上 下
14 / 57
5章:その手のぬくもり

5-1

しおりを挟む


 どんなイヤなことがあったあとも、
 どんな信じられない告白を聞いたあとも、

 時間の流れだけは止められない。


「……眠れなかった……」
 私は結局一睡もできないうちに次の日を迎えたのだった。




 昨日あのまま私は逃げ帰ってきた。

 それからベッドの中で朝まで悶々と考えていたのだ。

(先輩の言うことがもし本当だったとしたら、私、どうすればいいの⁉)

 先輩の言うとおり結婚なんてことにならないよね。……まさか。
 で、そうなったとしたら私と先輩がそういうことするってことで……。


「うわぁああああああああ!」

(今、リアルに想像してしまったぁあああああ!)
 だって、キスしたとき、先輩の手の熱が、唇の熱が、やけに熱くて……。
 あれからおかしい。先輩のこと、変だと言えないくらいに自分もおかしい。


「どうした、みゆ!」

 驚いた様子で父が私の部屋に入ってくる。
 私はベッドの上で、自分の髪をワシワシ掻いていた。

「お、お父さん……。ちょ、ちょっとヤな想像して」
「強盗でもはいったのかと思った」
「ごめん」
「このところずっと変だぞ」
「う……」

さすが私の父、そして刑事。娘の変化には人一倍鋭い。
まぁ、父でなくても分かるくらい、私はきっと、今、おかしい。


 そう思って泣きそうになっていると、

「そうだ、今度の土曜、久々に映画でも行かないか? ほら、みゆの見たがってた映画、はじまるだろう。でも一人じゃいきづらいって言ってたしさ」
と言う。

「でも親子二人ってそれはそれでちょっと恥ずかしくない?」
「たまにはいいだろ。ほら、その前にママの墓参りも行こう」
「……ウン」

 私はふとカレンダーに目を向ける。……そうか。
 もうすぐママの命日だ。

 毎年ママの命日には、お墓参りをして、二人で何か楽しいことをしたり、おいしいものを食べたりすることになっている。それは今まで崩さなかった。

「チケットとっとく。あと、お迎え、来てるよ」
「迎え?」

 だから早く着替えておいでよ、と珍しくそんなことを言って、父は部屋を出て行った。
 なんだか嫌な予感だけはしっかりしつつ、でも逃げるわけにもいかないだろうと素早く着替えてリビングに行く。


 すると、キッチンには、卵焼きを焼く父と、ご飯をよそう羽柴先輩の姿があったのだった。
 なぜか、これはちょっと予測できたわ……。

「おはよう」

 羽柴先輩が最高の王子様スマイルで私に言う。

(朝から日の光よりまぶしいものを部屋の中で放たないでください!)


 私は目をそらすと、

「朝から人んちでなにやってるんですか……」
とできるだけ低い声で言う。

「あれから大丈夫だったかなぁって思って」
「大丈夫です!」
 間伐入れずに返すと、羽柴先輩は笑った。

「そう」
「今日、絶対一緒になんて行きませんからね」

 先にくぎを刺してみる。きっとそう考えていそうな気がしたからだ。

「えー。でも同じ方向だしさ」
「じゃ、父とでも行けばいいじゃないですか。職場近いんですよね」

 私はきっぱり言った。朝から仲良く出勤なんて周りになんて言われるか……想像しただけで震える。
 すると、先輩は困ったように笑っていた。


 そして私の前に白米をよそった茶碗を渡してくれる。
 どうやら私と父の分らしい。

 そう言えば食器棚にある茶碗は私と父の二人分だけだった。

「……」

 それをじっと見て、私は小さく息を吐く。
 そしてキッチン棚の上にある、箱を取り出した。

 そこには、お客様用の茶碗や皿が入っているのだ。
 それを出して洗うと、無言でお米と味噌汁をよそい、父が用意していた卵焼きと一緒にもう一つの朝ごはんを用意した。

「……食べるならどうぞ」
「え? いいの? ありがとう」
 先輩が心底嬉しそうに笑う。
 すると父は、
「まるで新婚だなぁ」
「ばっ……バカじゃない⁉ 一人だけないのもおかしいからでしょう! ってかそもそも羽柴先輩も朝食狙ってきたくせに!」

 思わず私がそんなことを返すと、「バレた?」と先輩はまた楽しそうに笑う。
 すると、そんな先輩に父は言う。

「あはは、羽柴先生一人暮らしなんでしょ。いつでも食べにおいでよ」
「ありがとうございます。この卵焼き甘しょっぱくておいしいです」
「ふふ、うちの秘伝なんだ。今度作り方教えるよ」
「ぜひ」

(なんで羽柴先輩に秘伝の卵焼きの作り方なんて教えるのよ!)

 っていうか、その卵焼き、秘伝だったんだ……。
 それすら知らなかったわ。

「むぅ……」

 私は膨れると、そのまま無言で食べ終え、歯を磨いて会社に行く準備を素早く済ませる。


「行ってきます!」
「ほら、みゆ。一緒に行こう?」
 先輩が私の手を取ろうとして、私はそれをぱしっと払った。

「絶対に嫌デス!」

(嫌に決まってるでしょう! 一体、なんなのよー!)

 私は家を出て全速力でバス停まで走った。

 今日はやけに朝から疲れた……。あのみんなの王子様は非常に有害だ。
 私はやっと一人になると、心底ほっとしていた。



 その時に残された二人は、

「さっきのは、本音かな。虚勢かな」
 みゆの父が言う。それに苦笑して健人は答えた。
「まぁ、……今は本音に近いかもしれませんね」
「だから強引に行かなかったんだ?」
「はは。……じゃ、俺らも一緒に行きましょうか、柊刑事。みゆもそうすればと言ってたし」
「あはは。そうだねぇ」

 ちょっぴり親交を深めていた、らしい。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋人契約

詩織
恋愛
美鈴には大きな秘密がある。 その秘密を隠し、叶えなかった夢を実現しようとする

幸福を運ぶ女

詩織
恋愛
誰とも付き合いたくない。それは、ある噂が出てしまったことで…

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

貴方を愛することできますか?

詩織
恋愛
中学生の時にある出来事がおき、そのことで心に傷がある結乃。 大人になっても、そのことが忘れられず今も考えてしまいながら、日々生活を送る

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...