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中学編

不健康女子の中三・冬至 イブ

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 今日は終業式&クリスマスイブ。
 午前中で学校は終わり。
 ありがたいことに今月は一度も! 寝込まずに済んでいて、「イコちゃんがんばれ!」と朝起きるとママからエールを貰う日々である。12月にこれは奇跡に近い。
 がんばりたいけど、これってフラグじゃないよね? ね?

 というわけで、今のところ体調は維持できている。でも、来月半ばには入試が控えているのに、どこかまだ他人事のような気分で、これってまずいんじゃないのかなあ? と焦らない自分に焦っている。サンタさん、私のやる気スイッチを押して!!
 明日からは塾の冬季講習。でも今日は、学校から帰ってきてお昼ご飯を食べたら、おうちで勉強の準備である。

 今日は午後から岩並君と勉強会。第一中いっちゅう第二中にちゅうと同じ日が終業式なので、受験日が早い者同士で勉強しようと言うことになった。
 嘘です。知世ちゃんも大野君も都合が悪くて結果的にこうなったのです。ちょっと寂しい。公立高受験者不在で学舎受験組のみだ。

 ちなみに、知世ちゃんのおうちは家族一緒に帝都ホテルでクリスマス。東京にお泊まりですよゴージャスゥ!
「受験生にそんな暇あるか!」と知世ちゃんはおかんむりだったけれど、娘にボロクソに言われたパパが汚名返上とばかりに張り切って計画を立てたそうだ。大丈夫か知世ちゃんパパ、返上どころかヘイトが増えているぞ!

 12月はじめにあった本校主催の全県模試では、問題だった理科もなんとか平均になり、5教科でも勝負できる……かもしれない? というころまできたのは、全て岩並君のおかげである。足を向けて寝られませんな! ありがたやありがたや。
 まずは岩並君が来る前に勉強の準備を、なんて思っていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい、って、岩並君!」

 モニターに映っているのは、制服にコート姿の岩並君だった。

『世渡、悪い。予定より早く来て』
「ううん、いらっしゃい! すぐ開けるねー」

 ダイニングにいるママに岩並君の到着を知らせてから、急いで玄関に行く。三和土でサンダルをつっかけて、ドアへ飛びつき鍵を開け、ゆっくり開く。
 思い切り上を向けば、大柄イケメンが申し訳なさそうな顔をしている。

「岩並君! 来てくれてありがとう。さぞや寒かったでしょうどうぞどうぞー」
「お邪魔します。早く来て迷惑じゃなかったか」
「全然」

 靴を脱いであがる岩並君の手に、買い物のビニール袋がある。透明だから、中身のおにぎりとお茶のペットボトルがよく見えた。

「岩並君、ごはん食べてないんだね」
「ああ。寄るところがあったから、家に帰ってないんだ。買ってきたから、ここでとらせてもらいたい」
「もー! 水くさいなあ。お茶ぐらいいれるのに! 貸してー」

 岩並君が和室に入る前に、袋を受け取る。ペットボトルだけ出して渡す。

「お茶出すからこれ開けないでね」
「わかった、ありがとう」
「岩並君いらっしゃい、いつもありがとう」

 ママが廊下へ顔を出す。
 外をうろうろして私がうっかり風邪でも拾わないよう、勉強会はもっぱらうちでしている。毎回わざわざ来てもらっていて、ママも私も感謝しているのだ。ありがたいです岩並先生!

「こんにちは、お邪魔します」
「ねえママ、岩並君水くさいの! お昼買って来ちゃったんだよ!」
「まあ本当、水くさいわ岩並君。岩並君みたいにたくさん食べてくれるひと、貴重なのに」
「あっ、いや、おかまいなく!」
「岩並君は先生だからおかまいするんだよ。ねー、ママ」
「ねー、イコちゃん」

 買い物袋はママにパス。大きな体を縮めて恐縮気味の岩並君へ座っていてと伝え、ママと一緒にキッチンへ行く。

「お味噌汁とおかず出してあげましょうね。あ、イコちゃんママこれダメ。おにぎりのビニール取れないー」
「私がするからよけておいて。まずはお茶出さないと」

 岩並君が買っていたのが緑茶のペットボトルだったので、玉露をいれる。私はちょっと濃いめが好きなんだけど、岩並君はどうかな。
 本当はお盆を使わないと失礼なんだけれど、ひっくり返しそうで怖いため直接手に持って運ぶ。和室でコートを脱ぎ姿勢良く座った岩並君は、やっぱり床の間の前がよく似合う。

「はい、どうぞ。私、濃いめが好きだから濃くいれちゃった」
「ありがとう。世渡がいれてくれたのか」
「そうだよー」

 渡すと、岩並君はじいっと湯飲みを見つめる。
 いや毒とか入ってないからね? ただの緑茶だからね? 『ペロッ、これは青酸カリ!』とか漫画だけだからね? 青酸カリはなめたら死にます。
 なんですか、私、お茶さえいれられない家事ゼロ娘だと思われているのでしょうか?
 それとも岩並君、イケメン故の警戒心なのかな。もらったクッキーが、恋のおまじない人毛入りだったとか。怖い。
 私の心配をよそに、大柄むきむきイケメン男子はゆっくりした動作でお茶を飲んだ。ふ、とひと息。

「ありがとう、あたたまる」

 にっこり笑う笑顔が可愛い。急にあったかい所へ来たせいか、ほっぺが赤くなっている。

「どういたしまして。ゆっくりしててね、お昼持ってくるから」
「悪いな、なんだか気を遣わせてしまって」
「おとっつぁん、それは言わない約束でしょう?」
「誰だお前」
「えへへ」

 台所に戻っておにぎりの包装をむき、海苔をきちんと整える。お皿の上に斜め45度で3つ並べて、お汁、お箸、煮物に漬物のお皿と一緒にお盆へ配置。ママにO.K.をもらって、あとはこぼさないようにそうっと運ぶ。

「はい、おとっつぁん、ごはんよー」
「だから誰だ。と、ありがとう」

 岩並君は私が持つのがよほど不安なのか、すぐ膝立ちになって手を伸ばし受け取る。

「私、お勉強道具準備してるから、気兼ねなくどうぞー」
「了解。いただきます」

 礼儀正しく手を合わせてから食べはじめる岩並君を横目に、私は2階へ荷物を取りに行く。
 もちろん、取りに行くのは勉強道具だけじゃない。

 今日はクリスマスイブ。
 勉強道具だけでなく、プレゼントも準備万端。
 私の趣味丸出しのクリスマスプレゼント、どうか岩並君も気に入ってくれますように。
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