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箱庭
前例
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「ほうじ茶でよかったですか?」
「他に気の利いたもん出てくんの?」
お冷か白湯だけど?
いちいち腹立つな。
「お前の部屋どこ?」
「…………一番奥ですけど」
「ふーん。俺は東病棟の真ん中の病室。
隣のベッドの奴が…あ、ほらあそこに座ってんだろ?
あいつマジうるせぇの。夜中ずぅっとぺちゃくちゃぺちゃくちゃしてんの………はぁー、参るよなぁ…」
「ここの病棟で知り合いとか………居ますか?」
「…………いるぜ。なんで?」
「いえ」
脱出するなら一人では無理だ。
真ん中が食堂。
東と西、それぞれにナースステーションがあり、ナースステーションを抜けたとしてもあの入口の頑丈な鉄の牢で立ち往生するのは分かり切ったことだ。
「ははーん。成程!」
幸田が面白そうに私を覗き込む。
あまりの不愉快さに、反射的にそっとほうじ茶のカップで口元を覆った。
「なんです?」
「お前、ここから出たいんだろ?」
この男に知られてなるものか。
しかしどうなんだ?
過去の前例…………。この男なら知っているはずだ。
よりによって情報源がこいつとは。
「エンゼルの社員だった奴で昔ここから出た女が二人いるけどさぁ…………」
勿体ぶるのならば。
「私はそんな気ないですよ」
一度突き放す。
誰に聞かれているかも分からない。
監視カメラ………すっかり忘れていた。私と幸田が仲良しこよししてるなんてことはあってはいけないのだ。
「じゃあ違う話するぅ?
俺の元カノの話とか?」
「……このクズ野郎………!」
ポトスの入った鉢を掴みあげたところを幸田は簡単に片腕で私を制する。
「おいおい。お前、保健室に入れられんぜ。やめろやめろ…………まったく!」
「彼女のことはもう口にしないで。貴方にはもう、微塵も関係ない女性だよ!」
幸田は鉢から溢れた土を指でソファからぽいぽいと床に落としていく。
「あー。これ後で怒られんぞ?まぁいいや。
はぁ。あのな。そうだな…………彼女には俺は指一本触れてない……と言ったら信じる?」
「戯言もいい加減にしろ、です」
「だよなぁ!はははっ!俺もそー思う!
……………………でも、大マジだぜ。
仁恵から、一度でも『幸田から暴力を受けた』と聞いたか?」
どういう意味だ?
仁恵の言い分じゃ、確かに最初は良い奴だったとは聞いたが………その後については察するものがある。
「じゃあ、彼女の顔の痣や体の傷は何ですか?一緒に住んでて知らないとでも?」
「俺じゃねぇ」
仮に。仮にだ……あの偽姫ちゃんによって撮影された動画じゃ複数人…………複数………?
あそこに幸田は居ないのか。
ならどこに居た?
「仁恵にちょっかい出してたのは冬野だっつーの」
「それは把握しています。
それでも貴方は交際相手を守ることもせずに、知っていながら何もしなかった……そういう事ですよね?」
「…………そうだな。
ただ、一つだけ間違いがある。
俺と仁恵は一緒に住んでたけどさ、交際してたのは最初の数週間だけ。まだデートもしてないうちよ。
ずっとずっと前に別れたの」
「はぁっ!?」
思わず立ち上がった私を、幸田は溜め息をついてそっと視線を落とした。
渋い顔で何か言い淀んでいるようだ。
「それは嘘です。仁恵さんからは元彼だと聞いていますから………」
「いい女だな、とは思ったよ。ほら、グランドホテルがあんだろ?あそこで知り合ったんだけどさ。
雨宮の勧めでワンルーム借りて仁恵と一緒になったのはいいが………それが間違いだった。
まぁ、俺もあいつも借金あったし。先を急いで道を間違ったんだ」
借金?
まったく話が見えない。
「仁恵は冬野が金出したろ?」
「はい。でもあとからあんな回収の仕方はあんまりです!」
「お前なんなの!?最後まで聞けっつーの!」
「………ふん」
「返事ぃー!」
「あーい」
「ガキが!
