上 下
71 / 96
第二部

第六十八話 ユダリルム辺境伯との謁見④

しおりを挟む
 エッヘンの街へと続くなだらかな丘はこの地域有数の牧草地帯となっており、街道のすぐ脇に立てられた柵の向こう側で放牧されている草食の魔獣が、長閑に昼寝をしている姿を散見することができる。

 土筆を乗せた馬車はメゾリカからの長旅を経てエッヘンの街に到着すると、そのままユダリルム辺境伯の別邸へと向かう。

「土筆様、長旅お疲れさまでした。どうぞ、お降り下さい」

 御者に促され馬車を降りた土筆は、大勢の使用人に迎えられユダリルム辺境伯の別邸へと入って行く。

「土筆様。滞在中はこちらの部屋を利用して頂くようにと主君から言付かっております」

 今回土筆に用意された部屋は別邸二階奥にある客室で、格式あるホテルのスイートルームと比べても決して引けを取らない豪華な造りとなっている。

「それでは土筆様。滞在中は隣室にて女中を待機させておりますので、御用の際はこの呼び鈴にてお知らせ下さい」

 土筆を客室まで案内した男性の使用人は丁寧に一礼すると、静かにドアを閉め去って行く。

 身分不相応な部屋に一人残された土筆は、落ち着かない気持ちを誤魔化すように窓の外の景色を眺めた。

「そう言えば、エッヘンに来るのは初めてだな」

 土筆はこの世界に転生した後、神から与えられた新たな使命を担うため、世界を旅することなくメゾリカの街に入ったこともあり、この世界の地理や事情にあまり詳しくはない。

「折角ここまで来たんだし、街を歩いてみたいけど……」

 土筆はそう呟くと、自身のために用意された客室をもう一度見回す。

「どう考えても、街をフラフラできるような感じじゃないよな」

 先ほどの男性使用人が言っていた隣室に待機している女中というのも、有事の際に備え土筆の護衛や監視を兼ねているのだろう。

 もし、ここに来た早々土筆が身勝手な行動を起こすようなことがあれば、そのような人物であると認識され後々不利益を被ることに成り兼ねない。
 今回は大人しくすべきとの判断に至った土筆は、お呼びがかかるまで静かに待つことにするのだった……


 土筆が持参した荷物を備え付けのクローゼットに仕舞い込んで一息ついた頃、客室のドアが四回ノックされる。

「失礼致します」

 土筆が返事をすると隣室に待機している女中が挨拶にきたのか、メイド服に身を包んだ若い女性が土筆に充てがわれた客室に入ってくる。

「土筆様、ユダリルム辺境伯よりエッヘンの街を案内せよとの命を受けて参りましたユアノと申します。如何致しますか?」

 ユアノと名乗った女中は貴族顔負けの優雅なカーテシーを披露すると、笑みを保ったまま土筆の返答を待つ。
 土筆はその清麗な姿に暫し心を奪われるが、願ってもない申し入れに迷うことなく首を縦に振るのだった。

「エッヘンの街については、どのくらいご存じですか?」

 ユアノはエッヘンの大通りを土筆と並んで歩きながら、土筆についてあれこれと尋ねる。

「恥ずかしながら、今回初めてエッヘンに訪れたので知ってる事は何もないですね」

 普通に考えれば土筆という人物の調査であることは明白なのだが、今の土筆は少々舞い上がっていて饒舌になっている。

「そうですか、それなら定番の食べ物から知ってもらうのが良さそうですね……あのお店、今エッヘンで話題になってる人気店なんですよ」

 ユアノはそう言うと土筆の手を引っ張り、一食一軒の美少女降臨の店と大きく看板に掲げている飲食店に入っていく。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 落ち着いた雰囲気の内装で統一された飲食店に入った土筆とユアノを、このお店の女性店員が席へと案内し注文を聞く。

「土筆さん、私に任せてもらっていいですか?」

 ユアノはそう言うとメニュー表の中から数点を指差して注文するのだった。

「落ち着いた雰囲気でメゾリカにはないタイプのお店ですね」

 土筆は店内を見回して感想を述べる。

「エッヘンでは、観光客向けに個性を前面に押し出したお店が多いのですよ」

 相槌を打ちながら壁に貼られているお品書きを見ていた土筆の目が止まる。

「すいません……あの、一食一軒の美少女降臨って何ですか?」

 店頭の看板にもでかでかと書かれていた謎の文言に何か意味でもあるのかと考えた土筆が尋ねる。

「お待たせしました……あれはですね、ちょっと前にふらっとエッヘンにやってきた猫人族の謎の美少女が、一食ごとに入った店の全メニューを完食して回ってるって話題になったんですよ」

 女性店員はトレーに乗せた商品をテーブルの上に置きながら土筆の質問に答える。

「その見事な食べっぷりに猫人族の女の子が降臨した店の売り上げが軒並み上がってね、それ以来、全メニューを完食されたお店は看板に一食一軒の美少女降臨って書いて宣伝してるんです」

