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3.懐妊

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部屋に戻って、古くなった硬いパンを食べて、今日は昨日とは違う方の腕にナイフで傷をつけた。いつもより深く傷つけると血がダクダクと流れて床を赤く染めていく。

ああ。汚いな。

だけど、気持ちがいい。
僕の中から汚い血がどんどん流れて行く。
あとで掃除をしないと。

ーーピーー

ぴーちゃんは、僕が体を傷つけることを、最初はすごく怒って邪魔してきたけど、今は悲しそうな声で鳴いて見守るだけになった。前にぴーちゃんが邪魔をしようとした時に、手元がずれていつもよりもざっくり切ってしまったからかもしれない。

結局、ドニに渡すことの叶わなかった飴玉を包み紙から取り出して口に含んでみた。

「甘い……」

包み紙に苺味と書かれてあった飴玉は甘くて美味しくて、口の中に唾液がいっぱい溢れた。
お腹が貪欲に栄養を欲して、ギュルルと音を立てた。

「ふ……ふふ。美味しい……なぁ」

口の中の唾液と比例して、なぜだか涙もいっぱい溢れてきた。
ドニのお父様に向ける愛らしい笑顔、お父様のドニに向ける優しい顔と声。
思い出して胸に何かがこみ上げる。
あれが、家族。
僕には一生持つことができないようなキラキラした宝物。

「お母様……、ごめんなさい。お父様、ごめんなさい……お兄様……」

懺悔の言葉を繰り返す。
あの家族から、大事な大事なお母様を奪ってしまった自分が僕は嫌いで仕方がない。
300年前に勇者に封印されたと言う極悪非道の魔王だって、僕より綺麗な血が流れているに違いない。

けれど僕が壊してしまった家族は、今はまたマリーを迎え、ドニが生まれ幸せな家族になっている。

そして翌朝、また僕にいろいろ教えてくれる使用人がやってきた。
2日連続で別棟に来るのは珍しい。

「1週間分のお食事です」
「ありがとうございます……。あれ、あの」

袋の中を覗くと、いつもは1週間で7つのパンが入っているのに、今渡されたのは6つしか入っていなかった。
けれどそれを伝えようとすると、使用人は僕を睨んだ。

「なんですか」
「その……。1つ足りなくて」
「昨日、ドニ様にお会いになられましたね」
「え……。はい、その。偶然」
「そのことについて、奥様がお怒りです。あなたは、ご自分の母親を殺して生まれてきたのですから、殺人犯も同じですよね。それなのに、ドニ様の目の届く範囲に行かれて、純粋な汚れのないドニ様のお目を汚してはなりません」
「あ……」

確かにそうだ。
なんで僕はそんなことも分からなかったんだろう。
いや、元々ドニの前に姿を表そうなどとは思ってなかったけど、結果的に僕は汚い僕をドニに見せドニを汚すような行いをしてしまったんだ。

「すみませんでした。以後、気をつけます」
「パンが1つすくないのはあなたに反省していただくためです。分かりましたか」
「はい」

使用人は満足そうに笑った。

「そうだ。嬉しいご報告もあるのですよ」
「え?」
「奥様が懐妊されたのです。ドニ様もお兄様になられるのですよ」
「そうなんですか。それは、セドリック様もドニ様もお喜びでしょうね」
「ええ。ですが、バイヤール公爵様ご家族に近づいたりされてはいけませんよ」
「はい」

釘を刺され、僕は素直にうなずいた。
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