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16 昇級祝い
しおりを挟む「はぁぁぁ……やっと、上がったぁ……」
「ええっ! やっと!? エイルさんの昇級はとても早いですよ!?」
依頼完了の報告を終え、報酬の支払いとともに昇級を言い渡されたエイルは、喜びより安堵でギルドのカウンターに突っ伏し溜め息をついていた。それを見たギルド職員はかなり引いている。
エイルの昇級は昔の新人と比べても充分早い部類で、最近の新人となど比べるまでもない。それほど早い昇級なのに、何が一体やっとなのか。この子自己評価が低すぎやしないか。
そんなギルド職員の引き気味の心配に気づくはずもなく、エイルはやっといい報告が出来ると、頭を上げて報酬を受け取る。少しばかり装備に不安なところがあったので鍛冶屋に寄って武具の補修をし、道具の補充をして宿へと急いだ。
「おかえりなさい」と受付で出迎えられ、エイルは軽く会釈をする。少し値の張る常宿は、部屋へ向かうのに宿の人間の確認を受ける必要がある。大分顔パスになってきたそれを受けて、エイルは部屋に向かった。
「エイル、昇級おめでとう!」
部屋に入ると同時に拍手で出迎えられ、エイルは面食らった。グレンとサルファの性格は全く異なるが、今は同じような表情で手を叩いていて、何とも言えない奇妙さがある。
「えっ……何で?」
「いや、ギルドの受付でかなり目立っていたし」
「ようやく卵の殻が取れたじゃん。おめでとさん」
確かに盛大に崩れ落ちていた自覚はあるが、まさか見られていたとは。エイルは恥ずかしくなった。
しかしそれよりも。
エイルはいくら学舎で優秀な成績を修めようとも認められる事はなく、それどころか将来を握り潰されている。
当然家の人間に褒められた事など記憶の片隅にもないが、目の前のグレンもサルファも、まるで我が事のように嬉しそうにしていた。
サルファは若干にやにや揶揄いが混じっているが、それはもうそういう仕様だと諦めている。なので差し引きして嬉しそうだという評価にした。
「でも、お2人の新人時代に比べると、かなり遅かったみたいですし」
「単独で請けるやつはともかく、複数のやつがネックだっただけだろう」
「俺らは2人で組んでたからお互いの間合いが分かってて楽だったけど、お前は転々としながら見ず知らずのやつとばっかり組んでた。それでこの早さなら充分早いぞ。偉い偉い」
「え……あんたが誉めてくれるとか、どういう風の吹き回しなんだ。怖っ……」
褒められる事に慣れていないエイルは、照れ隠しで少し拗ねたような、ぶっきらぼうな態度を取ってしまう。しかしそれすら見透かされているようで2人は変わらずにこにこにやにやしている。
「まあまあ。奢ってやるから飲みに行こうぜ」
「い、いや……! いいって――」
「まあまあまあまあ」
エイルの遠慮の言葉は流され、無理矢理に普段利用する所よりもいい飲み屋で3人きりの祝いの席が設けられる事となったのだが――――
「……まさかこんなに酒に弱いとは」
「こいつ量は飲めるんだけどな」
グレンは苦笑いしながら殻を砕き、落花生を口に放り込む。
祝い酒の言い出しっぺのサルファは、散々飲んでご機嫌に二人に絡み倒し、エイルの頭をもしゃもしゃ乱して突然寝落ちした。つついてもつねっても起きそうにない。
なら宴もたけなわにしようかということで、エイルとグレンは残りの酒でつまみを流し込み、サルファを支えながら常宿への帰路に着く。サルファは体格がいい上に意識がないからか、とても重くて歩みは遅く、あまり足も動かせていない。若干引き摺って運んでいるので、ざりざりと靴が痛む音が聴こえるが、痛んでも自業自得だろうとエイルは思った。
「くっそ! 重いなこいつ」
「本当に……にしてもグレンさんはすごく酒強いですね。全然変わらないじゃないですか」
エイルもそこそこは飲めるが、今日は多少酔っている。しかしグレンは飲む前と後で全くと言っていいほど変化がない。
「うーん……元々酔わない性質ではあるが、多分これはスライムの体質のせいだ」
「えっ」
「前々から少しおかしいなとは思ってた。この体質になってから初めてこんなに飲んだんだが、それでやっと確証を得た。俺は酔わないというか……酔えなくなってるみたいだ」
軽い話題のつもりで振ったのに、想定していなかった重い返答にエイルは面食らう。それを顔に出さないように堪えると、グレンは小さく笑った。
「あ、すまん。気にするな。元々ほとんど酒には酔わないから。支障があるわけじゃないし、こいつがこんだけ酔うから酔わないくらいが丁度いいかもな」
グレンはそう言葉を丸め、緩く笑っている。
「……そう、ですね」
グレンはサルファには思ったままを言うが、エイルには少し気を遣っている。それは付き合いの長さもあるし、サルファが意図的にそう仕向けてきた部分もあるのは分かっている。
だがエイルはそういうところを見せられると、何とも言えない気持ちになってしまう。身体の火照りはまだあれど、月明かり照らす帰り道で酒精の高揚感はすっかり消え失せてしまっていた。
「あーー! 重かった!」
2人は部屋へ着くなり、大きな寝台にサルファを遠慮なく投げ転がした。その勢いで一緒に寝台へと転がったグレンは苦笑っている。
「何かエイルのお祝いだったのに、こいつのせいでぐだぐだだなぁ。後日仕切り直すか」
「あ、いえ。絡み酒は鬱陶しかったけど楽しかったですし、嬉しいですから充分」
「けどなぁ……」
どこか納得のいかない様子のグレンに、エイルは遠慮の言葉を言うために口を開こうとしたが、ふと眠っているサルファの姿が目に入った。赤い顔で大きく息をしており、しばらくは起きそうにない。
「……じゃあ、グレンさん。ご褒美を――」
「ん? 何だ何だ」
「――この人が起きるまで僕としてください」
エイルはサルファに向かって顎をしゃくった。
「うん……」
言われた事の意味が分かっていなかった様子のグレンは、首だけを起こした。
「んん……!?」
理解した途端、一気に顔が赤く染まっていく。まるで突然酔いが回ったような赤さだった。
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