俺も借金あんだよ。俺は雨宮に買われたんだ!」
「はあ。で?」
「仁恵と俺は借金減らすまでワンルームの狭い部屋でルームシェア!
あのな。お前、俺の事を『大酒飲みのDV男』だと思ってんじゃないだろうな?!」
「違うはずがない」
「違うんだよ!
…………いいか?真面目な話だ。
エンゼルにはタコ部屋がある。俺と仁恵はそこにいただけだ。仁恵に対する暴力行為は加担してないし、俺は守れる立場じゃなかったんだよ」
そういえば、夜勤中冬野がF棟に来た時「結婚させる」という話耳にしたな。
「じゃあ、貴方と婚約って話は一体どこから…………?」
すると今度は、幸田はソファの端へと無意識ににじり離れて行く。
「借金……」
「え?聞こえないんですけど」
「競馬だけはやめらんねぇんだよなぁ」
「おい」
「いや、だから。俺がまた借金作ったから…………」
「……!彼女を差し出した……?」
「……………別にもう俺の女じゃねぇし」
こいつと話した私が馬鹿だった!
「最低………」
仁恵が冬野に借金の肩代わりをしてもらったという話でさえ呆れるというのに。
この男は雨宮に肩代わりしてもらった挙句、更に借金を重ねにっちもさっちも行かなくなった所で『交渉』したんだろう。
同居人の仁恵を差し出して。
「でも、お前のせいで俺は雨宮どころか夏野社長本人から解雇された」
「どクズの分際で私を恨みますか?」
「小娘の睨みなんて効かねぇよ。
そうだなぁ~恨んでるけど、結果オーライだな!」
「えっ?」
「だってここから出て行方眩ませれば、さ。借金チャラになるじゃん?
保証人冬野名義だもん!だから、ギャンブル依存症って名目でここんいいんだよ」
保証人………そりゃ本気で回収するわけだ。
だが、全ての統括は雨宮次長か。
あいつは………何か気持ちの悪い印象だった。
「雨宮次長はともかく………冬野はなんなんです?」
「ありゃ馬鹿だな。クズの俺が言うんだ間違いねぇ!最後は自滅すんだろうな。
まぁ、とにかく雨宮とそのタコ部屋には気を付けろよ。そこは社長界隈も介入してねぇ。完全に雨宮のフィールドだ。エンゼルの社員の、おめぇの敵の中に俺みてぇな住人がいるってことよ。
俺が人事に居たのも、雨宮のただの駒だよ。あいつは他人に汚れ仕事をさせる」
嘘か本当か。
残念だが、どうも嘘らしくは思えない。
仁恵を隔離できたのは運が良かったとしか思えない。
「そのタコ部屋はどこにあるんですか?」
「通称水槽って呼ばれてるアパートがいくつもある。
住人は魚って呼ばれて、二人一組で住まわされる。だが、住所は誰も知らない。水槽の場所を知ってるのは雨宮だけだ。冬野も俺の水槽以外は知らねぇはずだ」
初めにあった仁恵の借金がなんだったか分からないが、どうも訳ありを言いくるめて集めてるんだろう。
しかし、そこで軟禁しても働くのはエンゼル社とは。
………雨宮は何をしたいんだ?
「幸田さん、人事以外の作業した事あります?」
「全然。人事でも別に重労働って労働ないしな。
雨宮が何をしたいのか俺にも分かんねぇ。
あ、そうだな。お前のF棟の移動の時の話な!」
藤野宮 凛は無関係だった話か。
「何故私たちを冬野から離したんです?」
「…………まぁ。今言った同居人の話だよ。
別に情がなかった訳じゃねぇ。
ただあの水槽で保身を突き詰めると、そうなっただけ。
逃がしてやれるんなら逃がしてやりたかったけど。社員寮でも駄目だったみてぇだし。
だからいっその事…………ほら、おめぇの上司。あいつアレだろ?」
「よく分かりません。ちゃんと話してください!」
「まぁ、俺が仁恵を逃がしてやれるとしたら異動くらいしか出来ねぇから……」
いい事した気になっているだけで、物事は変わらない。
仁恵の借金をどうにかした地点で、彼女の運命がエンゼルに飲まれてしまったのは変わらない。
こいつがクズなことも。
ただ気になるのは水槽と魚の種類くらいか……。
「ここから出てもいい事ないぜ~。」
「実際出た人間はいるとか………噂で聞きましたけど?」
「…………」
幸田はほうじ茶を飲み干し、ソファから立ち上がる。
そろそろ点呼と朝の服薬の指導時間だ。
「あのな」
幸田は私のカップと自分のカップを重ね、ゴミ箱に放り投げた。
「ここから出た前例な。お前にその話した人間も相当クズいぜ」
「何故です?」
幸田はボリボリ頭を掻きながら呟いた。
「その出た女達の共通点だ。
妊娠したから、病棟が変わったんだよ」
妊娠…………!?
