健康優良男子が不健康女子に片思い中です。

中学編

不健康女子の中三・立冬の末候①

　

　もうね、いいかげん岩並君に頼りすぎてる気がするんですよ。

　定期的に勉強教えてもらって、高校と交通関係の確認付き合ってもらう約束して、さらには塾の帰りに途中まで送ってもらいましたよ、おうち反対方向なのに!
　こちらが負い目を感じないよう『本屋に行く』なんて言って、荷物まで持って送ってくれましたとも。
　岩並君、同学年だよね、その人間的余裕はどこから来るのですか。甘えすぎて申し訳ないと口にすれば、こんなの可愛いもんだとか言うし。んん?　可愛い……?

　とってもお気遣い紳士だし、岩並君、もしやワガママキュートな小悪魔に振り回された過去でもあるんじゃあなかろうか?　「髪型変えたの気付かないとかサイテー」なんて言っちゃうお姫様系の。もちろんミニスカにニーハイで絶対領域!　なツインテールだ。おお、お似合いお似合い。アレなんだか妄想が楽しくなって来ましたよ、わーお。

　とか思っていたら。

「うちの家族は女たちがみんなわがままで、いつも振り回されてる。ばあちゃんも母さんも姉さんもひどいもんだ。世渡のなんてわがままに入らない」

　少々渋い顔で教えてくれました。
　農家の長男は、それはそれは大事にされているものだと思っていたら違うのですな!　意外です。岩並家は女性が強いらしい。おばあちゃんまで170㎝超えとか、うちのようなホ〇ット一家には未知の世界だ。ほんとに種族が違う気がしてくる。

「むしろ世渡はそんなに遠慮してないで、もっと色々口に出せばいいと思う」

　そう言って岩並君は隣で笑う。今日も上半身にまとっている服がみんな白っぽい色で、でっかくてむきむきな彼を柔らかく優しく見せている。

　そう、彼は今回もおしゃれさんなのだ。
　羽織っているパーカーは明るいグレー。白黒ギンガムチェックのシャツに、ワッフルみたいなぽこぽこ編み目のベージュの丸首セーターを着ている。合わせているのは黒のスニーカーに黒のバックパック。黒系のデニムで長い岩並君の足がさらに長く見えます。
　このイケメンめ、それ以上足長くしてどうするんだ……!　私に寄こせ!!

　あいにくの小雨、曇天の田園風景の中を電車は行く。隣の市、中心駅まで2駅。学舎の最寄り駅には4駅だ。乗り換えもなく楽ちんで、何事もなければ試験当日もこれで行くことになるのだろうけど、あいにく試験は冬真っ只中。何が起きるかわからない。
　電車が止まったときの事を考えて、バス路線もまた見に行かないといけないだろう。

「でも、私が岩並君にしてあげられる事ってないからなあ。してもらってるばっかりじゃ、やっぱり悪いよ」
「そんなことないだろう。今回、世渡が細かく見たいって言わなかったら、俺は場所だけ確認して終わっていた。何かあったら困るのにな」

　世渡のおかげだと言われ、彼の隣で恐縮してしまう。あなたどこまで紳士なのですか岩並君。もうね、人間の幅が違いますね、勝負にもなりゃしません。
　こんないいひと振りまわすとか、岩並君のおうちはどうなっとるんですか……!

「そういえば、昼飯はどうする。世渡は何か食べたいものあるか?」
「うーん?　おうちであんまり食べないのがいいなあ。私ね、ファーストフード憧れなんだ」
「憧れ?」

　ファーストフードが憧れとか、どこの山奥出身だときかれそうだけど、私の出身は岩並君と同じ町だからね!

「普段行かないから。具合悪いときは、消化悪くて油がきつくてなおさら食べられないし。おやつも、うちだと普段ロールケーキで、ポテチやフライドポテトなんて絶対出てこないのですよ」

　めちゃめちゃ美味しそうだけどね。
　うどんとお粥のローテーション中はCMがものすごくこたえる。食べられない世の中の全てのものが美味しそうに見える中でも、ファーストフードはやっぱり別格なのだ。

「岩並君は何が食べたい?」
「世渡が」

　そこまで言ってから、1度口をつぐんで言い直す。

「世渡の憧れを食べるか。疲れたらテイクアウトで、持って帰って食べられるしな」
「またそうやってー。もー。このお気遣い紳士め!　そうじゃなくて、食べたいものを言うのですよ!　素直にならねば尻を揉むぞ!」
「おい、どこから尻が出てきた」
「私の心の中からです♡」
「いや、可愛く言っても、なかなかの変態発言だからな?」
「えへへ」

　だってこの間触った岩並君のお尻、引き締まってて最高だったのですよ?　飾っておきたい。私の心のアルバム殿堂入りです。

「世渡の話を聞いていて、食べたくなったんだ。帰りに買うならモ〇かミ〇ドだな」
「どっちも新作CMしてたよね!」

　嬉しくなって身を乗り出すと、岩並君が目を細める。あれですよ、おじいちゃんが溺愛する孫を見る目です。もしかして岩並君は私の保護者枠ですか!?　確かに身長差は親子ほどあるけれども、私はあなたと同学年だからね!

　いやね、かたや大柄むきむきなお気遣い紳士、かたやがりがりチビな貧弱女子。私がクラスチェンジでもしない限り、同学年には見えないだろうさ。今日も年代物の子供服とか着て来ちゃったしな私!　おのれ、転職神殿はどこだ!
　まあクラスチェンジが無理でも、いつまでも孫枠に甘んじているわけにはいきません。いくら実感がなくったって、受験が終われば4月から高校生なのだ。幼い行動は控えようと心に誓う。
　ようし、と心に気合いを入れたとき、カーブにさしかかった電車が大きく揺れた。

「ひょわ」

　席から投げ出されかけたところを、ぐいっと引っ張られる。反射的にでっかい岩並君へ抱きつくと、柔らかくてあったかい服の下に、かたく厚い体の感触。おお!　にーちゃんいい体してまんな!

「大丈夫か世渡」
「ありがとう岩並君、こちらはスペシャルにご機嫌ですよグへへ」
「ちょっと待て何が起きた」
「大変ごちそうさまなのです」
「何が」
「グへへ」

　岩並君はそれ以上質問せず、私がひっついている方とは反対側の手でこめかみを押さえた。

「楽しそうだな」
「うん!」

　呆れ顔を見上げて笑うと、仕方ないな、というように岩並君も笑顔になる。
　ああいけないな、幼い行動は控えようと思ったのに、ついはしゃいでしまう。

　電車に電子音のメロディが流れる。もうすぐ降りる駅だ。
　さあ今度こそ、歳相応の振る舞いを心がけるのだ。

　―――なんとなく、すでに計画倒れな気がしなくもないけれど。