上 下
38 / 56

松尾先生

しおりを挟む
結局、その後帰ってきた銀次さんにも報告して、繋心が通いたがっている幼稚園に入園することが決まった。
繋心は体験入園で一緒になった子と早速友達になったらしく、毎日楽しそうに通っている。
バスの送迎には見学の時に良くしてくれた優しい面立ちの松尾先生という男の先生が来てくれて、繋心は松尾先生にとても懐いて登園は泣くこともなくて本当に助かっている。

ある日、繋心が幼稚園の間、買い物のついでに本屋を覗いていると声をかけられた。

「佐渡さん?」
「えっ、ああ。松尾先生」
「こんな場所で奇遇ですね、今日は私はお休みなんです」
「ああ、朝のバスは違う先生でしたもんね。先生も本を探しに?」
「もってことは佐渡さんも?」
「ええ、何か繋心の好きそうなお話はないかなと思いまして」
「そうだったんですね。でしたらこれなんてどうですか? 繋心くんは冒険とか好きそうですし」

先生が手にとって見せてくれたのは、少年が船に乗って冒険するようなお話で、確かに繋心が好きそうだった。

「いいですね、これにしてみます。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てたなら良かったです!」

ニッコリと笑って立ち去ろうとする松尾先生を引き止めて本を進めてくれたお礼にとお茶に誘った。
カフェに入って注文すると程なくしてコーヒーとケーキのセットが2つ運ばれてきて一息ついた。それから松尾先生に繋心が迷惑をかけていないか聞いたり、本について語り合ったり、意気投合して楽しかった。
連絡先も交換してその日は別れて、その後何回か食事に行った。
初めてちゃんとした友達ができたみたいでとても楽しかった。
松尾先生は本当に良い人で、道端にゴミが落ちているのを見たら必ず拾っているし、孤児院に寄付もしているらしい。
昔孤児院でお世話になっていたことがあるらしくて、僕たちはそこでも分かり合えた。

「私は昔医者を目指していたんですよ」
「えっ、そうなんですか?」

仲良くなってからしばらくして松尾先生は自分自身についてを教えてくれた。
多分繋心の将来の夢について話していた時だったと思う。

「医者になって沢山の人を救いたいと、青いことを言っていました。結局いろいろあってそれは諦めてしまったんです」

どこかで聞いたことのある話だと思った。
だけど、よくある話だ。
だからそんなはずはない。

「いろいろって……?」

相手が、言うのを濁したことを聞いてしまうのはいけない。
だけど、聞かずにはいられなかった。
松尾先生はコーヒーを一口飲んでから面白い話じゃないですけどと前置きして静かに話出した。

「子供の頃、ずっと好きな人がいて、その人と付き合うことを周りの大人たちから妨害されていた。当時は本当、散々な目にあいました。相手も大変な思いをしていて、私は思ってしまったんです。大切な人が辛い思いをするくらいなら、私はいない方が良いだろうって」
「いない方がいいって……」
「若かったんですよね……。もうそれ以外の道は考えられなかった。自殺しようとしたんです。でも、結局死にきれなくて目が覚めた時は病院でした」

話を聞くうちにどんどん確信に近づいていた。
僕は怖かった。
怖くて仕方なかった。
続きを聞きたくない。
だけど、そう思う気持ちとは別で、知りたいと思ってしまう。
相反する感情で僕はどうにかなりそうだった。

「病院で彼の父親に言われました。彼には死んだと伝えたと。もとより、死ぬつもりだったのならそれで良いだろうと」
「そんな……」
「でも、本当に彼の父親が言う通りだと思った。だって、死んで彼と離れるつもりだったんだから、死ねなかったからってまた彼のところに戻るのは我がままだ」
「そんなこと」

僕はその続きは何も言えなかった。
何を言っても軽くなる気がした。
そんな僕を見て松尾先生はハッとした顔をして謝ってきた。

「すみません、こんな暗い話を!」
「い、いえ……」
「なんだか、佐渡さんは話しやすくて、本当にすみません」
「気にしないでください、信用して話していただけて嬉しいです」

そんな事を返しながら僕はもう確信していた。
松尾先生は司さんだ。

その後、なんとか笑顔で他愛ない話を続けた気がする。
どうやって帰ったかは覚えていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

記憶の欠片

藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。 過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。 輪廻転生。オメガバース。 フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。 kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。 残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。 フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。 表紙は 紅さん@xdkzw48

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

龍の番の生まれ変わり

まめだだ
BL
輝(あきら)は、龍族である菫青(きんせい)の番の生まれ変わりとして召喚された。 けれど。 転生して、魂の色も違ったなら、それはもう別人だろ――?

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

僕を愛して

冰彗
BL
 一児の母親として、オメガとして小説家を生業に暮らしている五月七日心広。我が子である斐都には父親がいない。いわゆるシングルマザーだ。  ある日の折角の休日、生憎の雨に見舞われ住んでいるマンションの下の階にある共有コインランドリーに行くと三日月悠音というアルファの青年に突然「お願いです、僕と番になって下さい」と言われる。しかしアルファが苦手な心広は「無理です」と即答してしまう。 その後も何度か悠音と会う機会があったがその度に「番になりましょう」「番になって下さい」と言ってきた。

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

処理中です...