妊婦がここに来たって事じゃないよな?
つまり、ここで………!
「ここは産科はねぇから転院になるんだよ。
俺はそう聞いたぜ。
だからよく考えろ。敵の話もちゃんと聞け。
後ろから刺されたくなかったらな」
昨日の看護師が西病棟の入口で手を振っているのが見える。
「琴乃さーん。お薬です!」
「今行きます!」
向き直ったところを幸田に腕を掴まれる。
少し痛いくらいの力だ。
「いいか。ここから早く出たかったら、大人しく冷静にいる事だ。薬は出されたら飲まないことは許されない。増やされない努力をしろ」
確かに………外部と遮断された今、出来ることはそれだけだ。
「それともう一つだけ。水槽の話だが、『あの酒の席』に水槽に関わってる奴が一人いたぜ」
「は…………?」
つまり、幸田以外に………味方側でいたという事か!?
馬鹿な!
「それでおめぇ目を付けられたんだろ。
………また明日な。怪しまれる」
「………はい」
怪しまれる……誰にだ?
それにしても……あの場にいたということは藤野宮家が騙されているという事だ。
一体誰のことか…………。
幸田め。情報を小出しにして何か目的があるのか………油断ならないな。
最後に見た父と母の顔がチラつく。
戸惑い、後悔したはずだ。
どうにかなればいいが……………面会は断ってしまったから……来てくれるかも分からない。
「他に気の利いたもん出てくんの?」
お冷か白湯だけど?
いちいち腹立つな。
「お前の部屋どこ?」
「…………一番奥ですけど」
「ふーん。俺は東病棟の真ん中の病室。
隣のベッドの奴が…あ、ほらあそこに座ってんだろ?
あいつマジうるせぇの。夜中ずぅっとぺちゃくちゃぺちゃくちゃしてんの………はぁー、参るよなぁ…」
「ここの病棟で知り合いとか………居ますか?」
「…………いるぜ。なんで?」
「いえ」
脱出するなら一人では無理だ。
真ん中が食堂。
東と西、それぞれにナースステーションがあり、ナースステーションを抜けたとしてもあの入口の頑丈な鉄の牢で立ち往生するのは分かり切ったことだ。
「ははーん。成程!」
幸田が面白そうに私を覗き込む。
あまりの不愉快さに、反射的にそっとほうじ茶のカップで口元を覆った。
「なんです?」
「お前、ここから出たいんだろ?」
この男に知られてなるものか。
しかしどうなんだ?
過去の前例…………。この男なら知っているはずだ。
よりによって情報源がこいつとは。
「エンゼルの社員だった奴で昔ここから出た女が二人いるけどさぁ…………」
勿体ぶるのならば。
「私はそんな気ないですよ」
一度突き放す。
誰に聞かれているかも分からない。
監視カメラ………すっかり忘れていた。私と幸田が仲良しこよししてるなんてことはあってはいけないのだ。
「じゃあ違う話するぅ?
俺の元カノの話とか?」
「……このクズ野郎………!」
ポトスの入った鉢を掴みあげたところを幸田は簡単に片腕で私を制する。
「おいおい。お前、保健室に入れられんぜ。やめろやめろ…………まったく!」
「彼女のことはもう口にしないで。貴方にはもう、微塵も関係ない女性だよ!」
幸田は鉢から溢れた土を指でソファからぽいぽいと床に落としていく。
「あー。これ後で怒られんぞ?まぁいいや。
はぁ。あのな。そうだな…………彼女には俺は指一本触れてない……と言ったら信じる?」
「戯言もいい加減にしろ、です」
「だよなぁ!はははっ!俺もそー思う!
