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9章:彼の事情

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「……もしかして、だから『今』、言いました?」

 先輩は少し考えると、

「……確かにそうかも。俺ってずるいよね」
と言う。

「ほんとズルいです……」

 今、裸で二人ベッドにいるこの状況で、そんなこと言うんだもん……。
 引き返せなくなってから言うなんて、ズルい。



 先輩はまた、ごめん、と言ってから、

「でも、みゆには知っておいて欲しかった。言ったでしょう。結婚を前提に、って」
「……まだ付き合いだしたばっかりだし、結婚とか……もっと普通の年月交際してから、一から考えればいいんじゃないんですか」
 
 私だって、先輩が思っていたような女じゃないかもしれないし。
 今すぐ判断する必要なんてないんじゃないかな。

 そんなことを思って言うと、先輩の眉が不機嫌そうに動いた。そのしぐさに、ドキリとする。そもそも、これ私が悪い案件⁉ 隠してた先輩の方が悪くない⁉


(私だって、そんな人と結婚とか、ちょっと荷が重すぎるんですけど……)



「参考までに聞きたいんだけど、みゆの思う『結婚するまでの普通の年月』って、どれくらいかかるの」
「え……普通だと最低2年は付き合って、婚約して半年後くらいに入籍? 子どもはその2年後とか」
「申し訳ないけど、2年は待てない。子どもはもっと」

 きっぱりと先輩は言う。

「えぇ……」

 なんでよ。そう言おうとしたとき、先輩は私をまっすぐ見つめて、

「みゆが他のだれかのものになったら嫌だから。自分のものだって、証が欲しいんだ」

ときっぱりと言う。その言葉に心臓の音が速くなる。
 私は泣きそうになりながら、

「そもそもこれまで誰とも付き合ってないですし。私、先輩と違ってモテないですよ! だから心配する必要なんてないし、急がなくても……!」

 最後の言葉は先輩の唇にふさがれた。
 長いキスのあと、名残惜しそうに先輩の唇が離れる。

「ちょ! な、なんですか……突然!」
「だから心配だなぁって思っただけ」

 よくわからないけど、ケンカ売られてます?
 私があぁん? というように先輩を睨むと、

「そういうとこだよ」

と先輩は苦笑して、私の頭をまるで子どもをあやすみたいに優しく撫でた。


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