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父:シャルル視点2
しおりを挟むマリーが無事に出産を終えることを祈っている最中に、屋敷の裏の方でカラスが騒ぎ始めた。
外はどんよりしていて、おまけにカラスの大群が騒ぐだなんて、縁起が悪い。
出産が終わるまでは部屋に入ることはできないため、一度庭の様子を見ることにした。
「カミーユ!! カミーユ!!! 起きて……起きて!!」
庭に出ると、別邸の方からセドリックの泣き声の混じったような悲痛な叫び声が聞こえた。
「どうしたんだセドリック? なっ、カミーユ……? なにが……何があったんだ」
近づき声をかけると、目に飛び込んできたのは別邸の前で血だらけで目を瞑っているカミーユだった。セドリックがカミーユを抱き上げ必死に声をかけている。
私はただ現実を受け止めきれず膝から崩れ落ちた。
使用人が迷惑そうに医者を呼ぶ様子を呆然と見送った。
カミーユ……。なぜ。
死にたいと思うほどに辛かったのか。
なにがそんなに……。
『何がそんなに、だと?』
「な、誰だ……?」
突然、頭の中に誰かの声が響いてきた。
聞いているだけで恐ろしく感じるほどの、地を這うような低い声だ。
『カミーユは、寂しさと絶望の中で生きてきた。何がそんなにと聞かれれば、その答えは“生きてきた全て”だろうよ』
カミーユは、生きてきた全てが死にたいほどに辛かったと?
「な、にを? なにを言っている? お前は一体誰なんだ。お前にカミーユの何がわかるんだ」
『俺はカミーユに飼われていたしがない野鳥だ。だが、お前らよりは遥かにカミーユの家族だった』
「……鳥……」
医者が到着し、カミーユの具合を見ている間、使用人たちは1人で喋る私を異質なものを見る目で見てきた。
医者がカミーユを診終わって、診察の結果を聞く前に私はカミーユの手を握った。
冷たい……小さい手だ。オメガゆえか、カミーユの手はドニよりも小さく感じた。
この小さな手を私は握ったことがあっただろうか。
「カミーユ様はまだなんとかギリギリのところで生きております」
医者が横から静かに言った。
胸にほんのりと希望が走った。
「ただ」
医者は言いづらそうに、けれど、有無をいわさぬ声で続けた。
「今回の傷とは違いずっと小さい頃からつけられていた傷の跡があります。その上、同じ年頃のオメガの子と比べても驚くほどに体重が軽い。失礼ですが、虐待の可能性を考えて病院に入院していただくことになります。命が助かるかも保証もできません」
虐待……?
幼い頃からの傷?
そんなもの私は知らない。
「そんな……」
セドリックはふらふらと部屋を出て行き、私は医者から疑いの目を向けられた。
「カミーユ様の傷痕をご確認されますか」
「……はい」
うなずき医者に見せられたカミーユの傷は、目も覆いたくなるほど酷いものだった。
服を着て隠れる部分は全て生傷や傷痕があり、痛々しいなどというレベルではなかった。
「……カミーユ、誰に……誰に、ああ。こんな……」
誰になんて答えは明白だ。
マリーの仕業だ。
私やセドリックをカミーユから遠ざけるような発言をしていたマリー以外には考えられない。
けれど、マリーの言葉にホッとし、カミーユを遠ざけていた私も同罪だ。
カミーユの体は負担がかからないように慎重に病院まで運ばれた。
私に取って、セドリックにとってドニにとって、安全なこの屋敷はカミーユには少しも安全ではなかったのだ。信頼できる大人は1人もおらず、カミーユは今まで一人で耐えてきた。
何が死にたいほどに辛かったのか……?
それは、確かにさっきの声が言っていたように“生きてきた全て”なのだろう。
頼れる大人であるはずの父親は、自分のことばかりを優先し、傷にも栄養状態が悪いことにも気がつかず、義母は自分を傷つける。
使用人はカミーユが死にかけている時すら、めんどくさそうに医者を呼ぶ。
カミーユを愛して抱きしめる人間などここには1人もいなかった。
ああ、なんて。
カミーユにとってここは地獄も同じじゃないか。
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