上 下
9 / 57
4章:あの事件ととんでもない告白

4-1

しおりを挟む

********************


―――私が高校一年だった時。


「つぎー! 羽柴―!」


 陸上部の先生の声が響いて、私は顔を上げずにその声を聞く。

 羽柴とは、羽柴健人先輩のこと。
 私の二個上で高校三年生の陸上部の先輩で、陸上部の部長だ。

 同じクラスで、部活も一緒の友人が私の肩を叩いた。

「ねぇ、みゆ! 羽柴先輩が走るよ!」
「あぁ、うん」

 できるだけ興味なさそうに返事をしてストレッチをやめて立ち上がる。すると女の先輩の目線がチラリと私の方を向いた。

 もうすでに、現時点で、私に対する風当たりは強い。

 それは、私が中学からもともと陸上部に所属していて、他の人より少し足が速いってことと、そして、もう一つ大きな要因は、みんなの王子様と帰り道が一緒ってことだ……。


 でもとにかく、これ以上、みんなに嫌われたくない。特に女の子に。

 そんなこと別にいい、と言う人もいるかもしれない。でも、私には、この小さなコミュニティが何より大事で……。
 クラスの友達、部活の先輩・後輩、そんな人間関係が何より大事だった。

 私には母親がいない。父も忙しくて、いつも時間を持て余していた。その分、なんだか、そういう一つひとつの小さなコミュニティでいられる平凡な毎日を、心の底から大切にしていたのだ。


 みんなの王子様は、良くも悪くも、みんなの王子様。
 私は手出しをするつもりは一切ない。

 顔を上げると、周りには、陸上部に『先輩目当てで入ってきた』部員たち、そして、部員ではない女子の目線と歓声が場を埋め尽くしていた。

「相変わらず、すごい歓声だなぁ……」
 そう呟いて周りを見渡す。私は誰にも気づかれないように小さなため息をついた。



 なのに部活の帰り道になると、最後の曲がり角から、羽柴先輩と二人きり。
 私は先輩と歩いているといつも落ち着かなかった。距離をとるために離れて歩いていても狭い歩道の中では限界がある。

「地区までタイム抜けたの3年ばっかだよ。まさか1年のみゆが抜けるとは驚いたな」
 先輩は笑いながら言った。

 当たり前だよ、もともと私は先輩目当てで入ったんじゃないもん。

 私はできるだけ低い声で、
「走るのだけは昔から得意なので」
と答える。優しく答えて、周りに誤解を受けても大変だからいつでも口調は冷たくなった。

 なのに、先輩はいつもこんな言い方する私にも優しい。ついでに先輩は誰とでも距離が近いのもあまりよろしくない……。
 女の子にもモテるし、実際にこれまで何人も付き合ってきてる、って知ってたから。


「ほんと、みゆ、すごいよ」
「でも先輩のように勉強はできないですよ」

 つっけんどんに返すと、先輩は笑った。
 いつも私が不機嫌な声を出すたび、先輩はこうやって笑うのだ。


「勉強、教えてあげようか?」

 突然、そんなことを言われて、先輩を見上げる。
 先輩はにこりと笑ってこちらを見ていた。その顔に心臓が限界まで速く鳴る。


「結構です。先輩、受験だってあるのに」
「大丈夫だよ」
「でも、私立の最難関大受けるからって先生も勉強時間のこと気にしてましたよ」
「ダメな時は何やってもダメってこと。後輩に勉強教えるくらいでダメになるなら、俺の能力がそこまでってことなんだよ」

 先輩は何気なくそんなことを言う。
 なにそれ。先輩って、ずるい。人に期待させることばっか言う。

 私は唇を噛むと、首を横に振った。

「でも、やっぱりいいです」

 その時、先輩の足が止まった。私も驚いて足を止めると、もう自宅の前についていた。
(もう着いてたんだ……)
 ありがとうございます、と頭を下げようとしたとき、

「みゆは……俺といたくないの?」
「え?」

 何言ってんの……。訳が分からない。
 そう思ったところで、先輩は恥ずかしそうに笑って、頭を掻く。


「ごめん。勉強見てあげるなんて、そもそも下心で言ったから」
「し、したごころ……って……」
「まだみゆには早いよね」

 ふふ、と楽しそうに先輩が笑って、その笑みに目が離せなくなる。

 確かに私にはよくわからない。でも、友だちにはキスとか、それ以上とか経験した子もいて、そういう類の話は時々耳には入っていた。

 先輩は先輩で、もちろん今まで彼女もいただろうし、もうすでにすごく大人びて見えると言うことは、きっと色々経験しているのだろう。

 頭の中がパニックになって泣きそうになっていると、先輩は私の頭を二度叩いた。

「ちゃんとカギ閉めなよ。父親、いつも遅いんでしょ」
 そう言って、踵を返して帰っていった。


―――さっきのは一体、どういうこと?


********************

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

いかないで

鳴宮鶉子
恋愛
いかないで

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

処理中です...