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「僕の大切な人は体が弱くてね。僕の父が経営する病院にしょっちゅう入院していたんです。僕が病室に顔を出すと嬉しそうな顔で『いらっしゃい』と笑う彼が大好きだった」

四宮の大切な人の話を聞きながら1口舐めたお酒は甘いはずなのに、苦く感じて両手でグラスを握ったまま膝の上に置いた。

「僕はいつも彼に向かって『好きだ』『好きだ』と繰り返して、彼を困らせていました。病院ばっかりの彼を少しでも楽しませようと花とか石とかいろいろ持って行ったりして。彼はそれらをいつも嬉しそうな顔で受け取ってくれるけれど、僕の『好きだ』という言葉にはついぞ答えてくれることはなかったんです」
「彼は、そのまま……?」
「ええ……彼は15歳という若さで亡くなってしまいました。その時僕は12歳だった。12歳の恋なんて思春期の思い違いだと周りは言った。けれどあれから21年も経った今でも彼のことが好きなまんまだ」

遠い昔に想いを馳せるように、四宮は目を細めて語った。

「そう、だったんですか」
「さすがに気持ち悪いかな」
「いえ、そんなことはありません。ただ」
「ただ?」
「羨ましいなと思います。そんな風に誰かに思い続けてもらえるなんて、きっと結衣斗は幸せだったでしょうね」

千秋の言葉に四宮は目を丸くした。

「彼が結衣斗だって、名前言ったっけ? 確かに結衣斗だけど」

四宮が訝しげに千秋を見つめた。
千秋自身も驚いていた。
確かに、四宮から聞いてはいないはずなのに、どうしてだか四宮の話す想い人の名前は結衣斗なのだと確信していた。


「あ、れ? 僕、何で知ってるんだろう……?」
「誰かに聞いたんですか?」

四宮の声音は若干のトゲを含んでいるようだった。

「そんなことは、無いと思うんですが」
「そうですよね。君がこの屋敷で会った人間で結衣斗の名前まで知っているのは泉くらいしかいないけれど、泉が勝手にそこまで話すとは思えない」
「あの、僕」
「ああ、少し飲み過ぎてしまいましたね。今日はもうお開きにしましょうか」

四宮はいつものようににこやかにそう言った。
けれど、穏やかな表情を作った四宮のその目は笑っておらず、千秋は何らかの疑いをかけられているのかもしれないと思った。

追い出されるように四宮の部屋を出ると、廊下の端の方へ誰かが走り去っていくのが見えた。
けれどそれが誰なのか確認する元気もなく、千秋はぼーっとしながら部屋に戻った。

次の日からは、それまで千秋のことを何かと気にかけて話しかけてくれていた四宮がパタリと話しかけてくれなくなった。

千秋は自分でもなぜ結衣斗の名前を知っているのかも分からず、その上四宮を怒らせてしまったことでひどく落ち込んでいた。
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