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中学編

不健康女子の中三・立春の末候①

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 ビックリしすぎて熱が出た。
 岩並君衝撃発言の後、うちに帰ったらヘロヘロで、食事が終わってから測ったところ、微熱ありと即刻ベッドへ追いやられる。
 知恵熱なんて幼児か私! 普段どれだけ頭を使ってないかがわかります。いや、お恥ずかしい。
 静かな部屋で寝返りを打つ。寝返りを打つ。もひとつ打つ。

 あーもー眠れるわけがないんだよ!
 なんだあれ、なんだあれ、岩並君の! ほっぺ!! すりってされた! すりって! ああああああ!! どうなってるの!!

 私は頭で処理しきれずに、ベッドの上でじたばた悶える。布団カバーが絡まり足首がコキッといって、ようやく我に返って止まる。あ、これ地味に痛いぞ。
 涙目になって足をなでながら、考えずにいられないのは彼の言葉。

『俺は、今日イコがくれた手作りチョコ、本命チョコだったらいいなと、思ってる』

 温かな呼気と一緒に囁かれた言葉は彼らしく淡々としていて、なのに込められた熱量はむき出しで凶暴だった。
 もうだめだ、今度こそ溶けちゃう、そう頭の芯が白旗を揚げるくらいに。

 冷たい冬の空気に混ざる岩並君のにおい。私をなでる彼の大きな優しい手。触れた互いの頬の体温よりも、彼の肌の感触にお腹の奥が燃えて、今も収まらない。
 足をさするために縮めた体をぎゅっと抱く。

 バレンタインデーなのに、好きになって欲しいとか本命チョコとか何も考えずに贈ったのは、私が思考を拒絶していたからかもしれない。家族の他では1番身近な男の子。ただ喜んでもらいたくて手作りチョコを贈った、はずだった。

 岩並君。
 大柄の均整がとれた体格、恵まれた容姿、何事もおろそかにしない真面目さと優しい心遣い。低く静かな話し方。
 彼と仲好くなれて嬉しくて、優しくされてくすぐったくて、甘やかされて―――不安になった。
 自分がダメになる危機感がいつもあった。

 弱い体。気が付けば周りに迷惑をかけている。だからせめて迷惑それが小さな物になるよう、がんばらなきゃいけない。みんな自分のことに忙しいのだ、差し伸べられる手を当たり前だと思っちゃいけない。
『助けをありがたく嬉しく思うなら、なおさら気を付けないといけないよ。優しい人に頼りすぎて、困らせたくないだろう?』
 そう言われて過ごしてきた。なのに。

『遠慮なんかいらない。本音を聞かせてくれイコ、それが一番嬉しい。俺にとって嫌なものでも構わないから。やせ我慢して、耐えきれなくて、他で泣くなんてやめてくれ』

 いさめられて。

『何もかも急に変えるのは無理だろう。前にも言ったな、ゆっくり、少しずつ折り合いをつければいい。イコは気負いすぎるんだ。俺はイコがもっとわがままを言っても、好き勝手してもいいと思う』

 さとされて。

『これからいろんな所へ行こう。行けなかった夏祭りも、初詣も、塞ノ神も全部行こう。そうして、いろんなひとと会おう。いいひとも嫌なひともいるだろうけど、接しているうちに、自分がなりたいものも見つかるんじゃないかと思う』

 いざなわれて。

『一緒に、なりたい自分を探そう』

 向けられる微笑みにかれた。

 差し伸べられる手も言葉も何もかも優しくて、どんどん、私の中で彼が大きくなっていく。時折向けられる甘い眼差しに、何もかも放りだして浸ってしまいたくて、そんな自分が怖かった。
 好意、愛情、依存、執着、そのどれもが混ざり合って分離できない。
 ただわかるのは逃げられないことだけだ。
 彼の真っ直ぐな思いからも、彼を好きな自分からも逃げられない。

 ねえ岩並君助けて。
 頭の中がぐちゃぐちゃでうまく思考が働かないの。
 好きなんだよ、とっても好きなの。岩並君が大好き。
 いいのかな、岩並君がいないとダメな子になっちゃうよ。
 そんな子でいいの?
 ひっついて離れなくなっちゃうよ、離してあげられないよ?

 あなたが好きだという私が、私自身じゃなく私に似た何かだったとしても。


 ◇


「そんなに面倒くさく考えなくてもいいんじゃないの?」
「そうですかね」

 お見舞いに来てくれた知世ちゃんがつまらなそうにテーブルへ頬杖をつく。つまんないですか、そうですかすみませんね、うじうじしてて。

「自覚はあるんだ?」
「頭ぐるぐるしてるもん」

 熱は翌日の金曜日には下がり、こうしてお見舞いに来てくれた知世ちゃんとお茶会中だ。話題はもっぱら私の相談、頭の整理を手伝ってもらっている。

「シンプルに考えなさいよ。触られて嫌ならアウトとか」
「うーん?」

 岩並君の手でなでられるのは好き。大きくてあったかくて優しい手なのだ。

「相手とキスができそうかとか」
「ちゅーですか!」

 されるんじゃないかとドキドキしたことはある。嫌ではなかった。あれはときめきなのか。動揺じゃないのか。それとも吊り橋効果かな?

「服引っぺがされて体触られてもいいとか」
「いきなりハードルあがったなオイ!」

 あなた何を言ってるんですか知世ちゃん! 熱上がるからやめてほしい。
 動揺する私をよそに毒舌社長令嬢は、話の内容にはそぐわぬ優雅さでカップを傾ける。

「まだ中学生だよ!?」
「もうすぐ高校生なの。大体あんな体力ありあまってそうなゴリラが、性欲弱い訳ないでしょう」
「性欲」

 いやいやいやいや、今の段階では好きっぽいことを言われただけでね? そこまで極端なことにはならないと思うの。

「はっ」
「鼻で笑われた!?」
「あれだけ自覚なしにつつき回して地雷踏んどいて、無事なわけないでしょうが。もうね、早いか遅いかの違いだよ。ある日いきなり襲われてもおかしくないって」
「襲われるんですか」
「性的な意味で」
「ひい!」

 真面目な顔で断言されて怯える他ない。
 待て待て待て、私引っぺがしても楽しくないぞ! 骨と皮だぞ!

「襲われて恨んだり、拒絶して恨まれたりしないか、それだけが心配。あのゴリラがイコのことを大事に思ってるのは間違いないけど。あんたもあいつを嫌いじゃなけりゃ、まあひどいことにはならないでしょう」

 知世ちゃんは眉根を寄せて私を見る。本気なんだ、本気でそういうことまで心配して気遣ってくれるんだ。知世ちゃん、こういう話は好きじゃないのに、口にだって出しにくいはずなのに。

「知世ちゃん……。心配してくれてありがとう」

 親友の心遣いに感激する私へ、知世ちゃんはでっかい爆弾を落とす。

「前にあんた、あのゴリラに種付けプ〇スが似合うとか馬鹿なこと言ってたけど。実際されかねないからね?」
「えっ」

 それ、質量的に私無事じゃ済まなそうです。

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