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3:父親

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「父上、お待たせして申し訳ございません。バトラルです」
「入れ」

扉の向こうから父親の返事が聞こえ、俺は礼儀作法にのっとって部屋の中に入った。

「失礼します」

父親の手には乗馬用の鞭が握られていた。
父親の見目はバトラルに似ている。バトラルと同じでハニーブロンドの髪にベビーブルーの瞳。まだ幼いバトラルより精悍な顔つきで、若い令嬢からも好かれそうだ。息子を虐待するような男だと、バレなければの話だが。

「こちらへ来なさい」
「……はい」

父親に呼ばれ、俺はもうすぐにでもその鞭で叩かれることを想像して、胸を高鳴らせながら、必死で表情を殺して父親のそばに近寄った。父親が俺の体を触った瞬間、期待と胸の高鳴りでビクリと体が震えた。

「昨日のことは反省したかな」
「はい」

昨日のことというのは何なのかわからないが、俺は即答で頷いた。

「反省しているなら、打たれる覚悟はもうできているということだね」
「……はい」

はぁ。今から打たれるのかと思うと興奮しすぎて息が上がりそうだ。
父親は何とか無表情を貫いて興奮を隠す俺を見て何を思っているのか俺の腕をとった。

「だが、震えているね」
「……嬉しいから、震えているのです。父上にこうして構っていただけて」

俺の言葉に、父親は驚いたように目を見開いた。

「……私に、構ってもらえて?」
「はい。僕にとって、父上は唯一の家族ですから……ですから」

父親の持つ鞭に目を向け、言外に早く俺を打てと伝えると、父親は鞭の持ち手をギュッと握った。期待から口角が上がりそうになるのを必死で抑えていると、父親から悲痛そうな呻き声が聞こえた。

「私が唯一の家族……。息子にこんなことをする私が、か?」
「こんなことなどではありません。打たれるのは僕の至らなさが原因です。父上は、至らぬ僕を、こうして父上の時間を割いてまで躾けてくださっているのですから」
「そんな……私は、そこまで……っ。すまない。すまなかったバトラル……。今日は……、やめておこうか。それよりも話を、しよう」

打っても良い、と言うか、打てと言っているのに、なぜ話をすることになるんだ。

「話ですか……? 一体何の」
「そうだな……。バトラルの好きなことを話そう。食べ物でも、趣味でも」

そんなことを言われて俺は激しく困った。俺にはバトラルとして生きた記憶はないし、あるのはゲーム情報系の雑誌やサイトに載っていたような内容だけだ。流石に悪役令息の食べ物の好みや趣味までは載っていなかった。

「バトラル?」
「ぁ……すみません。あの、すぐには思いつかなくて」
「いや。いいんだ。そう、だよな……。私こそ、今まですまなかった。謝って済むことではないが、昨日、お前の心の叫びを聞いた時、私は深く反省したんだ。私も子供の頃は自分が親になったらこんな教育はするものかと思っていたというのに……。バトラルもあんなに嫌がっていたのに、今日になったら全て諦めたように笑って、私に構われて嬉しいと、打って躾されて嬉しいなどと言われて……私は自分の教育のあり方を反省した。これからは二度とお前に手を上げないと誓う」
「え……?」

誤解です。それはもう凄まじいほどの誤解です。

俺は諦めたようになんて笑ってないし。ただ、期待から口角が上がりそうになるのを堪えていただけだ。
けれど父親の手が俺に伸びてきて、俺はとっさに目を瞑った。
だが一向に衝撃はこない。うっすら目を開けて確認すると、父親の手は俺の目の前で戸惑うように止まっていた。

「すぐには信用できないだろう。勝手なことを言うが、もしも、バトラルが許してくれるのなら、少しずつ普通の父親に……。バトラルと普通の親子になりたいと思っている」
「え、えっと」
「すぐに返事はしなくても良い。私は今までの自分を反省していることを行動でバトラルに示す。父親として認められなくても構わない。何年かかってでも、私はちゃんとしたバトラルの父親になるつもりだ」
「そ、うですか」

つまりは、俺のドM心の行き場は1つ無くなってしまったわけだ。
父親とは離れ、自室に戻りつつ俺は項垂れた。
バトラルは思いの丈を父親にぶつけたと言っていたけど、どんなことを言ったんだろう。
父親はバトラルの言葉でちゃんとバトラルを虐待していたことを反省したみたいだ。バトラルはもしかしたらあと1日我慢すれば父親と和解できたかもしれない。けれど、ドMでもなんでもないバトラルに、あと1日なんて耐えられなかったんだろうな。
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