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松尾先生
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結局、その後帰ってきた銀次さんにも報告して、繋心が通いたがっている幼稚園に入園することが決まった。
繋心は体験入園で一緒になった子と早速友達になったらしく、毎日楽しそうに通っている。
バスの送迎には見学の時に良くしてくれた優しい面立ちの松尾先生という男の先生が来てくれて、繋心は松尾先生にとても懐いて登園は泣くこともなくて本当に助かっている。
ある日、繋心が幼稚園の間、買い物のついでに本屋を覗いていると声をかけられた。
「佐渡さん?」
「えっ、ああ。松尾先生」
「こんな場所で奇遇ですね、今日は私はお休みなんです」
「ああ、朝のバスは違う先生でしたもんね。先生も本を探しに?」
「もってことは佐渡さんも?」
「ええ、何か繋心の好きそうなお話はないかなと思いまして」
「そうだったんですね。でしたらこれなんてどうですか? 繋心くんは冒険とか好きそうですし」
先生が手にとって見せてくれたのは、少年が船に乗って冒険するようなお話で、確かに繋心が好きそうだった。
「いいですね、これにしてみます。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てたなら良かったです!」
ニッコリと笑って立ち去ろうとする松尾先生を引き止めて本を進めてくれたお礼にとお茶に誘った。
カフェに入って注文すると程なくしてコーヒーとケーキのセットが2つ運ばれてきて一息ついた。それから松尾先生に繋心が迷惑をかけていないか聞いたり、本について語り合ったり、意気投合して楽しかった。
連絡先も交換してその日は別れて、その後何回か食事に行った。
初めてちゃんとした友達ができたみたいでとても楽しかった。
松尾先生は本当に良い人で、道端にゴミが落ちているのを見たら必ず拾っているし、孤児院に寄付もしているらしい。
昔孤児院でお世話になっていたことがあるらしくて、僕たちはそこでも分かり合えた。
「私は昔医者を目指していたんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
仲良くなってからしばらくして松尾先生は自分自身についてを教えてくれた。
多分繋心の将来の夢について話していた時だったと思う。
「医者になって沢山の人を救いたいと、青いことを言っていました。結局いろいろあってそれは諦めてしまったんです」
どこかで聞いたことのある話だと思った。
だけど、よくある話だ。
だからそんなはずはない。
「いろいろって……?」
相手が、言うのを濁したことを聞いてしまうのはいけない。
だけど、聞かずにはいられなかった。
松尾先生はコーヒーを一口飲んでから面白い話じゃないですけどと前置きして静かに話出した。
「子供の頃、ずっと好きな人がいて、その人と付き合うことを周りの大人たちから妨害されていた。当時は本当、散々な目にあいました。相手も大変な思いをしていて、私は思ってしまったんです。大切な人が辛い思いをするくらいなら、私はいない方が良いだろうって」
「いない方がいいって……」
「若かったんですよね……。もうそれ以外の道は考えられなかった。自殺しようとしたんです。でも、結局死にきれなくて目が覚めた時は病院でした」
話を聞くうちにどんどん確信に近づいていた。
僕は怖かった。
怖くて仕方なかった。
続きを聞きたくない。
だけど、そう思う気持ちとは別で、知りたいと思ってしまう。
相反する感情で僕はどうにかなりそうだった。
「病院で彼の父親に言われました。彼には死んだと伝えたと。もとより、死ぬつもりだったのならそれで良いだろうと」
「そんな……」
「でも、本当に彼の父親が言う通りだと思った。だって、死んで彼と離れるつもりだったんだから、死ねなかったからってまた彼のところに戻るのは我がままだ」
「そんなこと」
僕はその続きは何も言えなかった。
何を言っても軽くなる気がした。
そんな僕を見て松尾先生はハッとした顔をして謝ってきた。
「すみません、こんな暗い話を!」
「い、いえ……」
「なんだか、佐渡さんは話しやすくて、本当にすみません」
「気にしないでください、信用して話していただけて嬉しいです」
そんな事を返しながら僕はもう確信していた。
