上 下
11 / 34
第2章 佐野家

和歌

しおりを挟む

「『時の糸 過去と未来を 繋ぎゆき 再び逢わん 夢の如くに』……だってさ」


 五・七・五・七・七の音……これは詩じゃない、和歌だ。

「一見すると、ただのロマンチックな和歌ね」

 サクラは立ち上がり、腕を組んで呟く。

「んー……今聞くと源氏物語とかに出てきそうじゃのう」

「あんた読んだことあんの?」

「勿論よ。日本文学の最高傑作やぞ?言うて親父に押し付けられただけじゃが」

「そりゃー良かったわね。高校では必修作品だから」

 確かに、一見するとロマンチックな内容に思える。でもそれは、あくまでこの世界を知らなかった場合だ。過去と未来を繋ぐ……この和歌はきっと、この異世界での話を元に詠まれている。
 俺が今、過去の爺ちゃんと繋がっていることを認知しているように、同じことを経験した人が書いたに違いない。

「何か、思うところがあるの?」

 いつの間にか不思議そうに顔を覗き込むサクラが目の前にいて、ハッと我に返る。

「いや……なんでもない」

「……ふーん」

 俺はトシを『爺ちゃん』だと認識しているし、ここが爺ちゃんにとっての未来で俺にとっての過去だと推測できているからピンときているだけで、二人は多分そうじゃない。
 まあ、現実で同時に飲んだ訳ではないから、もしかすると薄々勘付いてる可能性はあるけど。でもまあ、それでも流石に数十年の時を飛び越えてるとは思わないだろう。差し詰め、数日違いで飲んでこっちに来たタイミングが三人とも違うくらいに思ってるんじゃないだろうか。

 あ……しかし考えてみると、サクラとはその可能性の方が高いのか?最初は爺ちゃんと同じ年代かとも思ったけど、制服とかその他諸々、なんか現代っ子って感じがするし。
 厄介なのは、その辺の確認がしたくても出来ないこと。当初からの懸念……ここでの会話が現実に与える影響、それの有無が未だに分からない。下手にペラペラ喋って現実が変わっているパターンが一番困るからな——。

「やっぱ何かあるでしょ?」

「なッ、何でもねえよ」

「おいまたイチャついとんか!危ねえからはよ来い!」

 声の方を向くと、既にトシは広縁の先まで進んでいるらしく姿すら見えなくなっていた。俺としてはもっと丁寧にこの家を探索したいところなんだけど、住み慣れたトシにしてみればそんな配慮あるはずもない。ましてや家族だなんて思ってすらいないんだしな。

 広縁に足を踏み入れると、ガラス越しに先程の枯山水全体が姿を現した。白砂が描く直線と曲線は、質素で静寂ながら本当に水が流れているように錯覚する。これも全て無くなってしまうと考えたら、思い入れは無いくせに残念でならない。

「さっきの家と違って明るいからだいぶ安心ね」

 和室を仕切る障子がガラス戸から入る光を反射し、長い木の床を更に発光させる。歩く度に鳴る床の音が年季と共に別の危険性を感じさせなくもないけど、まあ少なくとも突如『崖』なんて心配はない。公園の裏側でこの明るさなら、基本的にこの家全体で真っ暗って場所は多分ないだろう——。

「やっと来たか!全く何をのんびりしとんじゃ」

「えぇ……」

「やっと来たか、じゃないっつーの。なんで急にこんな暗くなんのよ」

 突き当たりを曲がると、今の思考は一体何だったのかそこはまたしても光の無い世界だった。墨黒って程ではないものの、暫く光のある世界に居たせいで、研ぎ澄まされた目もリセットされている。

「サクラ、ああいう台詞は伏線になるんだよきっと」

「いや私のせいかよ」

「おまんらは何を言うとるんじゃ……それより気を付けぇよ。この床の軋む音で分かるじゃろうが、この辺はだいぶ脆くなっとるからのう。落とし穴が有るとでも思え」

 落とし穴か……大袈裟な表現のようで、実は的を得ているのかもしれない。仮に穴が空いたとして、その下がちゃんと地面だって確証は無いわけだし。

「それより、あんた今右から出てこなかった?こっちは何があるの?」

「風呂と洗面所と便所じゃ。何か変わり映えがあるか確認しようとしたんじゃが、暗くて全然分からんかったわい」

「えーなにそれ気になる」

「おっと!おまんらは入るなよ?片方はボットンじゃからな。落ちたらわい絶対助けんぞ」

 現実ならそんな小さい穴に落ちることはないだろうけど、万が一を考えたら……そりゃもう崖の方がマシだろう。にしても、片方ということはトイレは二つもあるのか?その感じでいくと、風呂は五右衛門風呂だったりするのかな。

 トシの足音が再び前進し始めると、サクラが俺の肩をポンポンと叩き囁く。

「ねえ」

「ん?」

「ボットンてなに?」

 急に何かと思えば、クソ真面目なトーンでまさかの質問。ちょっと不意打ちすぎて咽せそうになった。

「……え、知らないのか?」

「知らないから訊いてんのよ」

「トイレだよ。小学生の時に教わらなかったんだな」

「へー……田舎にはそんな授業あるんだ」

「急に田舎ディスるやん」

 と、言いながら実は俺も使った経験はないんだけど。でも、普通は知ってるよな?それくらい。本当に何処ぞのお嬢様なのか、それとも、都会の人間は知らないのが普通なのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達

フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。 *丁寧に描きすぎて、なかなか神社にたどり着いてないです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

あやかし民宿『うらおもて』 ~怪奇現象おもてなし~

木川のん気
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞応募中です。 ブックマーク・投票をよろしくお願いします! 【あらすじ】 大学生・みちるの周りでは頻繁に物がなくなる。 心配した彼氏・凛介によって紹介されたのは、凛介のバイト先である『うらおもて』という小さな民宿だった。気は進まないながらも相談に向かうと、店の女主人はみちるにこう言った。 「それは〝あやかし〟の仕業だよ」  怪奇現象を鎮めるためにおもてなしをしてもらったみちるは、その対価として店でアルバイトをすることになる。けれど店に訪れる客はごく稀に……というにはいささか多すぎる頻度で怪奇現象を引き起こすのだった――?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...