アルカナバトル

しまだしろ

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4.世界の支配者

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 この部屋に入ってまず目についた、扉の錠に取り付けてあるデジタル時計のカウントは残り5分を切った。最初に見た時には3時間もあったというのに時が経つのは早いものだ。秘密の聖戦アルカナバトルに参戦するにあたり勇んでエレベーターに乗り込んだわけだが、着いた先がこの部屋だった。

 部屋は牢獄より広く、冷蔵庫やクローゼットにベッドまで設備されている居心地の良さそうな場所だ。部屋の出口には錠があるが、前述したようにデジタル時計も付いており、恐らくそのデジタル時計のカウントダウンが0になれば錠が外れて扉は開くのだろう。【世界ワールド】が『聖戦開始まではまだ時間がある』と言っていた通りだった。多分、参戦者の足並みを揃えるための仕様で、他の参戦者も別のエレベーターから各々に宛てがわれた部屋へ行き、そこで待機しているのだろう。
 部屋を調べてみると、様々なものを見つけた。冷凍食品などが入った冷蔵庫に電子レンジ。クローゼットからは昔着ていた……というより、犯行当時に着ていた服が用意されていたので囚人服からそれに着替えた。さっき渡された『審判』のタロットカードも、忘れずにズボンのポケットへ入れておいた。テーブルには殺人に使った、黒々とした斧が置いてあった。柄の部分も金属でできていて、重くて頑丈。殺傷能力も申し分ない武器だ。武器が配られるのは当然のこととはいえありがたいが、他に置き場所はなかったのだろうか。
 そして近くの棚に秘密の聖戦アルカナバトルについて書かれたノートを見つけた。先程聞いた聖戦の概要が全て載っていて、最悪【世界ワールド】から何も聞かされなくてもこのノートを読めば大丈夫なようにしてある。細かいルールがあるわけでもないし、ちゃんと説明を受けた私にとってはそこまで重要なものではないだろう。

 とはいえ目新しい情報が全くないわけでもなかった。特に重要なのが他の参戦者の情報だ。まるで賞金首の張り紙のように、最後の方のページに他の参戦者のシルエットが載せられていたのだ。シルエットなので顔はハッキリとはわからないが、それでも貴重な情報だ。『魔術師』『恋人』『死神』『太陽』……など、『審判』と『世界』を除く20名もの殺人鬼とこれから殺し合うことになるのだから。私は各々のシルエットを食い入るように見つめた。

 扉の錠に取り付けてあるデジタル時計のカウントは残り10秒。そろそろだ。私は初めて殺人を犯した時のように斧を携えて、扉の前に立つ。
 カウントダウンはすぐに0になった。甲子園のようにサイレンが鳴るわけでもなく、ただ静かに錠が外れて地面に転がり扉が開く。
 私は迷いなく一歩を踏み出した。

***

 『コスモス』という名には様々な意味が込められている。「美しい」や「宇宙」、中でも「秩序」といった意味を気に入って“組織”の名にしたのだという。

 簡潔に言えば、【世界ワールド】の言う組織『コスモス財団』とは、『人』を支配する組織である。大昔から人の才能や特技を見抜き、人身売買という非合法な手段を用いて適切な場所に適切な人材を派遣するどころか売り捌いてきた。その結果、自然と数多くの大企業や政府高官、果てはマフィアやギャングとの太いパイプができていた。何せ共犯者だ。例え世の中を支えていても、誰も不幸になっていなくとも、人身売買は褒められたことではない。売る方も買う方もバレれば只では済まないとわかっているので、バレないように、或いはバラされないように繋がりは強くなっていった。この時点ではまだ、コスモス財団は小さな組織に過ぎなかった。

 しかし、コスモス財団の所業は人身売買程度では終わらない。倫理観と人道的な見地が著しく欠如していたコスモス財団は、とうとう人間の生成に手を出した。人間を人工的に作るという禁忌を犯そうと考えたのだ。寧ろそんなことは、禁忌でも何でもないと言うかのように。この世の中は人が支配し、人によって物事が成されて、人と人が協力することで人は生きていける。ならば様々なニーズに合わせて『人』そのものを作ってしまえば良いと、コスモス財団は考えていた。

 当然、初めは上手くいかなかった。技術的な面も問題があったが、何より実験台が足らなかった。しかし早期から数多くの囚人を収容する監獄を支配していたコスモス財団は、囚人を実験台にすることで研究を進めた。さらに数多の医療機関や研究施設とのコネクションを活用し、技術面の問題も克服してみせた。
 何年もの月日と湯水の如く使われていく囚人の数に比例して研究は進み、とうとう人造の人間、俗に言うところのホムンクルスが完成した──……どころか、その技術を応用することで予想以上の効果を生み出してみせた。
 人を作る技術の副産物である臓器を作り出す技術により、裏社会の臓器ビジネスから表の医療界までをも完全に手中に収め、巨大な権力を握ることに成功した。繰り返し行われる人体実験により、薬物などで人の記憶や人格までをも改造してしまえるようになった。元々行っていた人身売買に関しても、人を調達する必要もなくなり客の要求にも応えやすくなった。

