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18章:今の気持ち

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 夕方、家に帰ってから朝の洗濯物を取り込みにベランダに出ると、隣のベランダで栗山先生が洗濯物を今から干していた。

「今から洗濯ですか?」
「うん、溜まってたから」

 栗山先生は苦笑して言う。
 栗山先生は最近研究室への泊りも多いし、忙しい時期に入ってきているんだろう。

「お忙しいようだったら、明日、取り込むだけしておきますよ? いつもみたいに」
「あぁ、ありがとう。でも明日は大丈夫」

 栗山先生は二年前に盲腸で少しだけだが入院したことがある。
 私はその時、栗山先生に、家の中から栗山先生の荷物を持ってくる事と干しっぱなしになった洗濯物を取り込むことの許可を得た。

 それから、時々栗山先生が忙しい時期は、簡単なことなら代行している。

 私が洗濯物を取り込む手を止めて隣の栗山先生の方を見ると、先生も手を止めてこちらを見ていた。私は静かな間に耐えられなくなって話しかける。

「なんか久しぶりですね。こうしてここで話すの」
「前は夜にお互いにベランダ出てビール飲んだりしたよね」
「あはは、そういえばそんなことありましたね」
 
 私は笑う。栗山先生は私が手伝うと、なにもしないでいいのにそのお礼に、と言ってビールをくれたりする。それを二人でベランダ越しに飲んだことが何度かあるのだ。

 栗山先生はなにかを思い出したようにまた笑った。

「そういえば、アレが出て大騒ぎして夏目さんがベランダに飛び出てきたことあったよね」

 全く笑い事ではないが、Gが出現した時、私は慌ててベランダに逃げた。生物は好きでも、あれはどうしても苦手なのだ。
 あまりの私の叫び声に、栗山先生が慌ててこっちに来てくれて退治してくれたのは今でもよく覚えている。

「先生も慌ててましたよね。ベランダから伝ってこっちきたし」
「あのときはアレがいるから、夏目さんが部屋に入れなくて玄関が開けられない、どうしよう!ってパニックになって泣いたからだよ?」
「そうでした?」
「なのに、『大丈夫ですからっ、私で何とかしますから!』って言ってさ。絶対無理じゃん。だから、ちょっと強引にベランダからそっち行ってアレを取ったんだよ? ほんと、都合の悪いことは忘れてるものだね」
「返す言葉もありません」

 私が言うと、栗山先生は楽しそうに笑う。
 あの時も、栗山先生は、夜に部屋に押しかけてごめんね、とアレを退治して早々に帰っていった。

 そういう日々を繰り返すうちに、私は男の人のこと……
 以前より怖くなくなったのだ。

 私がそんなことを考えていると、栗山先生は息を吸って、言葉を吐いた。

「その……夏目さんは大丈夫? 猪沢先生のこと」
「色々とご心配おかけしました。えっと……大丈夫です」

 私が言うと、栗山先生は苦笑する。

「やっぱり全然大丈夫じゃない顔して、大丈夫って言うんだよね」
「へ?」

 私が栗山先生の顔を見ると、見たことないくらい真剣な顔の栗山先生と目が合う。

「夏目さんもこれまで恋愛はしたくないって一点張りだったし、僕も夏目さんに対してそういう感情じゃないって思ってた。でも……やっぱり……」

 栗山先生が何か言いかけた時、

「結局、今朝シーツ自分で洗ったんだ?」

と声がかけられて、振り向くと修が真後ろに立っていた。

「修!」
「ただいま、くるみ」

 そう言って、当たり前のように私の髪を一房もって口づける。そして続けた。

「くるみならそうすると思ったけど、シーツさ、恥ずかしがらずにクリーニングだせよ。これから毎日洗わなくちゃいけなくなるぞ」
「な、なにっ……」

 その言葉に顔が赤くなるのが分かる。
 もう全く意味が分からないと言えない自分が恨めしい。

(こんな不埒な大人になりたくなかった……!)


 そう思っていると、修は残った洗濯物をすばやく取り込み、

「ほら、これで終わりだよな。さっき鈴鹿先生から結婚のお祝い会が来週金曜になったって連絡きてた」

と私に言うと、隣のベランダに目を向ける。「栗山先生もいらしたんですね。栗山先生も参加してくださるようで嬉しいです」


 栗山先生を見ると、栗山先生も顔を赤くしていて……
 それから栗山先生ははっとしたように首を振ると、修を怒ったまなざしで見つめて言う。

「本当にご結婚されるんですか? 夏目さんは納得されていないようですが」
「必ず納得させますので、ご心配いただかなくて結構です。ご心配ではなく、ご希望でしょうけど。そんな希望はすぐに焼却して海にでも捨てることをお勧めします」

「は? 何言ってるの」

 私が修に言うと、修はほら、と私の背を持ち、部屋に誘導しようとする。
 私は慌てて栗山先生を振り返ると、

「なんか修、変で……戻ってきてからずっと変ですけど。本当にすみませんっ」

と言ってベランダから室内に戻った。
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