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中学編
中三・大寒の初候
しおりを挟む「くっそ、合格した奴がのんびり居座りやがって……!」
「でもほら、お目当てがお休みだから」
「糖度が下がった! 息ができるー!」
「世渡さんインフル?」
「違うってさ」
「女の子追いかけながら模試3冠とかどうなの」
「勉強教えてくれ!」
「ばっか、公立受験者の気概を見せろ!」
「気概より合格だろ」
「俺、滑り止めの私立落ちたんだよ……」
「泣くな、泣くな越知込ィ」
全国的な推薦入試廃止の流れにのって、うちの県でも公立高校推薦入試が廃止になって何年か経つ。
代わりにできた特色化選抜試験は、有り体に言えばスポーツ推薦などの一芸入試だ。それも『全国大会以上の成績を残した者』とのただし書きがつく。
仲良の志望校も、特色化選抜は『独自研究またはスポーツで全国大会以上の成績を残した者』だけが対象で、仲良は募集要項を見て「ぐぬぬぬぬ」とうめいていた。
つまり公立高校を受験する人間は、ほとんどが3月半ばの一般入試がメインになる。3月第1週にある卒業式の時点でさえ、自分の進路が決まっているのはほとんど私学の合格者だけなのだ。
そんな者たちに、1月早々志望校に合格した人間が混じったらどうなるか?
答えは冒頭の通りだ。
町支部校の中三はほぼ公立狙いなのだから仕方がない。視線が痛いが耐えるしかない。
席のそこここで嘆きや励ましが聞こえる。
「くっそ負けるな、最後に笑うのは俺たちだ!」
「つーか、滑り止め落ちるとか。理数科やら学究コースやら、私立の難関受けたわけじゃないんだよな?」
「名前書き忘れじゃね?」
「ううう、そうじゃないと辛すぎる」
がんばれ越知込。
声をかけたいが、俺が今何を言っても嫌味になってしまうので、大人しく口をつぐんでおく。
イコが回復して出てくる頃には、こういうものも落ちついているといいけれど。俺はともかく、イコがあれこれ言われるのは嫌だ。
「まあそのうち静かになるだろ、気にすんな丈夫」
「むしろ私はそこのむきむきより倍率の方が気になる」
「それ俺も!」
俺の隣の仲良と、その前の席にいる永井は他よりマイペースだ。
確かに2人の受ける高校は、どちらも公表される偏差値がそれほど高くないのに、その特色から希望者が殺到するタイプの学校である。結果的に実力がないと受からない。今年の倍率はいかばかりか。
そんな風に周りのみんなが受験に必死になる中、俺にはやらなければならないことがひとつある。
大事なことだ。
来月、2月10日はイコの誕生日なのである。
『私の誕生日? 2月10日だよー。ふとんの日でニートの日! きっと、お布団から出たくなくてニートになるのですな!』
と以前、なぜか持ってきていた誕生花の本をぱらぱらめくりながら、楽しそうに言っていたので間違いない。
ちなみに誕生花は沈丁花だそうで、あの甘みの少ない品のある香りと、小さな花がいっぱいつく姿はイコにぴったりだと思ったことを覚えている。
俺はといえば。
『えっ、岩並君5月5日が誕生日なの!? おおー、だからすくすく育ったんだねぇ。え? 誕生花が花菖蒲……? 誕生花考える人、手抜きしたんじゃないですかね』
という反応をもらった。
誕生花の話はともかく。ゆっくりじっくり選ぶなら、そろそろイコの誕生日プレゼントを探し始めなければならない。
クリスマスに送ったパッチン留めが冬向けだから、今度は春から夏にかけて使えるものがいい。
いずれ来る春の訪れに合わせ、花柄なんかがいいだろうか。カラフルで明るい、わくわくするような色使いで。
「どんな風に使って貰いたいかによるねぇ」
家に帰り姉さんに相談したところ、姉はコタツにもぐりながらつまらなそうに言った。
「特別な時に使って貰いたいならそれでいいと思うよ。ただ普段使いは難しいねー。学舎は県下一、校則に厳しいんでしょう? パッチン留め無理でしょ。黒、茶、紺のヘアゴムかヘアピンでなきゃダメなんじゃないかな」
「そうか。となると、やっぱり普段用と2つあったほうがいいのか」
クリスマスの時と一緒だ、と頷くと、姉さんが嫌な顔をした。
「あのさ、プレゼントしたからって、必ず付けてくれるわけじゃないからね? 髪に何飾るかはイコちゃんの自由だからね? なに最初から毎日付けてもらえる気でいるのあんた」
「ッ!」
そうだ。気に入ってもらえるかどうか、毎日使ってもらえるかどうかなんてわからない。
どうして当たり前のようにイコに使って貰えると思っていたのだろう? クリスマスの贈り物を最近使ってくれていたとはいえ。
恥ずかしさで顔が熱い。
「ヘアアクセ限定なの?」
「春をイメージできるものならこだわらないけど、やっぱりヘアアクセがいい。いつも身に付けてもらえるならもっといい」
「あーあ、また出た独占欲」
丸わかりだよ、と姉さんは大げさにため息をついた。
ああそうだよ、独占欲があって悪いか。
可愛い可愛いイコを誰にも渡したくない。目移りなんかできないほどに、俺との関わりを日常にさせたい。
あのふわふわな髪に贈ったパッチン留めがあるのを見るたび、甘くとろけるような幸福を感じるのだ。今更なくしたくない。季節が変わっても、ずっと、この幸せを感じていたい。
我が儘なのは承知の上で思う。
イコに、俺だけ見ていてほしいんだ。
「また探しに行くのに同行してやってもいいけどさ、どうせならイコちゃんも誘いたいよね。服を一緒に選びたいッ!」
姉さんはコタツから起き上がると、俺を見ながらにやにやする。
「そっかー、イコちゃん誕生日2月かあ。バレンタインもあるし、ちまたにお菓子があふれる時期だねえ」
2月14日はバレンタインデー。まだ先の行事ではあるが。
イコからチョコはもらえるだろうか。もらえるなら何でもいい、でもできるなら義理じゃないほうがいい。お返しは3倍返しだなんてちまたで言われているけれど、イコが望むなら何だって贈る。
イコの欲しいものは何だろう。
ああイコ。
まだ具合はよくないだろうか。
俺の頭はお前のことでいっぱいだ。
お前の声が聞けないと寂しくて、なおさらぐるぐる、思考が堂々巡りになる。
だからお願いだ、俺のお姫様。
早くよくなって俺を笑い飛ばしてくれ。
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