 当然のことながら、その頃土筆はボルダ村で防衛任務を請け負っていたので、その一食一軒の美少女がメルだと言うことは知る由もない。

「ちなみに当店でも全メニュー完食チャレンジやってますから、もしよかったら挑戦してみて下さいね」

 土筆は内心、何その大食いチャレンジみたいなの……とツッコミを入れたくなるのだが、ユアノの手前、口に出すことはせず心の中に留め置くのだった。

「ご注文は以上でよろしかったですか?」

 女性店員はユアノから返事をもらうと、厨房の方へ戻っていく。

「さあ、土筆様。温かいうちに召しあがって下さい」

 気になって仕方なかった一食一軒の美少女降臨が何なのかを知ることができた土筆は、ユアノとの会話を楽しみながらお薦めのメニューに舌鼓を打つのだった……


 飲食店を後にした土筆とユアノは、その後も雑談をしながらエッヘンの街を歩き、最後に先のスタンビート防衛戦で女神様の遣いが舞い降りたと噂され観光名所となっている外壁の見張り塔へと辿り着く。

「あれ? 観光名所の割には人が全然居ないな?」

 ユアノの案内で見張り塔の見張り台に到着した土筆が、人っ子一人居ない状況に驚く。

「はい、そうですね。女神様の遣いが舞い降りたとされるのはあちらの見張り塔ですから」

 ユアノはそう口にすると、見張り台から見える別の見張り塔を指差す。

「……目的を伺っても宜しいですか? ユアノ・ユダリルム辺境伯様」

 最初こそ浮かれていて気付くことができなかった土筆であったが、出会った時の優雅なカーテシーに始まり、会話の端々で感じた高貴であるが故の違和感、そして決定打となったのが、今、土筆を囲んでいるユダリルム辺境伯家の私兵達の姿である。

「貴方に興味がある……それだけよ」

 ユアノの言葉に反応した私兵達が一斉に剣を抜き構える。

「それは困りましたね……私のことを買い被り過ぎじゃないですか? 私には期待に応える自信が全くありませんからっ」

 そう言いながら土筆は腰に巻いてある鞄から一本のシリンダーを取り出すと、勢いよく天井に放り投げ、目を瞑り自身の両耳に人差し指を突っ込んで塞ぐ。

「……っ!」

 天井に衝突した衝撃でシリンダーが砕けると、強烈な発光と共に爆竹の破裂音に似た轟音が響き渡り、私兵達の視覚と聴覚を奪う。

「後から暴行とか傷害とか不敬とか言わないで下さいよ」

 土筆はそう断りを入れると、剣を抜いた私兵達に向かって電撃の魔法を封じ込めたシリンダを投げ付け、その場に居た私兵達全員を無力化するのだった……


「うむ、見事だ」

 土筆の動きに素早く反応したユダリルム辺境伯は、既の所で自身の目と耳を守ることに成功し、その後私兵達が土筆によって無力化されるのを一部始終見ていたのである。

「的確な状況判断と無駄のない動き、地竜をソロで討伐したのも強ち誇張された与太話ではないと言うことか……」

 ユダリルム辺境伯は冷静に土筆を分析すると、剣を抜かずに控えていた私兵に合図して無力化された私兵達の手当てを指示する。

「土筆殿、試すような真似をしてすまなかったな」

 ユダリルム辺境伯はそう言うと、土筆の元に歩み寄り手を差し出す。

「いえ、お気になさらず。私としては他意がなくて本当に良かったです。この高さから飛び降りるとなると、さすがに無傷では済みませんから……」

 土筆はズボンで手の平の汗を拭うとユダリルム辺境伯と握手を交わす。

「ほう、そこまで考えていたとは益々興味が湧いてくるな。貴殿との話の続きは我が別邸に戻ってからとしよう」

 まさか噂のユダリルム辺境伯が若い女性だったとは露程も思わなかった土筆は、とんでもないフラグを立ててしまったのかも知れないと不安で胸が張り裂けそうになるのだった……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

【ライト版】元死にたがりは、異世界で奴隷達と自由気ままに生きていきます。

産屋敷 九十九
ファンタジー
 異世界ファンタジー×恋愛  突如として剣と魔法の異世界へ転移した主人公。  転移直前の記憶がないままライトノベルの内容を思い出しつつ、神なる者の助言を求めて教会へと向かう。  教会で会った神の願いは主人公の幸福のみ。魔王を倒せ!など果たすべき使命はなかった。  そして、主人公のチートは無限にお金が使えるというもの。誰もが魔力を持っているのが当たり前であるこの異世界で、唯一の魔力無しだった。しかし、魔力無しで異世界に連れてきたのは、どうやら神の考えがあったようで──。  さすがに魔力無し、ほぼ知識無しでは無防備で危険。抵抗はあったものの、身を守らなくてはならないので、しぶしぶ奴隷を買うことにしました。 *素人です。暖かく見守ってください。 ※下ネタ注意 ※テンポは悪いです。 ※設定おかしかったらすみません。 ※のんびり更新 ※表紙の出典は近況ボードへ

