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第二部

第八十話 束の間の休息①

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 日本ほどはっきりとした季節があるわけではないが、メゾリカの街でも春夏秋冬を感じることができる。

 この地域は湿度がそれほど高くならないので蒸し暑さで不快になることもないが、照りつける日差しに臆することなく空を見上げると、巨大な積乱雲が天の彼方へとその手を伸ばしている姿を散見することができる。

 旅の後片付けを終え、読書するポプリの分と二人分の飲み物を用意した土筆が久しぶりに味わう自分の味に感慨を覚えると、食材置き場にある材料で夜ご飯の準備を始める。

「たっだいまー」

 久方の料理に思わず笑みを浮かべながら夕食の下ごしらえが終わった頃、久々にメルの元気な声が土筆の鼓膜を振動させる。

「おっ、土筆君帰って来たんだねー。」

 メルは厨房で料理をしている土筆を見付けると、手を振りながら寄ってくる。

「ああ今日の昼に帰ってきたよ、お帰りメル」

 土筆はメルの声に居心地の良さを感じながらも決して表面には出さず、何時も通りの対応をする。

「これ、今日のお肉だよー」

 それはメルも同じだったようで、カウンターの上に持ち運び用の葉っぱで包まれたお肉を置くと、何の肉かも伝えずに自室へ戻っていくのだった。


 夕食の準備が終わり、子供達が一人、また一人と食堂兼休憩室に集まる中、土筆が部屋の割り当てに出て行ったままのトモとリズネとコルレットを呼びに行くために厨房から出ると、ヒューとフォーに追い掛けられたメルが階段を駆け下りてくる。

「土筆君、この子達なにー?」

 半べそ状態で助けを求めるメルが土筆の後ろに身を隠す。
 どうやら土筆の隣の空き部屋に二つの気配を感じたメルが不審に思い部屋を確認したところ、部屋の中からヒューとフォーが現れてメルが秘めている神力に反応したのか抱き付いてきたらしい。

 土筆はふわふわと飛びながらメルを追うヒューとフォーを優しく抱き止めると、宿舎に新しく迎えることになった二人をメルに紹介するのだった。

「うんうん。そうだったんだー。それなら早く言ってよね、突然抱き付いてきたからびっくりしたよー。そういう事なら……こうしてやるー」

 無類の可愛いもの好きなメルが有翼種族の子供達を見逃すはずもなく、土筆からヒューとフォーを受け取ると優しく抱きしめて頬をスリスリする。

「うりうりうりー」

 メルのハードなスリスリに小さな声を上げる二人だったが、満更でもないらしく、嬉しそうに身をよじらせるのだった。

 そうこうしている間に、コルレットに連れられて、部屋を決めに行っていたトモとリズネが食堂兼休憩室に姿を現し、メルを見て挨拶をする。

「ちょうど良かった。メル、この子達はさっき話したトモとリズネ」

 当初の予定では夕食の後に紹介をしようと思っていた土筆だったが、折角なのでここで紹介をすることにしたのだった。

 食事を終えた土筆は後片付けの前にトモとリズネの部屋へ案内してもらうことにした。

「ふっふー。コルレットちゃん、今回も頑張らせてもらったっす」

 何故か一緒に付いて来たコルレットがドヤ顔を見せるが、実際に子供達の部屋は全部コルレットが面倒見ているので何も言い返せないのが妙に悔しい。

「それでは、一部屋ずつ紹介するっすよー」

 コルレットはそう言うと、トモとリズネの部屋を我が物顔で土筆に紹介するのだった……


 翌朝、土筆は旅の疲れが抜け切れていない体に刺激を与えるため、早朝トレーニングを行うことにした。

 宿舎を出た土筆は、最初に地妖精ドニを召喚して敷地内に放置されている石材を指定した場所に集めてもらうようお願いすると、軽く準備運動を行い、エッヘンに言っている間に完成した作業小屋の横を通ってマイペースに走り出す。

 まだ手付かずの場所が多くトレイルランニングの域を出ない地面ではあるが、宿舎に引っ越してきた当初よりは随分とマシになっている。

 途中、食事しているモーリス達の所で小休憩を挟みながら近況報告を行い、近々牛のような魔獣のモーモーと鶏のような魔獣コケッチが加わることを報告し、最後に柵を巡らしたり小屋を建設する予定であることを伝え、モーリスの意見に耳を傾けるのだった……


 朝食後、土筆がトモとリズネに宿舎の中を案内していると、ニロク商会の配達員が手紙を届けに訪れる。
 手紙の差出人はユダリルム辺境伯で、手紙の内容は恩賞で下賜された魔獣のモーモーと鶏のような魔獣コケッチの輸送についてと、水車建造のについてだった。

「土筆さんって貴族様なのですか?」

 自身の所有地を持っていて、ユダリルム辺境伯と親しげに話していたり、個人的に手紙が送られてくる場面を目の当たりにすればトモが勘違いしてしまうのも仕方ないのだが、土筆ははっきりと否定する。

