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78.前を見て進め②
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『地面をのたうち苦難の日々に耐え、最後まで生来の清らかさを持ち続けたあなたは、今ようやく翼を手に入れました。今後はどこへでも、どこまででも自由に羽ばたいていけるでしょう。臆することなく広大な空の中へ飛び込み、貪欲に学び、多くを吸収し、大きく成長なさい』
アマーリエは反射的に空を仰いだ。染みるような青が広がっている。
――地べたばかりを見ていてはならぬ
黇死皇の言葉が、胸の内に蘇った。
――見上げれば、誰の上にも空がある。太陽の光も天弓の青も、選ばれし者のみに降り注ぐのではない
ふと、神官府で習ったことを思い出す。
黇死皇は天威師としての覚醒が特別に遅かったのだと。15歳での覚醒であり、それまでは外れの御子として不遇の日々を送っていたそうだ。覚醒が遅かった分、その思考や感覚は他の天威師と比べて圧倒的に人間に近いという。
慈悲深き皇祖の再来と謳われる紅日皇后と、異例の遅咲きであった黇死皇。この二名は異色の天威師とも称され、歴代でも傑出して人に寄り添った対応をしてくれると聞いた。
別の光景を思い出す。
星降の儀で、悪神の寵を得たと知らずに歓喜するミリエーナを、臨席した天威師たちは無表情で見ていた。決して蔑んでいるわけではない。軽んじるわけでもない。かといって助けようともず、案じる気配さえない。ただただひたすらに興味のないものを見ていただけの、無味乾燥で空虚な眼差し。
本当の意味でミリエーナやアマーリエたちを気にかけていたのは、目の前の紅日皇后と黇死皇だった。
――自分に自信を持てずとも良い。思い切って顔を上げ、周囲を見回すだけで良い。さすれば自ずと気付く。自分の上にも広く青い空が広がっていることを
晴れ渡った天を見つめるアマーリエの眼前に、桃色の小鳥が舞い降りた。鳥と分離した皇后は、相変わらず透けた姿のままこの場に留まっている。僅かに視線を泳がせたフルードが、小さく頷いて口を開く。
「アマーリエ。たった今、オーネリア様から念話が入りました。神官たちがあなたの安否を気にしているそうです。大丈夫と言い聞かせても、なかなか避難場所に来ないから心配していると」
「えっ……」
「彼らに無事な姿を見せ、聖威師になったことを報告した方がいいでしょう。堂々と、胸を張って伝えるのです。私は皇后様をお見送りしますから、あなたは先に行きなさい」
それを聞いたフレイムが手を差し出した。
『そりゃ俺も行かねえとだな。一緒に行こう、ユフィー』
ラモスとディモスが顔を見合わせた。
『では、私たちは一度サード邸に戻ります』
『ご主人様のお部屋でお帰りを待っております』
「え、ええ」
首肯したアマーリエがフレイムの手を取ると、にこりと口元を緩めた彼は、そのままフルードを見た。
『俺が火神の神使を探すために降臨していたことと、コイツらを選んだことは、もう公表して良い』
「承知いたしました」
応の返事に頷いてアマーリエに視線を戻したフレイムは、ふと閃いたように笑った。
『そうだ。せっかくこんなに晴れてるんだ、転移じゃなくてひとっ飛びしていくか、ビューンとな』
「皆がびっくりするわ」
『させてやろうぜ。――ほれ』
アマーリエの中に根付いたばかりの聖威が震える。繋いだ手から伝わるフレイムの神威が、聖威を操作しているのだ。ふわりと、アマーリエの背に紅葉色の翼が広がった。
「きゃあ!? 何――まあ、すごい! 羽根が生えたわ!」
自身の背を振り返って目を丸くしているアマーリエに、フレイムは優しい眼差しを浮かべた。
『次からは自分でできる。今のでやり方を魂が記憶したからな。これからたくさん教えてやるから、すぐに色々できるようになる』
アマーリエとフレイムを先導するように、小鳥が先んじて飛び立った。弾丸のように飛翔する小さな体躯が輝き、空に虹色がかった紅の軌跡が刻まれた。紅日皇后が朧な腕を上げて天を示す。
『飛び立て。紅き天威の残光の下に』
その号令に押されるように、アマーリエは地面を蹴ると、フレイムと共に空高く舞い上がった。小鳥が描いた光の残滓を追うようにして、大空を翔け抜ける。
(すごい――気持ちいい!)
