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第1章
86.彼らの現在①
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◆◆◆
「なぁ、さっきの本……」
パタパタと軽い足音が去って行くと、フレイムが呟く。優雅な仕草で紅茶のカップを持ったフルードは、涼しい顔で言った。
「端的に言えば、歴代聖威師たちの惚気を集めた本ですね。各聖威師が、ひたすら己の神に愛されているだけの自慢話です」
口内に流れ込んだ紅茶は熱いままだった。ポットやカップに保温霊具が組み込まれているのだ。
「だよなぁ」
フレイムはククッと肩を震わせた。ラモスとディモスがそろって尻尾をピョンと振る。
「あれが聖威師たちの最大の宝か」
おかしそうに笑うフレイムに、澄まし顔で頷く。
「何より慕わしい己の神との思い出が詰まった本です。これ以上の宝があるでしょうか」
聖威師と神は相思相愛なのだ。
「――ああ、なるほどな」
「アマーリエも近くそう認識するようになるでしょう。こんな本アホかと思うのは最初だけです」
「……思ったんだな……」
「初めのうちだけですよ。すぐに、自分も既巻の内容に負けないものを加筆してやろうという気になりますから」
茶菓子を見ると、色とりどりのチョコレートと何種類ものフィナンシェ、クリーム入りの一口パンケーキだった。すぐに分かる。アマーリエが好きなものばかりを揃えているのだと。
そして同時に、自分の好物でもある。視線に気付いたフレイムが声をかけて来た。
「遠慮せず食えよ。あ、クラッカーやチーズも出せるぞ。お前そういうのも好きだったろ」
「お気遣いなく。このままで構いません」
音を立てずにカップをソーサーに戻したフルードは、さらりと続けた。
「今日は苦い話になりますから。甘味の方がいいでしょう」
一瞬で部屋の空気が変わる。フレイムから笑みが消え、聖獣二匹が耳を立てた。
「そうだろうな。お前、必死でユフィーをここから追い出そうとしてたもんな。――何があった?」
静かな問いかけが放たれる。詰問口調ではない。フレイムは決してフルードを追い詰めたり威嚇したりしない。それが分かっているため、フルードは落ち着いたまま神官衣の懐から三通の書簡を取り出す。
「こちらを。サード家当主ダライと当主夫人ネイーシャ、そして次女ミリエーナから届いたものです」
牢獄に収監中のダライとネイーシャ、神官府の奥で軟禁されながら治療を受けているミリエーナ。アマーリエは、既に彼ら全員を見限っている。だがそれでも、彼らなりの言い分があるならば聞くだけは聞いてみたいと言っていた。
その意向を汲み、フレイムは神官府を通じて、内密に書面での弁明の機会を設けていた。彼らがしたためた内容によっては、アマーリエに見せてもいいと考えていたのだ。
「見るぞ」
「どうぞ」
フレイムの手元を、ラモスとディモスが覗き込む。書簡を共に読むつもりなのだ。
書簡の中身は、大雑把に言えばこういうものだった。
ダライは、『アマーリエに私の娘を名乗る資格を与える。何か誤解があり、意地になっているようだが、今回は特別に許してやる。父の厚意をありがたく受け入れ、今後は聖威師として一層励むように』という内容だった。
ネイーシャは、『私はミリエーナに騙されていた。本当の出来損ないはミリエーナだった。これからはアマーリエだけを可愛がってあげる。何でも買ってあげる。甘えさせてあげる。だからお願い、許して』という内容だった。
ミリエーナは、『アマーリエと私の運命は逆だったはず。こんなのおかしい。アマーリエは邪神をたぶらかし、焔神様を騙して運命を入れ替えたの。焔神様の真の愛し子はこの私よ』という内容だった。
一読したフレイムの手から炎が迸る。だが、寸前で書簡が消えた。
「…………」
炎だけが虚しく燃える手の中を見た山吹色の目がスゥッと細まり、フルードに向けられた。聖威で書簡を己の掌中に転送させたフルードが、静かに頭を下げる。
「お許し下さい。お気持ちは十二分に分かります。しかしこの書簡は、アマーリエに有利な証拠となる資料です。正式な処断が決まり実行されるまでは、何卒ご寛恕を」
室内に沈黙が落ちた。
理由はどうあれ、高位神が手にしていたものを強引に取り上げる。非常に無礼であり、怒りを買いかねない行為だ。だが、フルードは平然としていた。にっこり微笑んでいる。
見つめ合いが続き、根負けしたのはフレイムの方だった。
「……俺が持っていたら怒りで燃やす。神官府で適切に保管するようにしておけ。ただしユフィーの目には触れさせるな。この返事は見せない」
