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中学編

不健康女子の中三・立冬の初候①

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 どうも! もう11月初頭、暦の上では冬です。感冒かんぼう性胃腸炎の流行る季節になりましたね!

 いやもう例によって1番最初にかかりましたよ。遅れて大野君や知世ちゃんまでかかってしまったから、私がかかるまいとあらがったところで無理でした。そうや無理やったんや……!
 言っておきますが私がうつしたわけではありません。
 私、クラスに流行りだす前にすでにダウンしてたもんね!

 そんなわけで、今日塾に来たら隣と斜め後ろがいないという事態に。すごい、私がいるのに2人がいない! 逆転現象か。

「そんな名前付ける程のことか……?」

 呆れて呟くのは無傷の勇士、岩並君です。隣の席がいない分、体の大きさが1割増しで目立っております。
 君はあれかね、全身抗菌コートされているのかね。それともお腹の中に、胃以上の機能を持った滅菌器官があるのかね。なんで無事なんだ。そもそも生まれてこのかた吐いた覚えがないなんて人、はじめて会いましたよ!
 え? 多いの? 実はこういう人世の中に多いの?
 私にはわからない世界どす。

「なぜ語尾だけ京ことばになった」

 ツッコミありがとうございます。

 知世ちゃんがいなくてつい寂しくって、休み時間になるたび後ろ向いて岩並君に話しかけてしまうのだけど、私がどんなに目線を上に向けても、岩並君はあまり目を合わせてくれません。迷惑ですか。でも嫌がらずツッコミしてくれるの優しい。

 私は岩並君の机の上に、両腕を重ねてあごを乗せている。こうすると目の前にくるのは、シャーペンを持った岩並君の大きな手。
 岩並君の顔はずいぶん高いところにあるので、上目使いになっても岩並君が背をかがめてくれないと目線が合わない。目が合わないのもそのせいかもしれないが、でもなんだかちゃんと座る気になれなくて、彼に甘えている。

「岩並君、周りの席の人いないって寂しいね」
「ああ」

 ふと、岩並君はプリントから顔を上げて真っ直ぐ私を見下ろした。

「俺も、前の席が空いてると落ち着かない」

 え。
 これは「いつも休んでいるお前が言うな!」ってこと? 皮肉?
 いやでも岩並君だし。礼儀正しいお気遣い紳士がそんなこと言うわけないから、ほんとに落ち着かないんだな……。申し訳ない。

「そっか。ごめんなさい」
「世渡を責めてるわけじゃない」
「うん」

 でも、楽しみにしていた勉強会もお流れになってしまったし、なんだかしょんぼりしてしまうのです。

「そんなに寂しがるな、話し相手になるから。永井みたいなツッコミはできないだろうけど」

 岩並君は困ったように慰めてくれました。いい人だ、めっちゃ優しい。私は感激のあまり涙目になる。

「岩並君はいい人ですな、私、閻魔様に岩並君は優しい人ですって証言する!」
「待てそれはどんな場面だ、死にかけてるだろう縁起でもない」

 お。今のツッコミはなかなかのキレ!
 嬉しくって笑ってしまった私をしばらく眺めて、岩並君は諦めたようにため息をついてから苦笑した。ほんと、この人笑顔可愛いな。罪な生き物や。

「永井のツッコミはけっこう胸をえぐってくるだろう。いつも、世渡はよく平気だと思ってた」

 うーん? そういえば夏に岩並君、知世ちゃんにやり込められたっぽくて、げっそりしょんぼりしていたな。

「短くて的確な言葉を直後に返せるのは、知世ちゃんが頭が回る証拠だよ」

 知世ちゃんは、本質しか口にしない。
 その言葉が酷すぎると知世ちゃんを嫌う人に限って「当たってるの、違うの、どっち?」と訊かれると怒るのだ。
 違うなら違うと言えばいい。当たっているなら認めればいいのに。
 聞いてげっそりしょんぼりしちゃった岩並君は、心の中で知世ちゃんの発言をもっともだと思ったのだろう。正論は耳に痛いことが多いから。

「私ね、普段耳当たりのいいことばかり言うのに、影で辛辣な言葉を口にする人が苦手なの。そんな人の言う言葉はいらないの。ほんとうがほしいの」

 私のとばっちりで迷惑をこうむっている人はけっこういて、だから私をうとましく思っている人がいることは知ってるし、申し訳ないと思っている。冷たくされても、よそよそしくされてもしかたがないのだろう。
 だけど、影で悪意を持つのなら、親切めかして話しかけてこないで欲しいんだ。優しい言葉と態度が嘘ならば、そんな嘘は欲しくない。

「知世ちゃんの言葉は、嘘がないから好き」

 最後に呟いてから我に返る。
 私はともかく、知世ちゃんが女子から敬遠されているのが悲しくて、言葉があふれてしまった。こんなこと聞かせられても、岩並君だって困るだろう。なんだか顔が見れなくて、腕に顔を伏せてしまう。

「岩並君ごめんなさい。ヘンなこと言って」

 ふ、と小さく息をつく気配。

「変じゃない、謝るな」

 低くて、穏やかで、優しい声。

「本音だろう、聞かせてくれて嬉しい。だから謝らなくていい」

 衣ずれの音がして、頭の上に大きな手が乗せられる。
 あったかくて大きな手が、ためらいがちに頭をなでる。
 なでなで、なでなで。
 優しいなあ、岩並君は。その優しさで何人虜にしてきたのかね。
 私は気持ちよさに目をつむる。今の時間が休み時間なのが惜しい。このまま眠ってしまいたい。

「猫みたいだな」
「猫?」
「ああ。寂しくてみぃみぃ鳴いてる仔猫をあやすのは得意なんだ。うちは猫がいるし、仔猫を里子に出したこともあるから。でも、まさか人間にまできくとは思わなかった」
「岩並君は、ほんとに生き物好きなんだね」
「ああ……」

 なんだかふわふわ幸せな気分です。岩並君は動物を癒すオーラが手からあふれているんだろうか。

「好きだ」

 空気に溶けるみたいな呟き。そんなにしんみり動物好きを口にするなんて、岩並君は以前、身近な生き物を看取ったことでもあるのでしょうか。

「生き物は好きだ。今日の世渡の筆箱に入っている鉛筆が全部、端にミーアキャットをくっつけているらしいのが気になるくらいには」
「塾をお休みさせられてた頃、学校帰りに駄菓子屋の前でガチャ10連したの。5連続ミーアキャットでガッカリした。1個いる?」
「いいのか」
「売るほどあるもん、ミーアキャットだけ。カモノハシが欲しかったの」


 ―――付ける鉛筆のないシャーペン派の岩並君は、あげたミーアキャットを机の端に置いて「世渡みたいだ」と笑った。

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