夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

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第4章 旅の終わり

サクラが見たもの

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『次の者に託するが為、我が経験を此処に記す。




一、桜の花びらを入れたる酒を飲めば、異界と結ぶなり。帰るにも同じく。



二、酒盃にくむ量は眠りの深さに応ず。すり切りの一盃にて四半世紀なり。昼の酒は未来を、夜の酒は過去をあらわすなり。



三、見ゆる世界は五年毎なり。故に一匁の単位にて変わることなし。されども、現世に帰らんとすれば、極めて同じ量と為せよ。



四、異界においては時は経たず、されども現世においては経つなり。



五、桜を中心として、半径およそ一里のみにてあり。つねに昼なるは、桜の根元のみなり。あとはつねに夜なれば、足下を警ぐべし。


六、異界の酒は限りあり。飲み過ぎに心せよ。たちまちに帰らざるなり。理由同じく、現世の酒は飲み干すべからず。』



「桜の花びらを入れたる酒を飲めば……そうかトリガーは『酒』と『花びら』か!」

 そういえば、現実でこの酒を飲む直前たまたま花びらが一枚入った気がする。なるほど……お爺さんが言っていた、ただ飲むだけじゃダメっていうのはそういうことか。

 異界というのはこの異世界で間違いない。帰るにも同じく、ってことは同じように飲めば良いんだな。

 二と三はその酒の量について書いてあるようだ。四半世紀って、二十五年だよな。見える世界は五年毎……一匁ってのがよく分かんないけど、要はそこまできっちり量を合わせる必要はないってことだろう。俺はお猪口ギリギリまで注いだから、二十五年飛んだわけで、さっきのカレンダーと合わせると間違ってはいないようだ。

「どうじゃ?何か分かったか?」

 視線を上げるといつの間にかトシはもう埋め立てを終えていて、使った背筋を伸ばすように前屈をしながら、股の間から顔を覗かせている。筋力体力に加えて、そのまるで紙を折りたたむようにしなやかな動きを見ると……何だか『落ちた』人間と『落ちなかった』人間の違いをむざむざと見せつけられてる気がする。

「今解読中だから待ってな」

 途端に口数の減っていたサクラが、右手でグッドサインを出して静止を促した。解読も何も、帰る方法はサクラも分かったはずだけど……?

「サクラ、情報は一、二、三でもう十分じゃないか?この知識だけで俺たち帰れるぞ?」

「…………」

 サクラの視線はずっと変わらず、ただただその見開き全体を眺めている。ここまで分かって、何が腑に落ちないのだろうか。二の『昼の酒は未来を、夜の酒は過去を』ってやつ?今となってはこれも至極納得だけど。
 何故トシは薄着でサクラと俺は厚着なのか、それの答えでもある。トシは真昼間に飲んだから未来へ飛んで、俺とサクラは真夜中に飲んだから過去へ飛んだ。
 だから、サクラが実は婆ちゃんひい婆ちゃんって路線はまず無い。 気になるのは、サクラが一体『何年飛んできた』か……。

 四は文章の通りだろ?ここでは時間の概念がないってことで、でもしっかり現実では経過していると。ここでの体感一分が向こうでどのくらい経っているのかは分からないけど。

五は……桜を中心に半径一里——?

「なるほど……だからあそこで崖が……」

 一里って単位がまたしても分からないが、この桜から丁度一里離れた場所に偶々ウチが建っているということだろう。にしても、ほんとギリの位置にヒント隠してたんだな。中々意地が悪い。

 最後の六はー……なんかよく分かんないけどつまり飲み過ぎるなってことだな。もう情報過多で思考がショートしそうだ。取り敢えず帰る方法は分かったわけだから、俺は準備を進め——

「思い出した……」

 サクラが、遂に何やら呟いた。顔を覗くと、それは驚きに満ちた表情で、見開いた目と開いた口がそれを物語っていた。なんやかんやクールだったサクラの、こんな表情は初めて見る。

「な、何か分かったのか?」

「……私、これ見たことある」

「これ?この日誌のことか?」

「いや、このページだけ」

 このページだけ……?またまたよく分からないカミングアウトだ。日誌は知らないのにこの内容だけは知っていると?

 誰かがここだけ写したってことなのか?それとも……いやいや待てよ。そもそも、ここまできてそんなこと最早大した問題じゃない。見たことある、だから何だって話じゃないか。

「サクラ、それそんなに重要は話でもないだろ?」

「あ……んー、そうね」

 そっか、と呟き顔を上げる。真上の桜を眺めるサクラは、何処か納得したような、切ないような、安心したような……俺にはその意味を汲み取れない表情を浮かべていた。

 ただ、その目に映る桃色の桜が、あまりにも儚げで、美しすぎて、俺は息を呑んだ。瞳に映る景色は、まるでこの瞬間だけが永遠に続くかのような錯覚を起こさせる。サクラの内に秘めた感情が、桜の花びらのように静かに舞い降りているのかもしれないと思った。
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