「お慈悲に感謝いたします」
「なぁ、さっきの本……」
パタパタと軽い足音が去って行くと、フレイムが呟く。優雅な仕草で紅茶のカップを持ったフルードは、涼しい顔で言った。
「端的に言えば、歴代聖威師たちの惚気を集めた本ですね。各聖威師が、ひたすら己の神に愛されているだけの自慢話です」
口内に流れ込んだ紅茶は熱いままだった。ポットやカップに保温霊具が組み込まれているのだ。
「だよなぁ」
フレイムはククッと肩を震わせた。ラモスとディモスがそろって尻尾をピョンと振る。
「あれが聖威師たちの最大の宝か」
おかしそうに笑うフレイムに、澄まし顔で頷く。
「何より慕わしい己の神との思い出が詰まった本です。これ以上の宝があるでしょうか」
聖威師と神は相思相愛なのだ。
「――ああ、なるほどな」
「アマーリエも近くそう認識するようになるでしょう。こんな本アホかと思うのは最初だけです」
「……思ったんだな……」
「初めのうちだけですよ。すぐに、自分も既巻の内容に負けないものを加筆してやろうという気になりますから」
茶菓子を見ると、色とりどりのチョコレートと何種類ものフィナンシェ、クリーム入りの一口パンケーキだった。すぐに分かる。アマーリエが好きなものばかりを揃えているのだと。
そして同時に、自分の好物でもある。視線に気付いたフレイムが声をかけて来た。
「遠慮せず食えよ。あ、クラッカーやチーズも出せるぞ。お前そういうのも好きだったろ」
「お気遣いなく。このままで構いません」
音を立てずにカップをソーサーに戻したフルードは、さらりと続けた。
「今日は苦い話になりますから。甘味の方がいいでしょう」
一瞬で部屋の空気が変わる。フレイムから笑みが消え、聖獣二匹が耳を立てた。
「そうだろうな。お前、必死でユフィーをここから追い出そうとしてたもんな。――何があった?」
静かな問いかけが放たれる。詰問口調ではない。フレイムは決してフルードを追い詰めたり威嚇したりしない。それが分かっているため、フルードは落ち着いたまま神官衣の懐から三通の書簡を取り出す。
「こちらを。サード家当主ダライと当主夫人ネイーシャ、そして次女ミリエーナから届いたものです」
牢獄に収監中のダライとネイーシャ、神官府の奥で軟禁されながら治療を受けているミリエーナ。アマーリエは、既に彼ら全員を見限っている。だがそれでも、彼らなりの言い分があるならば聞くだけは聞いてみたいと言っていた。
その意向を汲み、フレイムは神官府を通じて、内密に書面での弁明の機会を設けていた。彼らがしたためた内容によっては、アマーリエに見せてもいいと考えていたのだ。
「見るぞ」
「どうぞ」
フレイムの手元を、ラモスとディモスが覗き込む。書簡を共に読むつもりなのだ。
書簡の中身は、大雑把に言えばこういうものだった。
ダライは、『アマーリエに私の娘を名乗る資格を与える。何か誤解があり、意地になっているようだが、今回は特別に許してやる。父の厚意をありがたく受け入れ、今後は聖威師として一層励むように』という内容だった。
ネイーシャは、『私はミリエーナに騙されていた。本当の出来損ないはミリエーナだった。これからはアマーリエだけを可愛がってあげる。何でも買ってあげる。甘えさせてあげる。だからお願い、許して』という内容だった。
ミリエーナは、『アマーリエと私の運命は逆だったはず。こんなのおかしい。アマーリエは邪神をたぶらかし、焔神様を騙して運命を入れ替えたの。焔神様の真の愛し子はこの私よ』という内容だった。
一読したフレイムの手から炎が迸る。だが、寸前で書簡が消えた。
「…………」
炎だけが虚しく燃える手の中を見た山吹色の目がスゥッと細まり、フルードに向けられた。聖威で書簡を己の掌中に転送させたフルードが、静かに頭を下げる。
「お許し下さい。お気持ちは十二分に分かります。しかしこの書簡は、アマーリエに有利な証拠となる資料です。正式な処断が決まり実行されるまでは、何卒ご寛恕を」
室内に沈黙が落ちた。
理由はどうあれ、高位神が手にしていたものを強引に取り上げる。非常に無礼であり、怒りを買いかねない行為だ。だが、フルードは平然としていた。にっこり微笑んでいる。
見つめ合いが続き、根負けしたのはフレイムの方だった。
「……俺が持っていたら怒りで燃やす。神官府で適切に保管するようにしておけ。ただしユフィーの目には触れさせるな。この返事は見せない」
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