 流石にこれらの技術全てを表社会に披露するわけにはいかなかったが、元来コスモス財団が相手にしてきたのは裏社会にも通じる権力者ばかりなので、特に問題はない。そこらの医療機関では治せない怪我や病気もコスモス財団では治すことができ、人々の記憶をいじることで都合の悪いことを揉み消せる。コスモス財団との繋がりは、世の権力者たちが喉から手が出るほど欲しくなるものと化した。今では世界を支配していると言っても過言ではないほどの権力により、何だってできるようになった。多くの権力者たちへ向けた見せ物として、「殺人鬼たちの殺し合いショー」なんて悪趣味なものを開催するくらいどうということもなかった。

「お疲れ様でございました、ミスター・ユニス。既にこちらからご招待致した方々は粗方揃っております。お席もご用意致しましたので、ご案内させていただきます。お荷物、お預かりしましょうか?」

 そう言って礼儀正しくお辞儀して、【世界ワールド】の鞄に目をやる老紳士も、コスモス財団の一員である。聖戦の参戦者全員との面談を担当し、先程【審判ジャッジメント】との面談を終えてきたユニスは力なく笑って応えた。

「いえ、このくらいの荷物は自分で持ちますよ。それにしても、怖かったです……。【悪魔デビル】とか【ストレングス】とか、実際にこの目で見ると全身震えそうになりましたよ、あはは」

 銃弾すら通さない強化ガラス越しとはいえ、何人もの殺人鬼との面談は精神的に疲れる。【世界ワールド】自身も殺人鬼を自称してはいるが、ナイフや銃などで直接的に人を殺めたことはない。コスモス財団の活動の一環、つまりは人体実験などで間接的に多くの人を殺しているという意味を込めてそう自称しているのである。そしてそれは罪を犯した囚人が対象であり、尚且つ世の中のための犠牲だ。モルモットを医学の発展のための犠牲にするのと、憂さ晴らしに嬲り殺すのとでは罪の重さが違う。つまり【世界ワールド】にとっても他の殺人鬼の殆どは忌むべき最悪の人間であり、出会うことは苦痛で恐ろしく、デスゲームに巻き込んでも心が痛まない人材であった。

「それはそれは。体調が優れないようでしたら無理せずご自愛なさってくださいませ」
「このくらいなら大丈夫ですよ。ところで、そちらの方は?」

 老紳士の背後を見やると、若い女性が緊張した様子で立っていた。少なくともここ──『観戦室』にいる時点で只者ではない。何らかの権力者か、あるいはコスモス財団の関係者か。思い巡らしていると、老紳士が答えた。

「こちらの方は新しくコスモス財団と取引きすることとなった大手の映像制作会社のCEO、ソフィア・レイク様でございます。今回『秘密の聖戦アルカナバトル』を後世に映像記録として残すためにご招待致した次第であります。ですがこういった催しは初めてということで、差し出がましいようですがわたくしがご案内しておりました」
「えっと、ソフィア・レイクと申します。よろしくお願いします……」

 緊張した面持ちで、ソフィアが自己紹介する。そういえば少し前に、実際に撮影した映像と見分けがつかないほどに精密なデジタル合成技術をもつ会社があるという話を耳にした。そんな裏社会の人間にとって垂涎ものの技術を野放しにしておくわけにはいかないと、コスモス財団の庇護下に置いたというわけだ。

「僕はユニス・フィクサーです。こちらこそよろしくお願いします。初参加では色々と戸惑うことも多いでしょうし、何なら一緒に見て回りましょうか?」
「い、良いのですか?」
「もちろんです。それに今回のデスゲームである聖戦は過去一番の出来だと自負していますので、是非とも感想を聞いておきたいのです。初参加ともなれば尚更、どのようなリアクションをなされるのか気になります!」
「リアクションですか……? な、なんだか緊張しちゃいますね」

 話しながら用意された席へ移動する。周囲には有名な政治家や大富豪などがちらほらと見受けられて、ソフィアがより一層緊張していた。胆力があまりない方なのだろう。そしていざ席に座った瞬間に、ざわざわと騒がしくなってきた。

「えっと、騒がしくなってきましたけど、どうしたのでしょうか?」

 ソフィアが不安気に聞いてくる。その問いに答えたのはユニスではなく、老紳士だった。

「どうやら、わたくしたちが思っていた以上に聖戦の進行は早かったようでございます。スクリーンをご覧くださいませ」

 観戦室の目玉でもある巨大なスクリーンには、『インフェルノ』の細部に取り付けられたカメラとマイクにより、聖戦の様子が事細かく映し出されている。そして今、スクリーンに映し出されていたのは、先程までユニスがガラス越しに会話していた銀髪の女性と──



──……その背後に忍び寄り、不気味な笑みを浮かべる怪し気な男だった。
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