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中学編

不健康女子の中三・立春の末候②

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「イコ、しばらく数学さぼっただろう」
「ぐっ」

 ただ今、私の部屋で岩並君と勉強会の真っ最中です。
 例によって『親と子の読み聞かせ状態』。岩並君はベッドの端を背もたれ代わりにして座り、わたくしといえば彼の腕の中にすっぽりと座っております萌え死ぬ。
 金曜日の知世ちゃんとの会話を思い出せば、なおさら平静ではいられない。
 ぼわってあったかくて、息づかいが聞こえて、ああもう好き! 筋肉も岩並君も大好きぃ! 大胸筋触らせてくださいぃ!!
 興奮でぷるぷる震える私をよそに、岩並君はとてもクールだ。

「これ、むしろ宿題出されてよかったんじゃないか? 実力テストの範囲がわかるし、サボれないしな」
「そっ、そっすね!」
「イコ、今違うこと考えてただろう」
「ちょっちゅね!」

 くっそ、なんでそんなに落ちついてるんだ岩並君! 先日の本命チョコうんぬんは幻聴か。知恵熱出した私が馬鹿みたいじゃないか。私はテーブルを見つめてため息をつく。
 今現在、解いているのは高校の宿題だ。
 そう! 高校から宿題が出たのです!

 土曜日は高校の制服採寸日で、そのお土産が宿題だったのだ。わー、うれしーい(棒読み)。
 合格後に岩並君と「一緒に行こうね!」なんて言っていたけれど、私と彼じゃ登校時間が違うことが判明し別々だった。受験番号ごとに採寸の時間が決まっていたのだ。
 金曜日のうちに熱が下がったおかげでどうにか休まず済んだ私は、制服採寸が終わってから岩並君のおうちへ電話をかけた。
 スマホの件だ。

 3月になれば新生活準備にお客がぐっと増えるだろうし、2月中に用意して色々慣れておきたい。
 ものすごく、ものすごーくドキドキして緊張したけれど、『スマホを見に行くのに都合のいい日を連絡してくれ』と言われたのだ、私から電話しなけりゃ始まらないじゃないか。
 女は度胸、とばかりにかけた電話は、3コールで応答があった。

『はい、岩並です』

 低くて静かな、岩並君の声。かっと体の熱が上がる。

「あにょ、岩並君、イコですが」

 噛んだ。

『ぶふッ』
「わっ、笑わないでよう!」
『悪いイコ。出だしから意外性が高くてつい』
「笑いの解説で追い打ち!? この芸人殺し!」
『いつから芸人になったんだお前』

 楽しげに笑われて、何もかも吹っ飛んでいつも通りの会話になった。ほっとしながら、スマホを選びに行きませんか、とさそう。

『明日?』
「うん。日曜日、ご予定はいかがですか岩並君」
『俺はかまわないけど、イコ、金曜に熱が下がったばかりなんだろう? 予定で今日は仕方ないにしても、歩き回らないほうがよくないか』
「うーん」

 岩並君は私が熱を出した原因にうすうす勘づいているようだけれど、口にはしなかった。私も言わない。知恵熱なんて幼児並ですって言うのと一緒である。ちょっと恥ずかしい。

『スマホは今月中に選ぶとして、今日渡された宿題に目は通したか? 数学、結構難しい問題が多かったな。イコ、大丈夫か?』
「うっ」

 見てもなかった私はうめくしかない。岩並君が難しいなんて言う問題だ、大丈夫なわけがないのだ。

『イコ?』
「岩並君勉強教えてー!」

 そんなわけで日曜日は勉強会となり、私は自分の部屋で、大柄むきむき眼福イケメンの腕の中に収まっている。ああ私今、きっと女性ホルモンの蛇口壊れちゃってるよ。大当たりチンチンジャラジャラ大解放! って、パチンコなんてしたことないからわかんないけど、もうとにかくときめく!
 勉強! できない!!

「イコちゃーん?」

 ドアの向こうから小さくママの声が聞こえた。階段の下から呼んでる。私は岩並君のあぐらをかいた太もも(長くて太い)に両手をついて、ドアの方へよっこいしょ、と身を乗り出す。

「どうしたのママー?」
「お味噌なくなっちゃったから、買ってくるわねー?」
「キッチンにいた方がいいー?」
「火はぜんぶ消したから、大丈夫よー。岩並君に、お夕飯ご一緒にどうぞって、伝えてねー? いってきまーす」
「いってらっしゃーい!」

 玄関の閉まる音を聞きながら、私は岩並君を肩越しに振り返る。

「お夕飯どうぞだって」
「ああ」

 返事こそ静かだったけれど、彼が困ったような情けないような表情をしていて驚く。その拍子に、岩並君の足についていた手へ力がこもった。

「どうしたの」
「いや、それより、まだ問題の途中だろう」
「そうでしたー」

 座り直して数学と向き合えば、今度は頭がムズムズしてくる。
 また私のくせっ毛が岩並君に悪さをしているらしい。しょうがないくせっ毛だな! 岩並君は大丈夫だって言ってくれるけど、鼻とかあごとかむずがゆくないんだろうか。
 くすぐったい顔してるのかな岩並君。見たいな、鏡欲しい。

 ん? 鏡か。ムズムズの時の様子を鏡で確認すれば、原因がわかるじゃありませんか。姿見はクローゼットの中だし、何か代わりになるものはないかな? 私は部屋を見渡す。
 1番大きな本棚の、貴重書を日焼けから守るためのガラス戸部分。ここから真正面ではないけれど、ちゃんと映ってるから代わりになりそう。よしよし。後は、ムズムズしたときにガラスを確認すればいい。

「どうした?」
「なんでもない」

 私は岩並君の腕の中というときめきから気をそらすべく、プリントを見る。はい、無理でした。秒で白旗。女性ホルモン効果で、明日の私はお肌つやつやかもしれないな! 苦しまぎれにガラスを見て気付く。

 岩並君が私の頭を凝視している。じーっと。
 なんですかね、つむじおかしいですか。実はつむじがふたつあったとか? 自分じゃ見えないからよくわからない。ハゲでもあったのかな。やだな。ハゲじゃなくてもそんなに熱いまなざしをそそがれたら、ぼおおって燃えてしまいそうだ。

 どうしたのかと、質問しようと思った瞬間。
 ガラス戸に映った岩並君が私の頭にキスを落とした。

「!?」

 同時にあのムズムズ。

 え。
 ちょっとまって、そんな熱っぽく私の頭見ないで。
 私の部屋で何度もした勉強会、頭がムズムズしなかった日はなかったよ、ねえ岩並君。もしかして全部そうなの?
 キスなの。

 心臓がばくばくいう。耳の後ろの血管がうるさい。こめかみへ急に血流が増えてクラクラする。熱い。熱い。
 岩並君の腕の中、恥ずかしくって逃げたいのに動けない。私たち2人が映り込んだガラスから目が離せない。
 ああ、まただ。また岩並君が身をかがめる。

 私はぱっと、彼の腕の中で振り向いた。こちらに顔を近付けていた岩並君が動きを止めて目を見開く。
 私の様子を見れば、彼だってキスに気付かれたとわかるだろう。でも彼は何も言わずに目を和ませた。とろりとして甘くて、でも奥の熱量を隠しきれない紅茶の瞳。彼は大きな手で私のあごを軽くおさえ引き上げる。

 あれ、これ有名な『顎クイ』じゃないかな?
 そう思ったのと、私の口に彼の唇が触れたのは同時だった。


 ふわっと甘くて柔らかくて、とけちゃうみたいなキスだった。

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