりがしのばれる。

 そうしてじいちゃんが農大を卒業する年、岩並家は家族総出で山並家へ頭を下げに行った。

『うちの跡取り息子あんにゃは、千代さんがおらんと夜も昼も明けねぇ。どうかこのとおり、千代さんをうちへ嫁にもらえんだろうか』

 岩並家全員に頭を下げられ、どうするかと訊かれた、当時短大の卒業を控えていたばあちゃんは『泰ちゃんより色男で、働き者で、あたしを大事にしてくれる人なんかこの世にいない』と答えた。その時のじいちゃんの顔は見物だったという。
 今にもとろけそうな、幸せそうな顔でばあちゃんを見ていたそうだ。

 今の時代、専業で農家ができる家は珍しい。天候などに左右されやすく育てにくいと言われる果樹でうちが生計を立てていられるのも、すべてじいちゃんのおかげだ。じいちゃんはばあちゃんに苦労をさせないよう、出稼ぎなどでばあちゃんから離れることがないよう、ひたすら働いた。
 その働きぶりも合わせ『泰山さんの嫁取り』はうちの地域で有名だ。

「丈夫ちゃん知ってるかい、桃の花言葉! 薔薇のついでに覚えて行くといいよ」

 嘉規さんちのおばさんはそう言って教えてくれた。

 桃の花言葉―――『私はあなたの虜』。
 ああ、イコ。
 大好きな俺のこいびと。
 俺はいつだってお前に囚われている。

 俺は身を起こした。ベルトを外そうと手をかけて思い出し、ポケットを探る。イコを部屋へ運ぶ前、財布から移したのだ。

「ああ、あった」

 取り出して枕の横へ置くと、イコが不思議そうにそれを見て。

「えっ!?」

 驚きのあまりベッドの上でぼふんと跳ねながら二度見した。

「うわちょっとなにこれ岩並君じゃなかった、たぁくん! やる気満々じゃないですか、最後までしないとか嘘かー!」
「いや、そうじゃない。うっかり出して、イコのベッドを汚したら大変だから。念のために付けようかと」
「ああなるほど……。でも待って、なんで今日持ってたの」
「『いつ何があるかわからないから、相手を傷つけないために取りあえず持っておけ』って保健体育で言われてから、ひとつ財布に入れて持ち歩いてたんだ」

 コンドーム。
 保健体育の授業で、「うちで付け方練習しておけよ」と配られた。その日の休み時間に水風船にして遊んでいる馬鹿もいたけれど、俺はうちで試した。
 破けた。
 トイレや水泳の着替えで周りに「お前のでかいなー」と言われても、からかわれているのだろうと話半分に聞いていた。本当なのだと自覚したのはその時だ。念のため普通サイズとLサイズ、両方買って試したけれど、普通サイズは全滅だった。
 それ以来、俺の財布にはLサイズのゴムがひとつ入っている。

「いいなあ、男子ばっかりずるい!」
「イコは貰ってどうするんだ」
「水風船」
「それ使い方が違う」

 精通していれば女性を妊娠させることができるわけで、不用意な接触が自分や相手の人生を変えてしまうことだってある。『何があるかわからないから持ち歩け』そう習って、使うあてなどないままに入れていたものに、まさか出番があるなんて思わなかった。
 両手を付いてベッドの上で起き上がったイコは、「脱がないの?」とでも言うように小首をかしげてこちらを見上げる。ミーアキャットみたいだ。可愛い。押し倒して滅茶苦茶にしたい。
 俺はイコの前でベルトを外し、きついズボンを下ろす。

「立体構造のパンツだー」

 股間が楽なように縫製されたボクサーブリーフを目にして、なぜかイコのテンションがあがる。なんでだイコ。ためらいを押し殺してブリーフを下ろす。先ほどから勃ちっぱなしのそれが布地に引っかかり、反動でべちっと腹を叩く。興奮しすぎて止まらないカウパーが腹を汚し、ぱたたっと小さな音を立ててシーツに散った。
 怖がっていないかとおそるおそるイコを見れば、その目をまん丸に見開いている。

「うわでっか! グロっ!!」
「えっ」
「うわーなんかぴくってしたー! 私の手首より太くない!? うわー! 長さも私の肘から手首くらいあるかも!? 先っぽ濡れてるー! 血管ビキビキだー! なんかキノコみたいにカサ張ってるしー!」
「ちょ」
「たまもおっきくて重たそう! こんなの股間にぶらぶらさせて大変じゃないの?」
「いやその」
「これこのグロさ、春画のグロさだよ私見たことあるー! 春画って顔とかすっごいあっさりなのに、局部だけびっくりするほど描き込み多くてグロいんだよー、もうほんとそっくり!!」
「……イコ……」
「あ、ちょっとしんなりした」
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