上 下
1 / 65
1章:再会の日

1-1

しおりを挟む


―――あなたには一生会いたくなかった人はいますか?
 私には、います。



ーーーその日は私の25回目の誕生日。

 駅前で誕生日のホールケーキを買って帰ったら、秘蔵のワインを飲みながらケーキを食べ、最近ネットレンタルを開始した恋愛映画を見るという本日の夜の予定を反芻して、私はニンマリ笑った。

 あれは映画館でも見たけど名作だった。
 特に最後の噴水の前のキスシーン。ベタだと批判も多かったけど、ベタの何が悪い、と私は思う。

 王子様が目の前に現れて、抱きしめてキスをされる……。そしてそこでハッピーエンド。
 女子なら一度や二度は夢見ることだろう。

 ちなみに、その先は不必要だ。

 『王子様とお姫様は幸せに暮らしました』……それでいい。毎日手を繋いで、時々キスして、絶対にそれだけでいいのだ。
(まぁ、何はともかく映画、ケーキ、ワイン!)

 スキップしそうな勢いで歩いていたけど、大学前の信号が赤信号で立ち止まる。

 そしてふと顔を上げると、信号のあちら側にいるはずのない人物がいた。

 夢かと思ってゴシゴシ目をこすっても、やっぱりそこに『あの男』がいるではないか!


 目が合った瞬間、男は微笑み、私はそれを見て青ざめる。
 信号が変わるまでのランプが少しずつ減っていく。私の心臓はそのたびにバクバク音を大きく立てた。

 とにかくどうしていいのかわからずにダッシュで大学に戻った。

 そして研究室まで戻ると、先ほど閉めたばかりの研究室の鍵を開け、部屋に入り鍵を中から閉めると、部屋の奥の奥、机の横で寒くもないのに身体をぶるぶると震わせて小さくなった。

 暗いからか、研究室内のラットが起きていて、カサコソと音を立てる。
 普段はかわいいと思うのだが、今日に限ってはその音がさらに恐怖を助長させた。

 家に帰って大恋愛映画にむせび泣く誕生日のはずが、いつの間にかホラー映画に早変わりだ。
 ジェイソンかゾンビか……それらから逃げ惑う人々の気持ちが分かってしまって、泣きそうになる。

(っていうかなんであの人がここに? どうして……?)


 いや、そもそも5年ぶりだ。見間違いかもしれない。

 笑って見えたのも、見間違いだ。
 きっと私の後ろに知り合いでもいたのだろう。よくある話だ、よくある勘違いの話……。

 数十分後、何度もそう思って落ち着いてきたところで息を吐き、そっと研究室の扉を開ける。

 右、左、上、下。よし。いない。


(さっきの恐怖で漏らしそうだから、お手洗いによって帰ろう)

 そう思って研究室の扉の鍵を閉めた時……。
 後ろから、ダンっ! と私の顔の横に手を置かれる。

「ひっ!」

 絶対漏らした! と思ったけど、私の膀胱はなんとか大人の威厳を保っていたようで、耐えている。しかし、振り返ったら、確実に漏らすような気がするので、私は振り返れずにただそこで固まるしかなかった。

「くるみ?」
「ひゃ、い!」

 変な声が出た。ついでに漏れそうだった。
 だって、だって……やっぱりあの人の声だもん。

―――それは、何年たっても分かる声だった……。

「ここが、くるみがバイトしてる研究室? ふうん。『鈴鹿研究室』ね、鈴鹿って鈴鹿紫教授かな?」
「さ、さぁ? なんのことだかさっぱり。……人違いじゃないですか? 私はくるみなんて変な名前じゃナイノデス」

 私が言うと、相手はクスリと声を漏らした。
 その声に寒くもないのに身体がブルブル震える。

「俺が誰だかわかるよな?」
「だから人違いじゃ……? オレオレ詐欺は今どき流行りませんよ」
「こういうとき、ぶるぶる震えて怯えちゃって変わらないな。そこがまたイジメがいがあるんだよ」

 そう言って、後ろから首筋を撫でられる。
 それでまた身体が震える。あぁもうだめだ! 色々とだめだ!

「ひっ! や、やめ……」
「あぁ、変わらないなぁ。……あれから誰かと付き合った?」
「できるはずない……! あんなことするなんて私には無理だもん!」

 思わず振り返る。
 すると、やっぱりあの人の、修の姿がそこにある。

 私はどういう気持ちなのか泣きそうになって、この人の前で泣くのは嫌だと顔をしかめて耐えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

処理中です...