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中学編
不健康女子の中三・冬至の初候
しおりを挟む電気は回復したけれど、立ち往生する車で麻痺した道路網のせいで、職員が集まらないから塾はお休み、と伊井先生から電話があった。
「ごめんね先生、あの後、無事着いた連絡入れなくて」
『便りがないのがよい便り、ってな。岩並もいたし、心配はしてなかったよ』
「先生はあの後おうち帰れた?」
『いや、塾で1泊した』
軽く言われてびっくりする。
「ええ!? ご飯は?」
『大人を舐めるなよ? 災害対策に、車へ非常食や寝袋、着替えを積んどくのは常識だろう』
「うわあ」
出た。出ましたよ伊井先生の常識。
フレンドリーで優しくて、人畜無害な見た目をしているからわかりにくいけど、伊井先生は超意識高い系である。お世話になって7年目の私が言うのだから間違いない。
伊井先生の「常識だろう」を聞かされた堂料先生がよく梅干し食べたミッ〇ィーみたいな口をしていて、「それ常識じゃなくて理想っスよ」と言いたいのをこらえてるんだろうなー、と私は密かに思っている。
堂料先生、授業の仕方から何から伊井先生に教わって、伊井先生のこと凄く尊敬してるから反論できないんだよね。
「明日は講習ある?」
『その予定。ダメなら早めに連絡回すから』
「うん、わかりました。じゃあ先生も今日お休みかな。お疲れさま、やっとおうち帰れるね」
『どうもご丁寧に。連絡回し終えたら、入浴施設でも行ってゆっくりするよ。世渡は風邪ひかないように気を付けろ』
「はぁい。ではー、失礼しまーす」
電話を切る。
まだ朝方と言ってもいい時刻。昨日からのあれやこれやで興奮しているのか、特に用事もないのになんだかわくわくしている。
昨日泊まった岩並君のおうちは広くて大きかった。農家へのお泊まりははじめてだ。来たときは暗くてわからなかったあれこれが、夜が明けてみればはっきり見えて、そこで過ごしているだけで楽しかった。
凝った彫刻の欄間、障子の下半分が上にスライドする雪見障子、木の大きな1枚板で作られた襖。和風建築の博物館にいるようでテンションがあがるあがる。
でも、私が岩並君のおうちのような、昔ながらの家で暮らすのは無理かもしれない。
だって夜の廊下がめっちゃ寒かったんだよう! あんまり寒くて膀胱炎になるかと思った。
いや、トイレ行くだけだからと薄着に裸足で油断していた私も悪いんですよ? でも紙がないとか思わないじゃないか! トイレ使う前に気付いてよかった。そこだけは幸運。
予備を見つけてもはるかかなたの棚の上。どうしようもなくなって、岩並君にSOSを出した。
こうなることがわかっていた訳じゃないだろうけど、岩並君は何かあれば起こしてもいいと言ってくれていたから、SOSも出しやすかったのだ。
しっかりしたいなあと思っても、結局頼っちゃうんだよね。こういうところ、早急に改善が必要です。
お部屋で声を掛けたらすぐ返事が来て、しばらくごそごそ音がしたと思ったら、ちゃんと上着を着て動く準備万端な岩並君が出てきてくれた。
私の姿を見て薄着に驚き、お部屋のストーブの前へ当たらせてくれる。優しい。着ていたフリースやおっきなスリッパを装備させてもらって寒さがましになる。
着ていたフリースですよ奥さん、イケメンのぬくもりですよ! 「金出すからかわれ!」とか、岩並君ファンが知ったら言うのでは? かわってあげられないけど。
ストーブ付けて起きてたらしい岩並君、きっと夜食を食べてたんだろうな。匂いからしてスルメなんだよね、スルメを火であぶって食べるとかそんな岩並君、カップ酒が似合いそうなことして。
将来の酒豪確実でしょう。
そんな酒豪の卵にトイレットペーパーを付けてもらって、入れ違いにトイレへ駆け込む。我慢も限界でした、間に合ってよかった。ほっとひと息ついた時。
ゴッ!!
「!?」
ものすごい打撃音がした。硬いものが勢いよくぶつかる音。なんだなんだ。用事を終えてトイレを出れば、岩並君が額を撫でている。
寝ぼけたらしい。
またですか! 指ぱっくんのことといい、岩並君最近眠れないんだろうか、悩み事でもあるのかな……。役に立ちたいのはやまやまですが、スペック高い岩並君の悩み事なんて私の手に負えない可能性が大きいんだよね。
でも、いっぱいお世話になってるから、なんとかしてあげたいと、思う。
「うん、決めた」
たくさんお世話になってるし、岩並君が喜んでくれる事を考えてみよう。
何がいいかな。
◇
「知らない」
「あっさり!」
東京から帰ってきた知世ちゃんが、土産片手に遊びに来てくれた。帝都ホテルのチョコを摘まみながら、お互いの近況報告会を開く。
知世ちゃんは帝都ホテルから一歩も出ずに勉強していたらしい。家族でレストランに行くときも、1人だけルームサービス。
じれて怒りだした知世ちゃんパパに。
『受験生をこんなとこに連れてきて喜ぶと思ってんの? 帝都ホテルに泊まって、それで何? レストランは綺麗な夜景でも見えるとこなの? 連れてって今度は家族を口説くの? 愛人喜ばすノリで家族を連れ回してどうするつもりなの? 受験生を喜ばしたいなら、合格祈願のお守りでも買ってこいよクズが!!』
知世ちゃんの怒りが炸裂。猫をかぶるどころか口汚さをかくさないスタンスに変更したらしい。
「こっちの方が楽だから。もうはじめからこうしていればよかった」
知世ちゃんパパはクリスマスに汚名返上どころか『愛人は喜ばせても家族は喜ばせないクズ』の汚名が増えた。合掌。
「で? あんたはどうなの、ワニあげた?」
「ワニが髪飾りになったよ」
今付けているものと、ガラスのフタがついた銀のアクセサリーボックスに入れている、アイリッシュクロッシェのパッチン留めを見せる。
知世ちゃんはしばらくアクセサリーボックスの方をじっと見つめていたが、眉間にしわを寄せた顔を上げて言う。
「この件に関してのコメントは差し控えさせていただきます」
「ええー……」
なにそれ。
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