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中学編

不健康女子の中三・大寒

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 今日は岩並君がおうちに来る。

 合格通知が来て一番びっくりしたのは、2月や3月に学舎へ行かなきゃいけないことだった。2月は制服採寸だからまあ納得だけど、3月は実力テストなのだという。しかも5教科。

 嘘だ入試3教科だったじゃんかなにそれー! 卑怯だぞ、だまし討ちか!
 通りで、べそかいた後に戻ったら伊井先生が「学舎受かったなら泣いてる場合じゃないぞ、5教科復習しとけー」なんて言うはずだよ……。

 そんなわけで、日曜の今日は岩並君と一緒にお勉強会なのですが。

「イコちゃん、岩並君もうおうち出たそうよ。電話間に合わなかったわねえ」

 ついさっき熱があるのが分かって、ベッドへ追い立てられたばかりです。どうもくらくらすると思ったら結構な高熱だった。最近とうとう風邪をひきはじめていたから、インフルエンザではないと思う。

 せっかく岩並君のおうちから、無病息災・縁起物のスルメをもらったのになあ。
 でもあれ、岩並君が言ってた通り、焦げ臭くて硬くて歯が欠けるかと思いました。あれはしゃぶって食べるのですな! 知らなかった。

「岩並君に、お部屋来てもらって。ごめんなさいしたい……」

 私は枕元に来たママにお願いする。

「そう。イコちゃんのしたいようになさい、この冬とってもがんばったものねえ。今日まで寝込まなかったし、お勉強いっぱいしたし、高校受験も終わったし。岩並君のおかげねえ」
「うん……」

 岩並君。
 あれほど気を遣ってくれた岩並君の心を、無にするようなことをしたのに、謝るなと言ってくれた。
 本音を聞かせて欲しいと言ってくれた。

 岩並君は前にも、私の本音を聞けて嬉しいと言ってくれたことがある。そんなひとに何も言えなかったのは、私自身がぐちゃぐちゃだったからだ。

 未来に向かって懸命に努力しているひとたちと同じように勉強しながら、自分の空っぽぶりを再認識する日々。
 そんな私が高校に受かってしまっていいんだろうか。高校生になれてしまっていいんだろうか。
 岩並君の優しさも、心遣いも、贈り物も、一緒に合格したのも何もかも嬉しかったのに、心の底から喜べない自分が嫌だった。悲しかった。

 どうしてこのままでいられないんだろう。
 そんなどうにもならないことばかり考えた。

『辛くて悲しいのは、それだけ今の環境を大切に思ってるってことだろう?』
『俺は泣いてもいいと思うんだ』
『約束してくれ、イコ』

『一緒に、なりたい自分を探そう』

 静かな低い声で、でも熱を込めて紡がれた言葉。
 優しくて真っ直ぐな岩並君。
 頬に触れ、唇に触れ、目元を冷やしてくれた。
 岩並君のあったかくて大きな手には魔力があるのだ。心が落ちつく、なにより安心する魔力が。

 ほんとに岩並君はずるいイケメンだなあ……。
 くさいセリフも絵になるし。
 この眼福むきむきめぇー。脱げぇー。

 強めの薬を飲んだから、熱からの頭痛も楽になってきたけれど、思考がふわふわする。
 岩並君来るまで起きてられるかなぁ……?





 ぱちん。

 部屋に明かりがついて、意識が覚醒する。重いまぶたを開けてドアを見ると、コートや荷物を片手に岩並君が立っている。
 でっかいむきむき眼福イケメンのおなりである。ひかえおろうー。

「こんにちは……岩並君」
「熱が出たって聞いた」
「うん……ごめんね、無駄足させて」

 岩並君はテーブルの横へ荷物を置くと、私と目線が合うようにベッドサイドへあぐらをかいた。

「無駄足なんかじゃない、気にするな」

 大きな手が、私の前髪を掻き上げて額に触れる。
 いつもはあったかい手が冷たくて気持ちいい。

「熱いな、ずいぶん熱が高いのか」
「ん……」

 目を閉じる。もう開けていられない。

「眠いなら、俺は帰った方がいいな」
「やあ……」

 帰らないで。
 その声を聞いていたい。その手のひらに触れていたい。それさえあれば、なんにも心配いらない気がするから……。

「嫌なのか。じゃあ、イコが眠るまで、ここにいるよ」
「ん……うれし」

 ふ、と笑ったような気配があった。
 髪を掻き上げられ、何度もなでられる。気持ちいい。
 ずっとこうしていて。いっしょにいて。
 あなたといっしょがいい。

 ふわふわ、ふわふわ。
 いつまでそうされていたのかわからない。
 ふと、手が止まって。

 ちゅっ。

 おでこにキス。やわらかいくちびる。おっきな……なんていうんだっけ……リップ音?

「げんきになる、おまじない……? パパとママからしか……ないや……」

 パパとママのほかだと、いわなみくんがはじめてだ。

「本当は唇のほうがいいな」
「ふぇー……? まほうの、キスかあ……。ききめ、ありそうだけど。こいびとにしか、しちゃいけないんだよ……」
「そうだな」

 王子さまのまほうのキス。
 どんなのろいもとけちゃうぞー。

 また、おおきな手が髪をかきあげはじめる。きもち、いいな……。

 うとうと、ふわふわ。
 あつくてくるしいのに、なんだかしあわせ。
 もうおまじない、してくれないの? いわなみくん。

 ねえいわなみくん。
 どこからがほんとで、どこからがゆめなの。

 いわなみくん、いわなみくん。

 ねえ。


 だいすき。


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