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この会場には夏道がいる。
だから千秋は警戒した。
四宮のような見た目も中身も素敵な人間と、千秋が一緒にいるところを見たら、夏道は千秋から四宮を奪おうとするかもしれない。
そうして、夏道が行動した結果、四宮は夏道を好きになるかもしれない。
千秋は、千秋のことを好きだと言ってくれている四宮を信じたかったけれど、今まで20年間も夏道に奪われ続ける人生を送ってきたこともあって、不安になっていた。
夏道は千秋から奪えないものなど何一つない。
千秋はそんなふうに育ってきた。
けれど今回ばかりはそうならないように、どう立ち回れば良いのか千秋は考えた。
そしてうまい考えも浮かばないまま時だけが過ぎて行き、広い会場の中で千秋は1人になってしまっていた。
春成は、会社の部下たちに連れられて何処かへ行ってしまい、沙織はお手洗いに行くと言って千秋を1人置いて行ってしまったのだ。
千秋は近くにあった1人掛けソファに座ると、思いの外疲れていたのか心地よく感じ、ホッと一息ついた。
「久しぶり。生きていたんだ」
「っ兄さん……」
顔を上げた千秋の目に飛び込んできたのは、夏道の顔だった。
「なーんか見覚えある顔だなぁと思ったらお前だったよ。お前の顔なんか平凡すぎて忘れかけてたけど。お前もなかなかしぶといね?」
「……」
「黙ってないで何かいいなよ。出来損ないの千秋ちゃん。お前今四宮家の息子と一緒にいるんだって?」
「っ、なんでそれを!?」
千秋は驚き夏道の顔を見上げた。
「そんなの、四宮の当主と奥方が自慢して回ってんだからここにいる皆んなが知ってるよ」
「……」
「ねぇ、四宮晴臣を僕にちょうだいよ」
「っ、やだ」
「えー? なに?」
夏道は薄ら笑いを浮かべ千秋を見下ろしていた。
「いやだ。晴臣は僕の夫になってくれるって言ってくれたんだ。兄さんは、別に晴臣じゃなくたって選り取り見取りでしょ」
「んー。だけど、四宮家といえば大きな財閥だし、見た目もアルファの中でも上位だし、僕の周りにいるアルファなんかより格段に優良物件じゃん? それをさ、お前みたいな出来損ない相手にもったいないでしょ。というか、まぁ別にお前が嫌がっても結局僕のものになるんだから、気持ちよく譲ってよ」
「……いやだ。僕は、今まで兄さんになんだって譲ってきた。そうしなければ父さんと母さんが怒ったから。だけど、晴臣は……晴臣だけは嫌だ」
「へぇ……口答えするんだ……もしもし、お父さん? 入り口近くのソファのところに来てくれない? うん、うん。そうなんだよ……うん、分かった」
夏道は千秋の目の前で、父親に電話をかけた。
「お父さん、すぐに来きてくれるって。お前が聞き分けないことを言っているのを伝えたら、どんな反応するんだろうね?」
千秋は、それを聞いて奥歯を噛み締めた。
昔は、夏道の欲しがったものを差し出さなかった場合や、たんに千秋のことが気に食わない場合、一晩家に入れてもらえないこともあった。
折檻として、暴力をふるわれることもあった。
けれど今は千秋の帰る場所は彼らの家ではない。
千秋には四宮の屋敷という帰る場所がある。
千秋は深い息をついて気持ちを落ち着かせた。
「そうやって……、自分では何もできないんだね」
「は?」
「父さんや母さんを頼らなければ何もできないんだ。兄さんは」
「何言ってんの?」
夏道の口角がピクピクと動いて、夏道がイライラしていることは明白だった。
けれど千秋は止まれなかった。
「3つも年下の僕から、兄さんはなんだって取り上げて行った。だけどそろそろ成長したら? 父さんと母さんの愛情はいつだって兄さん1人に注がれているのに、兄さんはいつまで赤ちゃん返りを続けるつもりなの?」
「っ、お前!!」
夏道が拳を振り上げた。
たとえここで殴られたとしても千秋は言いたいことを言えてスッキリしていたし満足していた。
千秋は殴られるのを覚悟して衝撃に備えて目をつむった。
けれど、その衝撃は来ることはなく、千秋は恐る恐る目を開けた。
「僕の千秋に何をするつもりですか?」
四宮が夏道の振り上げた手をつかんで、表向きの笑顔でそう言った。
「晴臣っ」
「千秋、大丈夫? ごめんね1人にさせて」
四宮が千秋の肩を抱き、夏道から庇うように立ってそう言った。
「ううん。来てくれてありがとう」
千秋がホッとしてそう言うと四宮は微笑んで千秋の頭をポンポンと優しく叩いた。
「四宮晴臣さん。お久しぶりです」
夏道は誰もがハッと驚くような美しい微笑みを四宮に向けた。
「ああ……。石崎さんでしたか。お久しぶりです」
四宮はなおも張り付けたような笑顔を春道に向けた。
