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35.連れて行く①

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 ◆◆◆

「……言われなくとも」

 すぅすぅと寝息を立てるアマーリエを見やり、フレイムは抑えた声を発した。心がズタズタに傷付き切った彼女が悪夢を見ずに眠れるよう、密かに力を使っていた。

「お前は俺が天に連れて行く。俺の神使にしてな」

 アマーリエの寝顔を覗いていたラモスとディモスが振り返った。

『そうして下さい、フレイム様』
『お願いです、ご主人様をお助け下さい』

 霊獣たちの瞳が、悲しみと苦渋、そして覚悟を秘めて燃えている。

『主は優しいお方なのだ。薄汚れた体で行き倒れていた我らを、迷わず助けて下さった。一枚のパンしか食事を与えられない日も、必ず分けて下さった』
『ご主人様が助かるなら、私たちはどうなろうと構いません。例え、ご主人様と二度と会えなくなろうとも』

 獣版の霊威師である霊獣も、死した後は天に招かれる。だが、仕える神が違えば、滅多に会えなくなる可能性もあった。

「――そうか」

 フレイムはふぅと吐息を漏らし、窓の外を見る。未だ降り止まぬ雨が庭を白く染めていた。

「俺が馬鹿だった。アマーリエ……お前の意思を尊重したくて、無理強いさせたくなくて、ずっと妥協して来た」

 くしゃりと頭をかき回すと、ワインレッドの髪が何本か跳ねた。

「大馬鹿だよな。――本当にお前が大事なら、大喧嘩しようが力ずくだろうが、こんな環境から一刻も早く連れ出すべきだったんだ。なのに中途半端に手をこまねいていたせいで……お前の心がこんなになっちまった」
(俺のせいだ)

 ググッと拳を握り締め、雨雲に隠された天を睨む。

(アマーリエを俺の神使にする。これは決定事項だ。だが、今すぐには無理だ。俺の本分は母神の神使を見付けること。その役目を果たしもせず人間にかまけ、自分の神使だけはちゃっかり決めたとなれば体裁が悪い)

 火神は末っ子のフレイムに甘いので、表向きは笑顔で受け入れてくれるだろう。だが、その陰でアマーリエに非難の目が向いてしまう恐れがあった。

(アマーリエの立場が悪くなることだけは避けねえと。一番いいのは、母神の神使を見付け出して本分を果たし、その上でアマーリエを俺の神使に取り立てることだが……)

 四大高位神の神使が務まる逸材など、そう簡単には見付からない。

(相応しい奴を探し出せなかった時に備えて、準備が必要だな)

 今日一日ですっかりやつれてしまったアマーリエの頰をそっと撫でてから、殺風景な部屋をウロウロしつつ頭を回転させる。

(俺だけが神使を決めた場合でもアマーリエが責められねえように、先手を打っとかねえと。作戦を考えるか)

 考え事をする際に体を動かすのはフレイムの癖だ。アマーリエを起こさないよう、気配を消して室内を歩く。壁沿いの本棚を眺めながら思考の海に浸っていると、ふと視界に入って来た物を見て現実に引き戻された。

「……ん?」

 装飾性のないシンプルな本棚には、実用書や参考書を中心とした書物が並んでいた。その右端に、一冊だけ薄い青色の冊子が差し込まれている。

(これは確か――星降の儀の日、暇つぶしに見ていてくれと言われたものだな)

 儀式当日はアマーリエの部屋に引きこもる予定だったフレイムのため、時間つぶしになりそうな書物を色々と用意してくれた。

『これは人間の文化や習慣が載った本よ。こっちは料理の本。こちらは神話で、これが偉人の伝記。ゴミ捨て場に廃棄されていたものを拾って来たから古本ばかりだけれど……』

 と、本を抱えて来た彼女は、最後にふと本棚の隅に目を向けてこう言ったのだ。

『堅苦しい本が嫌だったら、アルバムでも見ていて。霊威や記録霊具で撮影した写真があるの。本棚の右の端にある青い冊子よ。元はミリエーナの部屋にあったのだけれど、邪魔だと言われて私の所に持って来られたの』
(結局神話の本を読み込んじまったから、アルバムは見てなかったな)

 天界のことが人間界ではこう伝わっているのかと、両世界の差異が興味深かったのだ。神々の世界を直に知っているフレイムからすれば、地上で記されている神話の内容は齟齬そごや誤りを感じる部分が多かった。

(で、これが写真集か。どれどれ)

 いったん思考を中断し、何気なく冊子を引き出してめくる。今ほどにすたれてはいないサード邸や庭園、10歳前後の姿をした幼いアマーリエも写っていた。
 だが、ダライとネイーシャ、ミリエーナが寄り添って笑っているのに対し、アマーリエは少し離れた場所で唇を引き結んで俯いている。

「…………」

 可愛らしいピンクと白のドレスに身を包み、両親に挟まれて弾けるような笑顔を浮かべるミリエーナと、フリルの一つもない簡素なワンピース姿で一人下を向いているアマーリエ。

(あーあ、やなモン見ちまった。ほんと胸糞悪い家族だぜ)

 フンと鼻を鳴らし、写真の中で微笑むダライたちを睨みながらパラパラとページをめくっていたフレイムは、不意に手を止めた。

「お? これは……帝国の紋章じゃねえな」

 そのページの写真では、大勢の人々が並んで微笑んでいた。庭園に面した部屋で撮られたもののようで、庭の上空には薄い蒼穹が広がっている。室内に飾られた横断幕には、薄翠の生地に聖獣が描かれていた。

「確か属国の紋だったか。テスオラ王国とかいう――そういや、バカ母がそこ出身とか言ってたな。じゃあこれはバカ母の実家か?」
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