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13章:女子会
13-2
しおりを挟む―――私は割とお酒に強い。
少なくとも……芦屋先生や鈴鹿先生よりは。
芦屋先生は、2杯目に入ったところで、すぐに、顔がふにゃりと緩んだ。
鈴鹿先生も3杯目の終わりごろから少し様子がおかしい。
二人とも、お酒は好きだけど弱いらしい。
そんな芦屋先生は、私を見て微笑む。
「私も、くるみちゃん、って呼んでいいわよね?」
「も、もちろん」
「え、私のお気に入りなのに……」
なぜか鈴鹿先生がそう言う。
「独り占めなんて絶対に許しません。かわいいものはみんなのものです」
「猪沢くんには聞かせられないわねぇ。男女関係なく睨まれるわよ?」
鈴鹿先生が言ったとき、芦屋先生の顔が怒ったようにゆがむ。
「くるみちゃん、結婚するんだって? 相手の猪沢先生って、須藤先生の同期なんだよね」
「そ、そうみたいですね。っていうか、私、結婚を決めたわけじゃないんですけど」
芦屋先生の言葉を反芻して、私は首をひねる。
相手までよく知ってるな……。
っていうか、なんで理学部の先生までこの話知ってるの! なんで!
一体どこまでこのふざけた結婚話が伝わってるのか怖くなった。
「結婚のこと、くるみちゃん迷ってるのよね? どうして?」
鈴鹿先生は私をまっすぐ見て聞く。
私もなんだかんだ酔っているのか、口は勝手に動いた。
「昔からずっと私の方が修のことが好きで。多分、鈴鹿先生がおっしゃったように今も私は結局好きで。でも修は違って……自分の言うこと聞く女の子なら誰でもいいって思ってるんだと思います。そういう違いを知って傷つくのが、もう嫌なんです」
私が吐き出したと同時、鈴鹿先生も芦屋先生も首を捻った。
「そうかしら? むしろ猪沢先生の方がベタ惚れというか……」
「私もそう思います。ベタ惚れで腹黒くて粘着質で……須藤先生とどっちがタチが悪いかって感じ」
二人は修の本質をよくわかってないからだ。
須藤先生のことはよくわからないけど、修は私のこと……。
そう思って泣きそうになった時、なぜか鈴鹿先生が芦屋先生を指差し、
「たぶん、この子、今日泣くわよ」
と、苦笑ながら言う。
その言葉に、また首をひねった瞬間、
「本当に! もう! 最近ずっと会ってないのよぅ!」
と芦屋先生が叫んで確かにわんわん泣きだした。
「か、彼氏ですか?」
「まさか。須藤先生の奥さん。芦屋のお気に入りなのよ」
「その奥さまも大学の関係者なんですか?」
「あ、知らないんだっけ。須藤先生のとこのボスって鳥羽教授でしょ。そこの娘さんよ。トバ研で事務してたの。それこそ非正規の事務だったし、子ども産んで辞めたんだけどね」
「へぇ……」
「『いつでも戻れるから休職にしたら』って言ったのに、あのゲスドウ、なんて言ったと思います? 『また次も、その次もすぐにできるだろうし、退職一択で』ですよ! 独り占めする気なんですよ! なんてうらやましい!」
「っていうか、芦屋先生どういう立ち位置なんですか……」
「かわいい子なら囲いたくなるのよ、この子は」
鳥羽教授の娘さんである須藤先生の奥様は、芦屋先生にも、そして、あの須藤先生にもすごく愛されているのだろう。
そういう女性ならきっとしっかりしていて、大学教員のこともよくわかってて、忙しい旦那様もしっかりと支えられるんだろうな……。
そんなことを思うと、勝手に落ち込んだ。
私は修を支えられる度量はきっと持ってない。仕事を選べば、きっと家庭のことなんてこなせない。
ってそもそも、結婚するっていうのも修が勝手に言ってて、私は結婚する気もないんだけど……。そして私はそれを本気にする気力もなかった。
私がぼんやりしていると、いつの間にか芦屋先生が隣にいて、私の方を向くと、頬をするりと撫でる。
「くるみちゃん、お肌すべすべねぇ。何歳だっけ」
「に、25です」
顔を近づけてきた芦屋先生からいい香りがする。
芦屋先生が美人過ぎて、こんなに近くで頬を撫でられると、なんだかドキドキしてきた。顔が熱いな、と思ったら、さらに撫でられた。
「お酒では赤くならないのにこんなことで赤くなるんだ」
芦屋先生は嬉しそうに目の前で微笑む。「ほんと、どうしてタチの悪いねちっこい男って、こういう嗅覚だけは優れてるんだろうね? 嫌になるわ」
そう芦屋先生がつぶやいた時、またインターホンが鳴った。
時間はもう11時過ぎ。こんな時間にだれだろう?
鈴鹿先生が出てくれると、それからすぐにリビングに修が入ってきた。
私はそのときそのまま芦屋先生にくっつかれていて、その状態で修を見て目を丸くする。
「修!」
「……ちっ」
修が舌打ちしたように思って、私は思わず修を見上げる。
(あなた今までそんなことしたことなかったですよね⁉ なんか怒ってる⁉)
「迎えに来た」
そう言って、芦屋先生を私からベリリと剥がして、私の腕を掴む。
やっぱり怒ってそうな修の雰囲気を感じて、私は口を噤んだ。
鈴鹿先生が微笑みながら、
「泊っていけばいいって言ってたのよ?」
「それはまた俺のいる時でお願いします」
修は笑顔で返して、そのまま私を連れて鈴鹿家を出た。
それから家の前につけていたタクシーに押し込まれるようにして乗せられる。
文句を言おうとしたら、修がそのまま私の横にぴたりとくっついて座った。
「しゅ、修? な、なんか怒ってる……?」
「まさか」
そう言った修の笑顔を見て、やっぱり何か怒ってる! と私はやけに震えた。
ーーーその頃。
残された二人の教員が
「あれのどこがくるみちゃんのこと好きじゃないって? 分かりやすすぎるんだけど。芦屋もいい加減にしないと目で撃ち殺されるわよ」
「あーあ、せっかく楽しいとこだったのに。ああいうタイミング悪いとこまでほんと似てて嫌になる」
と口々に呟いていたことも知る由もなかった。
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