だから千秋は警戒した。
四宮のような見た目も中身も素敵な人間と、千秋が一緒にいるところを見たら、夏道は千秋から四宮を奪おうとするかもしれない。
そうして、夏道が行動した結果、四宮は夏道を好きになるかもしれない。
千秋は、千秋のことを好きだと言ってくれている四宮を信じたかったけれど、今まで20年間も夏道に奪われ続ける人生を送ってきたこともあって、不安になっていた。
夏道は千秋から奪えないものなど何一つない。
千秋はそんなふうに育ってきた。
けれど今回ばかりはそうならないように、どう立ち回れば良いのか千秋は考えた。
そしてうまい考えも浮かばないまま時だけが過ぎて行き、広い会場の中で千秋は1人になってしまっていた。
春成は、会社の部下たちに連れられて何処かへ行ってしまい、沙織はお手洗いに行くと言って千秋を1人置いて行ってしまったのだ。
千秋は近くにあった1人掛けソファに座ると、思いの外疲れていたのか心地よく感じ、ホッと一息ついた。
「久しぶり。生きていたんだ」
「っ兄さん……」
顔を上げた千秋の目に飛び込んできたのは、夏道の顔だった。
「なーんか見覚えある顔だなぁと思ったらお前だったよ。お前の顔なんか平凡すぎて忘れかけてたけど。お前もなかなかしぶといね?」
「……」
「黙ってないで何かいいなよ。出来損ないの千秋ちゃん。お前今四宮家の息子と一緒にいるんだって?」
「っ、なんでそれを!?」
千秋は驚き夏道の顔を見上げた。
「そんなの、四宮の当主と奥方が自慢して回ってんだからここにいる皆んなが知ってるよ」
「……」
「ねぇ、四宮晴臣を僕にちょうだいよ」
「っ、やだ」
「えー? なに?」
夏道は薄ら笑いを浮かべ千秋を見下ろしていた。
「いやだ。晴臣は僕の夫になってくれるって言ってくれたんだ。兄さんは、別に晴臣じゃなくたって選り取り見取りでしょ」
「んー。だけど、四宮家といえば大きな財閥だし、見た目もアルファの中でも上位だし、僕の周りにいるアルファなんかより格段に優良物件じゃん? それをさ、お前みたいな出来損ない相手にもったいないでしょ。というか、まぁ別にお前が嫌がっても結局僕のものになるんだから、気持ちよく譲ってよ」
「……いやだ。僕は、今まで兄さんになんだって譲ってきた。そうしなければ父さんと母さんが怒ったから。だけど、晴臣は……晴臣だけは嫌だ」
「へぇ……口答えするんだ……もしもし、お父さん? 入り口近くのソファのところに来てくれない? うん、うん。そうなんだよ……うん、分かった」
夏道は千秋の目の前で、父親に電話をかけた。
「お父さん、すぐに来きてくれるって。お前が聞き分けないことを言っているのを伝えたら、どんな反応するんだろうね?」
千秋は、それを聞いて奥歯を噛み締めた。
昔は、夏道の欲しがったものを差し出さなかった場合や、たんに千秋のことが気に食わない場合、一晩家に入れてもらえないこともあった。
折檻として、暴力をふるわれることもあった。
けれど今は千秋の帰る場所は彼らの家ではない。
千秋には四宮の屋敷という帰る場所がある。
千秋は深い息をついて気持ちを落ち着かせた。
「そうやって……、自分では何もできないんだね」
「は?」
「父さんや母さんを頼らなければ何もできないんだ。兄さんは」
「何言ってんの?」
夏道の口角がピクピクと動いて、夏道がイライラしていることは明白だった。
けれど千秋は止まれなかった。
「3つも年下の僕から、兄さんはなんだって取り上げて行った。だけどそろそろ成長したら? 父さんと母さんの愛情はいつだって兄さん1人に注がれているのに、兄さんはいつまで赤ちゃん返りを続けるつもりなの?」
「っ、お前!!」
夏道が拳を振り上げた。
たとえここで殴られたとしても千秋は言いたいことを言えてスッキリしていたし満足していた。
千秋は殴られるのを覚悟して衝撃に備えて目をつむった。
けれど、その衝撃は来ることはなく、千秋は恐る恐る目を開けた。
「僕の千秋に何をするつもりですか?」
四宮が夏道の振り上げた手をつかんで、表向きの笑顔でそう言った。
「晴臣っ」
「千秋、大丈夫? ごめんね1人にさせて」
四宮が千秋の肩を抱き、夏道から庇うように立ってそう言った。
「ううん。来てくれてありがとう」
千秋がホッとしてそう言うと四宮は微笑んで千秋の頭をポンポンと優しく叩いた。
「四宮晴臣さん。お久しぶりです」
夏道は誰もがハッと驚くような美しい微笑みを四宮に向けた。
「ああ……。石崎さんでしたか。お久しぶりです」
四宮はなおも張り付けたような笑顔を春道に向けた。
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