異世界転移したけど、お金が全てってはっきりわかんだね

斜め読み、流し読み
ファンタジー
成金 望(ナリカネ ノゾム)は改造人間である。 ――というのは、嘘です。 本当は貯金が趣味の異世界転移者です。 不運な事故から異世界に行くことになった望。 ステータスも一般人程度だが、唯一のスキル「貯金」は金額に応じて、好きなスキルを取れるというチートであった。 金策に喘ぎながら、何故か人間や魔族、はたまた竜にまで狙われる望の明日はどっちだ!? ※あらすじは以上になります。 ここからは注意喚起です。 二次創作……って知ってるかい? 昔、なろうで粋に暴れまわっていたって言うぜ。 おい、馬鹿。やめろ。 えー、本作は何かの作品の二次創作ではありません。 ーーが、『本当にパロネタ多め』の明るい異世界チートを書いていく予定です。 一応、作者は帝王ではないので、何か問題が有れば退きますし、媚びますし、反省します。 どうか温かく見守っていただければ幸いです。 上でも強調させて頂きましたが、数ある異世界ものの中でも、本作は唯一の特徴として、パロネタの引き出しだけはどの作品にも負けないように頑張っていくつもりです!! ちなみに最終目標は、『誰にも本作に出てくる元ネタの全ては把握できない』です。 もし異世界ものは読み飽きたという方も、よろしければプラウザバックの前に各話タイトルだけでもご覧頂ければと思います。 大体、それで作者の無節操な引き出しが見えてくるはずですので、好きな作品のネタなどがありましたらーー 「べっ、別にこんな小説が読みたい訳じゃ無いんだからね……!! ただ、元ネタのファンだから仕方なく読んであげるんだからねっ!!」 ーーという寛大なお心持ちでもって、お手隙な時にでも本作を読んで頂ければ幸いです。 皆様の熱き闘志(アクセス、ブクマ、評価、感想)が本作にチャージインされる事を心よりお待ちしております。 それでは、皆さん。 デュエルっ!! スタンバイっ!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 この作品は『小説家になろう』様へも掲載しております。 ※ 2018/8/19 より『カクヨム』様へも掲載を始めました。 ※ 2018/8/19 より『アルファポリス』様へも掲載を始めました。

【完結】討伐対象の魔王が可愛い幼子だったので魔界に残ってお世話します!〜力を搾取され続けた聖女は幼子魔王を溺愛し、やがて溺愛される〜

水都 ミナト
ファンタジー
不本意ながら聖女を務めていたアリエッタは、国王の勅命を受けて勇者と共に魔界に乗り込んだ。 そして対面した討伐対象である魔王は――とても可愛い幼子だった。 え?あの可愛い少年を倒せとおっしゃる? 無理無理!私には無理! 人間界では常人離れした力を利用され、搾取され続けてきたアリエッタは、魔王討伐の暁には国を出ることを考えていた。 え?じゃあ魔界に残っても一緒じゃない? 可愛い魔王様のお世話をして毎日幸せな日々を送るなんて最高では? というわけで、あっさり勇者一行を人間界に転移魔法で送り返し、厳重な結界を張ったアリエッタは、なんやかんやあって晴れて魔王ルイスの教育係を拝命する。 魔界を統べる王たるべく日々勉学に励み、幼いながらに威厳を保とうと頑張るルイスを愛でに愛でつつ、彼の家臣らと共にのんびり平和な魔界ライフを満喫するアリエッタ。 だがしかし、魔王は魔界の王。 人間とは比べ物にならない早さで成長し、成人を迎えるルイス。 徐々に少年から男の人へと成長するルイスに戸惑い、翻弄されつつも側で支え続けるアリエッタ。 確かな信頼関係を築きながらも変わりゆく二人の関係。 あれ、いつの間にか溺愛していたルイスから、溺愛され始めている…? ちょっと待って!この溺愛は想定外なのですが…! ぐんぐん成長するルイスに翻弄されたり、諦めの悪い勇者がアリエッタを取り戻すべく魔界に乗り込もうとしてきたり、アリエッタのウキウキ魔界生活は前途多難! ◇ほのぼの魔界生活となっております。 ◇創造神:作者によるファンタジー作品です。 ◇アリエッタの頭の中は割とうるさいです。一緒に騒いでください。 ◇小説家になろう様でも公開中 ◇第16回ファンタジー小説大賞で32位でした!ありがとうございました!

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

異世界でのんびり暮らしたい!?

日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...