松尾先生は司さんだ。
その後、なんとか笑顔で他愛ない話を続けた気がする。
どうやって帰ったかは覚えていなかった。
繋心は体験入園で一緒になった子と早速友達になったらしく、毎日楽しそうに通っている。
バスの送迎には見学の時に良くしてくれた優しい面立ちの松尾先生という男の先生が来てくれて、繋心は松尾先生にとても懐いて登園は泣くこともなくて本当に助かっている。
ある日、繋心が幼稚園の間、買い物のついでに本屋を覗いていると声をかけられた。
「佐渡さん?」
「えっ、ああ。松尾先生」
「こんな場所で奇遇ですね、今日は私はお休みなんです」
「ああ、朝のバスは違う先生でしたもんね。先生も本を探しに?」
「もってことは佐渡さんも?」
「ええ、何か繋心の好きそうなお話はないかなと思いまして」
「そうだったんですね。でしたらこれなんてどうですか? 繋心くんは冒険とか好きそうですし」
先生が手にとって見せてくれたのは、少年が船に乗って冒険するようなお話で、確かに繋心が好きそうだった。
「いいですね、これにしてみます。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てたなら良かったです!」
ニッコリと笑って立ち去ろうとする松尾先生を引き止めて本を進めてくれたお礼にとお茶に誘った。
カフェに入って注文すると程なくしてコーヒーとケーキのセットが2つ運ばれてきて一息ついた。それから松尾先生に繋心が迷惑をかけていないか聞いたり、本について語り合ったり、意気投合して楽しかった。
連絡先も交換してその日は別れて、その後何回か食事に行った。
初めてちゃんとした友達ができたみたいでとても楽しかった。
松尾先生は本当に良い人で、道端にゴミが落ちているのを見たら必ず拾っているし、孤児院に寄付もしているらしい。
昔孤児院でお世話になっていたことがあるらしくて、僕たちはそこでも分かり合えた。
「私は昔医者を目指していたんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
仲良くなってからしばらくして松尾先生は自分自身についてを教えてくれた。
多分繋心の将来の夢について話していた時だったと思う。
「医者になって沢山の人を救いたいと、青いことを言っていました。結局いろいろあってそれは諦めてしまったんです」
どこかで聞いたことのある話だと思った。
だけど、よくある話だ。
だからそんなはずはない。
「いろいろって……?」
相手が、言うのを濁したことを聞いてしまうのはいけない。
だけど、聞かずにはいられなかった。
松尾先生はコーヒーを一口飲んでから面白い話じゃないですけどと前置きして静かに話出した。
「子供の頃、ずっと好きな人がいて、その人と付き合うことを周りの大人たちから妨害されていた。当時は本当、散々な目にあいました。相手も大変な思いをしていて、私は思ってしまったんです。大切な人が辛い思いをするくらいなら、私はいない方が良いだろうって」
「いない方がいいって……」
「若かったんですよね……。もうそれ以外の道は考えられなかった。自殺しようとしたんです。でも、結局死にきれなくて目が覚めた時は病院でした」
話を聞くうちにどんどん確信に近づいていた。
僕は怖かった。
怖くて仕方なかった。
続きを聞きたくない。
だけど、そう思う気持ちとは別で、知りたいと思ってしまう。
相反する感情で僕はどうにかなりそうだった。
「病院で彼の父親に言われました。彼には死んだと伝えたと。もとより、死ぬつもりだったのならそれで良いだろうと」
「そんな……」
「でも、本当に彼の父親が言う通りだと思った。だって、死んで彼と離れるつもりだったんだから、死ねなかったからってまた彼のところに戻るのは我がままだ」
「そんなこと」
僕はその続きは何も言えなかった。
何を言っても軽くなる気がした。
そんな僕を見て松尾先生はハッとした顔をして謝ってきた。
「すみません、こんな暗い話を!」
「い、いえ……」
「なんだか、佐渡さんは話しやすくて、本当にすみません」
「気にしないでください、信用して話していただけて嬉しいです」
そんな事を返しながら僕はもう確信していた。
松尾先生は司さんだ。
その後、なんとか笑顔で他愛ない話を続けた気がする。
どうやって帰ったかは覚えていなかった。
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