……………………でも、大マジだぜ。
仁恵から、一度でも『幸田から暴力を受けた』と聞いたか?」
どういう意味だ?
仁恵の言い分じゃ、確かに最初は良い奴だったとは聞いたが………その後については察するものがある。
「じゃあ、彼女の顔の痣や体の傷は何ですか?一緒に住んでて知らないとでも?」
「俺じゃねぇ」
仮に。仮にだ……あの偽姫ちゃんによって撮影された動画じゃ複数人…………複数………?
あそこに幸田は居ないのか。
ならどこに居た?
「仁恵にちょっかい出してたのは冬野だっつーの」
「それは把握しています。
それでも貴方は交際相手を守ることもせずに、知っていながら何もしなかった……そういう事ですよね?」
「…………そうだな。
ただ、一つだけ間違いがある。
俺と仁恵は一緒に住んでたけどさ、交際してたのは最初の数週間だけ。まだデートもしてないうちよ。
ずっとずっと前に別れたの」
「はぁっ!?」
思わず立ち上がった私を、幸田は溜め息をついてそっと視線を落とした。
渋い顔で何か言い淀んでいるようだ。
「それは嘘です。仁恵さんからは元彼だと聞いていますから………」
「いい女だな、とは思ったよ。ほら、グランドホテルがあんだろ?あそこで知り合ったんだけどさ。
雨宮の勧めでワンルーム借りて仁恵と一緒になったのはいいが………それが間違いだった。
まぁ、俺もあいつも借金あったし。先を急いで道を間違ったんだ」
借金?
まったく話が見えない。
「仁恵は冬野が金出したろ?」
「はい。でもあとからあんな回収の仕方はあんまりです!」
「お前なんなの!?最後まで聞けっつーの!」
「………ふん」
「返事ぃー!」
「あーい」
「ガキが!
俺も借金あんだよ。俺は雨宮に買われたんだ!」
「はあ。で?」
「仁恵と俺は借金減らすまでワンルームの狭い部屋でルームシェア!
あのな。お前、俺の事を『大酒飲みのDV男』だと思ってんじゃないだろうな?!」
「違うはずがない」
「違うんだよ!
…………いいか?真面目な話だ。
エンゼルにはタコ部屋がある。俺と仁恵はそこにいただけだ。仁恵に対する暴力行為は加担してないし、俺は守れる立場じゃなかったんだよ」
そういえば、夜勤中冬野がF棟に来た時「結婚させる」という話耳にしたな。
「じゃあ、貴方と婚約って話は一体どこから…………?」
すると今度は、幸田はソファの端へと無意識ににじり離れて行く。
「借金……」
「え?聞こえないんですけど」
「競馬だけはやめらんねぇんだよなぁ」
「おい」
「いや、だから。俺がまた借金作ったから…………」
「……!彼女を差し出した……?」
「……………別にもう俺の女じゃねぇし」
こいつと話した私が馬鹿だった!
「最低………」
仁恵が冬野に借金の肩代わりをしてもらったという話でさえ呆れるというのに。
この男は雨宮に肩代わりしてもらった挙句、更に借金を重ねにっちもさっちも行かなくなった所で『交渉』したんだろう。
同居人の仁恵を差し出して。
「でも、お前のせいで俺は雨宮どころか夏野社長本人から解雇された」
「どクズの分際で私を恨みますか?」
「小娘の睨みなんて効かねぇよ。
そうだなぁ~恨んでるけど、結果オーライだな!」
「えっ?」
「だってここから出て行方眩ませれば、さ。借金チャラになるじゃん?
