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61:キンデル

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穏やかな午後、庭に出してもらったベンチに座り、俺は息子に離乳食を食べさせていた。

「べノン、美味しいかぁ?」

息子の名前はクライブと一緒に考え、べノンと名付けた。べノンは当たり前だけどまだ言葉が分かる訳ではないのに、俺が話しかけるとにまあと可愛らしく笑った表情のことが多い。俺に似たハニーブロンドの髪に、クライブに似た、俺よりも深めの青い瞳の、天使のように愛らしい子だ。願わくば、性癖は俺に似ないで欲しい。

「べノンは父親の私と一緒でバトラルのことが好きなんだな」
「そうなの? ベノン?」

クライブの言葉をそのままベノンに尋ねると、ベノンはんきゃんきゃと笑った。

「はは。笑ってる。ベノンはずっと笑っていてかわいいね~。あと数ヶ月もしたらお兄ちゃんになるんだぞ~。楽しみだねぇ」
「バイロンに似たのが生まれるなら、堅物が生まれるかもね」
「それでも絶対可愛いよ。バイロンもちょっと顔が怖いけど可愛いところあるし」

介護好きのバイロンなら、きっと育児も積極的にするだろう。
息子が生まれたら、剣術などを教えるだろうし、ダッシュライド公爵家の跡取りとしての教育も、しっかりきっちりこなしそうだ。

「西との戦争が、近々終わる」
「え?」

クライブが天気の話をするかのように、報告してきた内容に俺は心底驚いた。
つい最近開戦したばかりだ。
西の国よりも、こちらの国のほうが戦力があるのでそこまで手こづらないだろうというのは聞いていたが、それでも早すぎる。なにせ、ルカが戦地に旅立ってから2週間も経っていないのだから。

クライブは、俺の困惑を他所に話を続けた。

「当然、我が国の勝利だ。いろいろ有利な条約を結ぶことができるだろう」
「そうなんだ……それで、ルカは? 活躍できたの?」
「ああ。かなりの活躍だったと聞いている。謁見の際には、バトラルも同席してくれるか?」
「え? うん。いいけど」

俺がいてもなんの役にも立たないだろうが、頼まれたのなら引き受けるのがマイルールだ。
そうして穏やかな生活を送っている間、不思議とキンデルは大人しかった。
もしかしたら、ルカに甘えたくてあんな態度だったのかもしれない。
まぁ、それにしてもキンデルのあれは年齢にしては幼稚な甘え方だ。
ルカが表情に出したところを見たことはないけど、ルカからすればかなり鬱陶しさを感じていただろう。

「ああ、そうだ。キンデル・スタン子爵令息殿」

クライブが呼ぶと、キンデルはビクリと背中を跳ねさせた。

「……あれ? 返事はどうしたのかな」
「あ……ぁ……はいっ」
「君にはバトラルの身の回りの世話は、まだ早すぎたようだね。それに、夫にも向かないようだ」
「え……ぇ、そ、そんな」
「そんなも何もないよ。君が特級アルファだというのは私自身の目で確かに確認したからそうなのだろうけど、君には資質がなさすぎる。今までバトラルの優しさで許されてきただけで、バトラルに間違った飲み物を飲ませること自体、極刑に値する。もしも体に害のあるものだったら……。バトラル1人だけだとしても君の命がいくつあっても足りないくらいなのに、ダッシュライド公爵家の跡取りが腹に入っているんだぞ。お前はよく、バトラルの前に顔を出せるな」
「……ぁ……ぁ……すみません。つ、次からは、次からはちゃんと……」
「次があると思うな。お前など、いくらでも替えがきく。そのことを忘れ、自惚れ、礼節を弁えることもなく、貴族令息にあるまじき態度を取り続けた。バトラルの注意を何度も無視したと報告も入っている」
「む、無視なんて……僕は」
「そうか? だが、何度も廊下を走るなと注意されているだろう。それから、ギルバー侯爵への態度も悪いと報告されている」
「だ、だって、それは」
「だって? ……はぁ。その言葉遣いも、目もあてられないな」
「ぁ……」

どんどん小さくなっていくキンデルがなんだか可哀想に思えてきたが、助ける気にはなれなかった。キンデルは、注意しても反省をしないし、特級アルファであることを鼻にかけているのか、どこか人を馬鹿にしている態度なのだ。

「ギルバー侯爵には失敗を取り戻すチャンスを与えたのだから、と、バトラルが言うものだから、仕方なくお前の様子を見たが、この2週間、お前はしょぼくれた態度をするだけで、反省を見せなかった。ギルバー侯爵はたった2週間で約束を果たしたというのに」
「、ぼ、僕は……」

キンデルは、目をギュッと瞑って俯いた。
その時、遠くが騒がしくなった。

『お、お待ちくださいっ!! 謁見はまた後日に!!』
『すみません。通してください』
『お、お待ちくださいっ! お待ちくださいっ!!』

落ち込んでいる様子のキンデルから目を離して、そちらの方を確認すると、引き留めようとする使用人を2人も腕に付けながら、こちらにズンズンと歩いてくるルカが見えた。
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