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34.たすけて

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「う、運命の神……よくやったわねレフィー! これ以上ない大当たりだわ!」
「本当に運命の神であらせられるのですか。最高神全ての寵愛を受ける奇跡の神だと……」

 ネイーシャとダライが興奮気味に言い、壮年の神が再び大きく頷いた。

『うむ、間違いない。我が神性において誓おう』

 今度こそ、ミリエーナたちが大歓声を爆発させた。

「神性を出されたのなら間違いないわね! お父様、お母様、やったわ!」
「ああ。神は真実だけを仰せになるとは限らないが、神性に誓ったことに関しては本当のことを仰るからな!」
「これで決まりだわ。運命神なのね! すごい、すごいわ!」

 喜び合う家族の輪の中に入れるはずもないアマーリエは、一人部屋の隅で身を縮めて黙り込んでいた。

 それから時を置かず、少年神は従神たちを連れて天に還って行ったが、「お前は間違いばかりだそうだな。9年前の大失態でまだ懲りていなかったのか、馬鹿者が!」とダライに怒鳴られ、罰として未だ雨が降り続く玄関の外を掃除させられた。

 おかげで衣と髪は濡れそぼり、雨と泥にまみれたが、すっかり傷付いた心は、もはや寒さも冷たさも、痛みすらも感じなくなっていた。

 ◆◆◆

「何だよそれ……」

 ポツリ、ポツリと話し終えると、辛抱強く聞いてくれたフレイムが抑えた声で唸った。

「あのバカ妹が運命神の寵を受けたってのか。んで、従神がお前を馬鹿にしただと? いーや、ないない! それは絶対に有り得ねえ、何かの間違いだ」

 そして、そっとアマーリエの額に手を当てる。

「ちょっと良いか……あーダメだ! どんな感じだったか視ようとしたんだが、高位神が関わってるから視えねえな。過去視じゃなくてお前の記憶か心を覗く形だったら……それでも視えねえか。神威が使えりゃまた違うかもしれねえけど……今の状態じゃ無理だ」
「もういいと言ったでしょう、フレイム」

 悪戦苦闘しているフレイムに、アマーリエは力なく微笑みかけた。

「ミリエーナが全部正しかったの。ミリエーナと、お父様とお母様と、シュードンが正しかったのよ。私が間違っていたんだわ。神にそう断言されたんだもの」
「それは違う、アマーリエ! 俺は贔屓ひいきや肩入れ抜きで、お前の方が正しいと思ってる!」
「私を間違いだと断定した神は、力を抑制していない万全の状態だったのよ。フレイムは高位神だけれど、今は神の力を抑え込んでいるじゃない。それでも、神威を十全じゅうぜんに使える神より正しく物事を視通せると言い切れるの?」

 鋭い指摘に、フレイムが一瞬怯んだ。

「それは……だが俺は……」
「フレイムだって神に戻ったらきっと、私の方が悪いと思うようになるわ。今は力を抑えているから分からないのよ」
「違う! そもそも、バカ妹が寵を受けたっていう運命神は俺の――っ」

 反論しかけたフレイムが言葉を止めた。小さく息を呑み、アマーリエを凝視する。青い双眸から溢れる涙を。

「もういい、もういいの……疲れたの。……もう、疲れたのよ」

 絞り出すように呟き、アマーリエはふらふらとベッドに足を向けた。

「今は眠りたい。何も聞きたくない、見たくない、言いたくない、考えたくない。ただ眠りたいわ。お願い、話は終わりにして。もう寝かせて」
「――分かった」

 一拍の後、フレイムが頷いた。今までで一番優しい手付きでアマーリエを抱き上げる。同時に濡れていた髪と体が一瞬で乾き、シワだらけの神官衣が洗い立ての寝間着に変貌した。言うまでもなく、彼が力を使ってくれたのだろう。そのままベッドまで運ばれ、丁寧に横たえられる。

 トタトタと付いて来たラモスとディモスが、行儀よくベッド脇の床に座った。

「ゆっくり眠れ」

 長い指で優しく髪をすかれた途端、眠気が強くなった。

「バカ家族が来たら追い返してやるからな」

 夢の世界に旅立ちながら、アマーリエは口の中で返した。

「あの人たちは来ないわ……聖威師誕生のお祝いに高級デリバリーを頼むと騒いでいたから……今頃は三人で宴会をしているはずよ」

 アマーリエにご馳走を作れと命令して来なかったのがせめてもの救いだ。こんな精神状態で料理などできるはずがない。高い料理を頼まれたら家計が心配だが、聖威師には高額な手当てが出るため、そこから払えるだろう。

「嫌い。皆、みんな、きらい。こんなせかい……だいっきらいよ」

 閉じたまぶたの裏から滲み出た涙が頬を転がり、すっと意識が遠のく。つぅと流れ落ちる涙を拭ってくれる手が温かい。
 真っ黒なコーヒーに注ぎ入れた粉砂糖のように、夢に侵食された世界にうつつの欠片が僅かに混じっている。砂糖の最後の一欠片が眠りの世界に溶けて消える寸前、アマーリエは無意識に呟いた。

「フレイム……たすけて――わたしをつれていって」
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