保証人冬野名義だもん!だから、ギャンブル依存症って名目でここんいいんだよ」
保証人………そりゃ本気で回収するわけだ。
だが、全ての統括は雨宮次長か。
あいつは………何か気持ちの悪い印象だった。
「雨宮次長はともかく………冬野はなんなんです?」
「ありゃ馬鹿だな。クズの俺が言うんだ間違いねぇ!最後は自滅すんだろうな。
まぁ、とにかく雨宮とそのタコ部屋には気を付けろよ。そこは社長界隈も介入してねぇ。完全に雨宮のフィールドだ。エンゼルの社員の、おめぇの敵の中に俺みてぇな住人がいるってことよ。
俺が人事に居たのも、雨宮のただの駒だよ。あいつは他人に汚れ仕事をさせる」
嘘か本当か。
残念だが、どうも嘘らしくは思えない。
仁恵を隔離できたのは運が良かったとしか思えない。
「そのタコ部屋はどこにあるんですか?」
「通称水槽って呼ばれてるアパートがいくつもある。
住人は魚って呼ばれて、二人一組で住まわされる。だが、住所は誰も知らない。水槽の場所を知ってるのは雨宮だけだ。冬野も俺の水槽以外は知らねぇはずだ」
初めにあった仁恵の借金がなんだったか分からないが、どうも訳ありを言いくるめて集めてるんだろう。
しかし、そこで軟禁しても働くのはエンゼル社とは。
………雨宮は何をしたいんだ?
「幸田さん、人事以外の作業した事あります?」
「全然。人事でも別に重労働って労働ないしな。
雨宮が何をしたいのか俺にも分かんねぇ。
あ、そうだな。お前のF棟の移動の時の話な!」
藤野宮 凛は無関係だった話か。
「何故私たちを冬野から離したんです?」
「…………まぁ。今言った同居人の話だよ。
別に情がなかった訳じゃねぇ。
ただあの水槽で保身を突き詰めると、そうなっただけ。
逃がしてやれるんなら逃がしてやりたかったけど。社員寮でも駄目だったみてぇだし。
だからいっその事…………ほら、おめぇの上司。あいつアレだろ?」
「よく分かりません。ちゃんと話してください!」
「まぁ、俺が仁恵を逃がしてやれるとしたら異動くらいしか出来ねぇから……」
いい事した気になっているだけで、物事は変わらない。
仁恵の借金をどうにかした地点で、彼女の運命がエンゼルに飲まれてしまったのは変わらない。
こいつがクズなことも。
ただ気になるのは水槽と魚の種類くらいか……。
「ここから出てもいい事ないぜ~。」
「実際出た人間はいるとか………噂で聞きましたけど?」
「…………」
幸田はほうじ茶を飲み干し、ソファから立ち上がる。
そろそろ点呼と朝の服薬の指導時間だ。
「あのな」
幸田は私のカップと自分のカップを重ね、ゴミ箱に放り投げた。
「ここから出た前例な。お前にその話した人間も相当クズいぜ」
「何故です?」
幸田はボリボリ頭を掻きながら呟いた。
「その出た女達の共通点だ。
妊娠したから、病棟が変わったんだよ」
妊娠…………!?
妊婦がここに来たって事じゃないよな?
つまり、ここで………!
「ここは産科はねぇから転院になるんだよ。
俺はそう聞いたぜ。
だからよく考えろ。敵の話もちゃんと聞け。
後ろから刺されたくなかったらな」
昨日の看護師が西病棟の入口で手を振っているのが見える。
「琴乃さーん。お薬です!」
「今行きます!」
向き直ったところを幸田に腕を掴まれる。
少し痛いくらいの力だ。
「いいか。ここから早く出たかったら、大人しく冷静にいる事だ。薬は出されたら飲まないことは許されない。増やされない努力をしろ」
確かに………外部と遮断された今、出来ることはそれだけだ。
「それともう一つだけ。水槽の話だが、『あの酒の席』に水槽に関わってる奴が一人いたぜ」
「は…………?」
つまり、幸田以外に………味方側でいたという事か!?
馬鹿な!
「それでおめぇ目を付けられたんだろ。
………また明日な。怪しまれる」
「………はい」
怪しまれる……誰にだ?
それにしても……あの場にいたということは藤野宮家が騙されているという事だ。
一体誰のことか…………。
幸田め。情報を小出しにして何か目的があるのか………油断ならないな。
最後に見た父と母の顔がチラつく。
戸惑い、後悔したはずだ。
どうにかなればいいが……………面会は断ってしまったから……来てくれるかも分からない。
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