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第二部

第六十六話 ユダリルム辺境伯との謁見②

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 召集通知受け取った土筆は記載されている内容を一読すると、召集に応じるため身支度を整える。

「今日もコルレットちゃんが来たっすよー]

 土筆が冒険者ギルドからの召集に応じるため宿舎を出ようとすると、コルレットが何時ものフレーズと共に登場する。

「あれ? ツクっちお出掛けっすか?」

 宿舎の出入り口で土筆と鉢合わせしたコルレットは、土筆が余所行きの服を着ていることに気付いて尋ねる。

「やあコルレット、いらっしゃい。ちょっと冒険者ギルドにね……もしかして俺に会いに来たのか?」

 土筆の言葉にコルレットは一呼吸ほど間を置いて考える仕草を見せると、何かを思いついたのか悪役っぽい笑みを浮かべる。

「そうっす、コルレットちゃんツクっちに会いに来たっすよー」

 コルレットは土筆の手を取ると、上目遣いをしながらジリジリと擦り寄る。

「おう、そうだったか……時間ならまだ大丈夫だから話だけなら聞くよ」

 土筆はコルレットと距離を保つように後退りし、その様子を遠くから眺めていたポプリが鼻で笑って読書の世界に戻っていく。

「もう、ツクっちー、鈍いっすよー」

 コルレットは更に攻勢に出ると、両手で握っていた土筆の手を自身の胸に押し付ける。

「……」

 からかわれていることに漸く気付いた土筆は空いてる方の手をコルレットの額に近づけると、限界まで丸め込んだ中指を解き放つ。

「いだーーーーっ!」

 鉄球が地面に落下したかのような鈍い音が館内に響き渡り、直撃を喰らったコルレットが悲鳴と共に宙を舞う。

「無駄な時間を使ってしまった……」

 土筆は乱れてしまった服装を正すと、口から魂を吐き出した状態でピクピクしているコルレットを放置し、宿舎を後にするのだった……


 冒険者ギルドの受付カウンターで用件を伝えた土筆は、ミアの案内でゾッホの執務室に案内された。

「おっ、来たか」

 執務机に山積みになった書類に埋もれながら事務処理に追われるゾッホは、土筆が入室すると休憩とばかりに立ち上がる。

「ユダリルム辺境伯からお前宛に手紙が届いてる、確認してくれ」

 ゾッホは執務机の引き出しから一通の封書を取り出すと、土筆に手渡す。

「あれ? わざわざユダリルム辺境伯領から迎えが来るんですか?」

 土筆は受け取ったユダリルム辺境伯の印璽が押された封書を開封し、中に入っている書状を一読すると、迎えの馬車がメゾリカまでやって来ることに驚く。

「ああ、俺達は冒険者ギルドの一員としてエッヘンに向かうが、土筆、お前はソロの冒険者としてユダリルム辺境伯に招待されてるからな」

 今回ゾッホ達はボウラヴニスを討伐した功労者としてパーティーに招待されているが、土筆はユダリルム辺境伯の客人として招待されているのである。

「うわあ……今からでも辞退したい気分」

 夢見る少年少女であれば憧れる展開かもしれないが、枯れ果てた冒険者である土筆にとっては生き地獄でしかない。

「諦めろ、お前に拒否権なんぞないからな」

 ゾッホは心底嬉しそうに声を出して笑う。

「まあ、俺が人伝に聞いた話だとユダリルム辺境伯は随分と気さくな人物らしいから、何とかなるんじゃないか?」

 ゾッホの言葉が本当かどうかはユダリルム辺境伯本人に会ってみないと分からないが、リアルに世界が変わったとしても、高貴な人との交流は神経をすり減らすだけなのでご容赦願いたい。