「そうですよね。土筆さんって貴族感ゼロですもんね」

 土筆の全否定に隣で聞いていたリズネが納得したように何度も頷く。

「そう言えば、二人には何にも話してなかったっな……宿舎の案内が終わったら冷たい物でも飲みながら説明するよ」

 全く疑われることもなく、すんなりと信じられたことに若干の寂しさを感じながらも、土筆は二人に自身のことを説明するのだった……

 
 土筆が二人に話した中で、意外にもトモとリズネが一番興味を示したのは土根から砂糖が作れることだった。

「ははは……皆同じ反応するからもう慣れたな。これが土根から作った砂糖だよ」

 土筆は前回作った土根を原料とした砂糖を小皿に移して二人に食べさせる。

「本当だ、凄く甘い。これ全く苦くもえぐ味もないですけど、本当に土根なんですか?」

 この世界での砂糖は貴重品に分類されていて、その価値は蜂蜜の十倍以上の値段で取引されている。
 それがそこら中に自生している土根から作れると知ったら驚くのも無理はない。

「そう言えば、昨日の夕食も知らない野菜とか沢山あってびっくりしたよね?」
「うん、お肉に掛かってたソースも甘くて、エッヘンでは食べた事ない料理ばかりだった」

 宿舎の食卓には敷地内の畑で栽培されている野菜やゴトッフのミルクなど、市場に出回らない食材が多く並び、初体験づくしだったトモとリズネは昨日の夕食を思い出して顔を見合わせる。

「家で栽培してるのは、この辺の人が口にしない食材ばかりだからな……二人にはまだ宿舎の中しか案内してないし、折角だから外も案内するか……」

 土筆はそう言うと、二人を連れて宿舎の東側にある畑とモーリス達が寝泊まりしている厩舎を案内するのだった……


 土根は成長が早く、環境さえ整えてあげれば数週間程度で根に糖分を溜め込む。
 トモとリズネは見た事もない野菜に感動し、雑草として扱われている土根を栽培していることに後退る。

 土筆は興味を示す二人に砂糖を作る過程を見てもらおうと土根を収穫すると、完成したばかりの作業小屋で土根から砂糖を作らないかと二人を誘うのだった。

 完成した作業小屋には既に厨房が備わっていて、軽く掃除さえすれば使用可能だ。
 土筆はトモとリズネに収穫した土根を綺麗に水洗いするようお願いすると宿舎に調理用の魔石を取りに戻り、作業小屋で土根から砂糖を抽出する準備を始める。 

「お待たせ。土根の方は大丈夫みたいだな」

 準備をし終えた土筆が二人の様子を見に行くと、綺麗になった土根がザルの上に山積みになっていた。

「お疲れ様。準備は整ったから早速砂糖を作ろうか」

 土筆はそう口にすると、土根が積まれたザルを持って二人と共に作業小屋の調理場に向かうのだった。

 土根から糖分を抽出する方法はとても簡単で、土根に含まれる糖分をお湯に溶かして煮詰めるだけだ。
 しかし、灰汁取りをサボるとえぐ味が残り砂糖以外の何かになるため、完成するまで火の番が必要になる。

「後は鍋の水分が全部飛ぶまで只管灰汁を取れば出来上がりだな」

 トモがリズネよりも明らかに高い関心を寄せて作業を見ていることに気付いた土筆は、さり気なく聞いてみることにした。

「トモはこういう作業が好きなのか?」

 トモは商家の息子で、ユダリルム辺境伯の話では主に香辛料を扱う商会を営んでおり、悪魔の分体の自爆により家族を失うまでは店の手伝いをよくしていたらしい。

「はい。土根が砂糖になるなんて今でも信じられません」

 トモは湯気を立てながら煮詰まって行く鍋の中身を見つめたまま返事をする。

「今はまだ原始的な作り方だけど、改良すると真っ白な砂糖を作ることもできるぞ」

 今は宿舎の食事用に製造しているので不純物を取り除く工程を省いているが、本格的にスイーツなどを作る頃には、不純物を取り除いて純度を高くした砂糖が必要になる。

「本当ですかっ! 土根を原料に砂糖を量産できれば、とんでもない商いができるじゃないですか」

 大人しい性格のトモがここまで前面に自分を出してくることを考えると、トモは成人したら父の後を継ぎたかったのだろう。
 しかし、残念ながらエッヘンの騒動で商会が廃業してしまった以上、トモが一から商会を興すのは極めて困難である。
 この世界は手にする情報が少ないが故、どうしても人脈やコネの力が強くなってしまう。

「そうか……なら、砂糖の加工、トモが担当してみるか?」

 将来、トモが自立して商会を立ち上げる時が来るとしたならば、砂糖作りの経験が役に立つと考えた土筆はトモに経験を積ませるべきだと判断する。

「いいんですか?」

 トモは土筆からの提案に思わず振り向く。

「ああ、勿論さ。なら決まりだな。砂糖以外にも様々な作物を栽培するから、色々と経験してみるといいんじゃないか」

 土筆は初めて見るトモの満面の笑みを前に、優しく頭に手を置くと、将来トモが独立する時のために必要な知識と経験を積ませてあげようと決めるのだった……
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