遠く離れていく地上、ミニチュアのように縮小する風景。そびえる帝城と皇宮の塔が真下に見える。はためく羽根、煽られる髪。――そして、繋いだ手から伝わる温もり。
(幸せだわ。私、今すごく幸せ)
すぐ隣に愛しい者の息遣いを感じ、アマーリエはそっと目を閉じた。自分はこれから、今よりもずっとずっと幸福になれるのだと確信しながら。
アマーリエは反射的に空を仰いだ。染みるような青が広がっている。
――地べたばかりを見ていてはならぬ
黇死皇の言葉が、胸の内に蘇った。
――見上げれば、誰の上にも空がある。太陽の光も天弓の青も、選ばれし者のみに降り注ぐのではない
ふと、神官府で習ったことを思い出す。
黇死皇は天威師としての覚醒が特別に遅かったのだと。15歳での覚醒であり、それまでは外れの御子として不遇の日々を送っていたそうだ。覚醒が遅かった分、その思考や感覚は他の天威師と比べて圧倒的に人間に近いという。
慈悲深き皇祖の再来と謳われる紅日皇后と、異例の遅咲きであった黇死皇。この二名は異色の天威師とも称され、歴代でも傑出して人に寄り添った対応をしてくれると聞いた。
別の光景を思い出す。
星降の儀で、悪神の寵を得たと知らずに歓喜するミリエーナを、臨席した天威師たちは無表情で見ていた。決して蔑んでいるわけではない。軽んじるわけでもない。かといって助けようともず、案じる気配さえない。ただただひたすらに興味のないものを見ていただけの、無味乾燥で空虚な眼差し。
本当の意味でミリエーナやアマーリエたちを気にかけていたのは、目の前の紅日皇后と黇死皇だった。
――自分に自信を持てずとも良い。思い切って顔を上げ、周囲を見回すだけで良い。さすれば自ずと気付く。自分の上にも広く青い空が広がっていることを
晴れ渡った天を見つめるアマーリエの眼前に、桃色の小鳥が舞い降りた。鳥と分離した皇后は、相変わらず透けた姿のままこの場に留まっている。僅かに視線を泳がせたフルードが、小さく頷いて口を開く。
「アマーリエ。たった今、オーネリア様から念話が入りました。神官たちがあなたの安否を気にしているそうです。大丈夫と言い聞かせても、なかなか避難場所に来ないから心配していると」
「えっ……」
「彼らに無事な姿を見せ、聖威師になったことを報告した方がいいでしょう。堂々と、胸を張って伝えるのです。私は皇后様をお見送りしますから、あなたは先に行きなさい」
それを聞いたフレイムが手を差し出した。
『そりゃ俺も行かねえとだな。一緒に行こう、ユフィー』
ラモスとディモスが顔を見合わせた。
『では、私たちは一度サード邸に戻ります』
『ご主人様のお部屋でお帰りを待っております』
「え、ええ」
首肯したアマーリエがフレイムの手を取ると、にこりと口元を緩めた彼は、そのままフルードを見た。
『俺が火神の神使を探すために降臨していたことと、コイツらを選んだことは、もう公表して良い』
「承知いたしました」
応の返事に頷いてアマーリエに視線を戻したフレイムは、ふと閃いたように笑った。
『そうだ。せっかくこんなに晴れてるんだ、転移じゃなくてひとっ飛びしていくか、ビューンとな』
「皆がびっくりするわ」
『させてやろうぜ。――ほれ』
アマーリエの中に根付いたばかりの聖威が震える。繋いだ手から伝わるフレイムの神威が、聖威を操作しているのだ。ふわりと、アマーリエの背に紅葉色の翼が広がった。
「きゃあ!? 何――まあ、すごい! 羽根が生えたわ!」
自身の背を振り返って目を丸くしているアマーリエに、フレイムは優しい眼差しを浮かべた。
『次からは自分でできる。今のでやり方を魂が記憶したからな。これからたくさん教えてやるから、すぐに色々できるようになる』
アマーリエとフレイムを先導するように、小鳥が先んじて飛び立った。弾丸のように飛翔する小さな体躯が輝き、空に虹色がかった紅の軌跡が刻まれた。紅日皇后が朧な腕を上げて天を示す。
『飛び立て。紅き天威の残光の下に』
その号令に押されるように、アマーリエは地面を蹴ると、フレイムと共に空高く舞い上がった。小鳥が描いた光の残滓を追うようにして、大空を翔け抜ける。
(すごい――気持ちいい!)
遠く離れていく地上、ミニチュアのように縮小する風景。そびえる帝城と皇宮の塔が真下に見える。はためく羽根、煽られる髪。――そして、繋いだ手から伝わる温もり。
(幸せだわ。私、今すごく幸せ)
すぐ隣に愛しい者の息遣いを感じ、アマーリエはそっと目を閉じた。自分はこれから、今よりもずっとずっと幸福になれるのだと確信しながら。
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