「こうなったら、数日くらい我慢してやりますよ」

 貴族特有の見栄の張り合いに巻き込まれる形となった土筆は、諦めた様子でため息を吐く。

「おう、その意気で宜しく頼むわ」

 ゾッホにとってはちょうど良い息抜きになったのか、土筆が退室するのを黙って見送ると腕を回しながら執務机に戻るのだった……


 冒険者ギルドを後にした土筆は、照り付ける日差しを遮るように手をかざすと、思い出したかのようにカリアナの工房へと向かう。

「あっ、土筆さん。珍しいですね、何かありました?」

 土筆がカリアナの工房の扉を開けると、素材の入った木箱を抱えたカリアナとばったり出会う。

「やあ、カリアナ。相談事があって訪ねたんだけど、今忙しいか?」

 事前の連絡なし、所謂ノンアポで来店した土筆は、急ぎの用事でないことを告げる。

「お仕事の依頼なら、いつでも時間は空いてるよ」

 カリアナらしい切り返しに土筆は口元を緩めると、それならばと仕事の話を持ち掛けるのだった。

「それで、何をすればいいのかな?」

 工房の奥にある応接室に案内された土筆は、夏の救世主として君臨するあれの核となる部品について錬金できるかどうかの確認を行う。

「なにそれ……言ってる内容が全く理解できないんだけど、要するに魔力に反応して冷たくなる板ってことよね?」

 土筆の説明を聞いたカリアナはお手上げのポーズを取ると、土筆が求めているであろう部品について逆質問する。

「そうだな、端折るとそんなところだな……でもそんな板あるのか?」

 魔力に反応して冷たくできるなら、熱の排気を考えなくて済むので渡りに船である。

「ええ普通にあるわよ。ただ消費する魔力量が多いから資産家でもなければ維持費で破産するけどね」

 この世界では電気の代わりに魔力が使われており、空の魔石に魔力を注ぎ込むことによって蓄電池のように使うことができるのだが、すこぶる効率が悪く一般的ではない。

「そうなのか……いや、待てよ……」

 土筆は昔コルレットから教えてもらった魔力についての知識を思い出すと、一つのアイデアが浮かび上がる。

「なあ、カリアナ。こういう仕組みにすることは可能か?」

 土筆は持参した羊皮紙に携帯用のペンを走らせると、イラストを交えてアイデアを形にしていく。

「ふむふむ……ちょっと待って……なるほど……うん、理論上は可能かもしれないわね」

 カリアナは土筆の説明を聞きながら、頭の中で作業工程を組み立てる。

「ちょっと待ってて、これなら手持ちの材料で試作できるかも」

 カリアナはそう言うと、別の部屋で作業していた弟子を呼び、必要な材料を持ってくるように指示を出す。

「小さいサイズのを実際に錬金してみて、期待通りの結果が出るか試してみましょう」

 カリアナは試作品の錬金に掛かる費用を請求書にまとめ土筆の承諾を得ると、錬金術を行うための作業部屋へ移動する。

「それじゃあ、イラスト通りに錬金するよ」

 カリアナは術式が描かれた台の上に全ての素材を配置すると、複雑な工程を一つ一つ丁寧にこなしていく。
 素材だったものは錬金により一つの部品へと変わり、部品同士が合わさって更に別の部品へと変化する。
 何度も何度も繰り返し、やがて土筆が描いたイラストと同じ形をしたアイテムが出来上がるのだった。

「完成っと……早速動かしてみようか」

 カリアナは出来上がったアイテムに魔石をセットすると、送風側と排気側に手を当てて期待通りの動作をしているかどうか確認をする。

「土筆さん、問題ないと思うけど確認してもらっていいかな?」

 土筆はカリアナに促されるまま送風側と排気側に手を当てて動作を確認する。

「うん、希望した通りになってると思う」

 室内側となる送風口からは冷たい空気が吹き付け、屋外側となる排気口からは暖かい空気が吹き出されている。

「これなら魔力の消費もかなり抑えられるけど、何に使うの?」

 先ほどカリアナが言っていた冷たくなる板は、椅子の座面や枕など部分的に冷やすために使われているらしいのだが、土筆のイラストを元に錬金したアイテムは、冷たい風と暖かい風を送風する物であり、エアコンの存在を知らないカリアナからすれば、用途不明になるのは仕方ないことだろう。

「うん、そうだな……どう説明すればいいか分からないから、実際に使う時でいいかな?」

 百聞は一見に如かず。実際に宿舎に設置した時に体験してもらった方が理解してもらえると考えた土筆は、土筆の部屋に設置するための一台を注文し、先払いで料金の支払いを行う。

「あっ、土筆さん。試作で作ったの持って帰ってくださいね」

 カリアナは手ぶらで帰ろうとした土筆に先ほど錬金した試作品のエアコンを手渡す。

「それでは、完成したらまた連絡します」

 カリアナは頭を下げ、去って行く土筆を見送るのだった……
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