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第二部

第六十五話 ユダリルム辺境伯との謁見①

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 指名依頼”合宿訓練の付添業務”は、クラン”大剣と大斧”による出鱈目な言い掛かりの所為で何とも後味の悪い幕引きを迎えたものの、一応の決着を見せることとなった。

 その日は心身ともに疲れ切って早く就寝した土筆は、結果的に繰り越すこととなった予定を効率良く消化するため、日課である朝のランニングの代わりに敷地内を見て回ることにするのだった……

 南西の門から宿舎まで真っ直ぐに伸びる石畳の道の幅は、二台の馬車がゆとりをもって擦れ違うことができる広さを確保しており、道の両側には雨水を流すための排水溝も施工されている。

「改めて見ると、突貫工事とは思えない出来栄えだ」

 土筆は石材を取り扱う商会へ依頼を行う際、前世での記憶を元に色々と注文を付けていたのだが、聞きなれない注文を彼らなりに理解し、応えてくれたのは仕上がりを見れば明らかである。

 道路が完成したことで建築資材の搬入が可能になり、今日から木材を取り扱う商会に依頼した土根から砂糖を取り出すための作業小屋の建設が本格的にスタートする予定だ。

「あっ、マスターだ。おはようございます」

 土筆が宿舎の南側を通って宿舎の東側に出ると、魔法の練習がてら畑の水遣りをしているシェイラとホズミが声を掛けてくる。

「シェイラ、ホズミ、おはよう」

 シェイラは合宿訓練所で行っていた森の魔素を取り入れて魔法に変換する練習の成果なのか、水魔法の扱いが段違いに上手くなっているのだった。

「それにしても、シェイラ上達したなー。素人の俺でも一目で分かるよ」

 土筆がシェイラの元まで歩み寄って頭を優しく撫でると、シェイラの肩の上で眠っていたジュエリビートのレックルが目を覚まして顔を出す。

「うん。なんかね、てつだってくれるの」

 シェイラの言葉を聞いたホズミが満足そうに頷くと、鼻息荒くシェイラが言わんとしたことの説明を始める。

「それは魔素の言葉ですね。ハイエルフの証です」

 今日も余すことない親馬鹿っぷりを発揮するホズミの迫力に少々引き気味な土筆を他所に、ホズミはシェイラ愛を語り続ける。
 シェイラはホズミの話が長くなると察したのか無言でその場を離れると、一人で練習の続きを再開するのだった。

「もう地縄張りは済んでいるんだな」

 土筆はホズミの話に最後まで付き合うと、畑の南側、宿舎と厩舎の間に建設予定の作業小屋の前で立ち止まる。

 作業小屋と言っても敷地自体が無駄に広いこともあり、小屋と呼ぶべきかどうか迷う程度には大きな建物が建てられる予定で、当分は土根から砂糖を取り出すための作業小屋として利用することになるが、将来的には畑で栽培した他の作物の加工も行おうと土筆は考えているのだった。

「あっ。ますたー、おはようございましゅ」

 雌ゴトッフ達の搾乳を終えたのか、ミルクが入った瓶を持ったエトラと手を繋いで厩舎から出てきたラーファが土筆に気付いて挨拶をする。

「やあ、ラーファ、エトラ。ゴトッフ達の搾乳ありがとう」

 地縄張りの前に立ち、目を閉じて完成した作業小屋を想像していた土筆は、ラーファの声に気が付いて振り返る。

「土筆さん、おはようございます」

 モーリスに聞いたところに寄ると、雌ゴトッフ達がラーファのことを甚く気に入ったらしく、子供が欲しいとせがまれて困っているらしい。

「ああ、おはようエトラ」

 土筆はエトラの持つミルクが入った瓶を受け取ると、雑談を交わしながら一緒に宿舎に戻るのだった……


 日の光に照らされ、草花を包んでいた朝露が大気へと戻っていく時間になると、宿舎では朝食の時間を迎える。

「こらネゾンっ、野菜も食べなさい」

 今では食事中の定番となったミルルとネゾンの野菜漫才を眺めながら、土筆には日に日に募る思いがあった。

「美味しいパンが食べたい……」

 この世界のパンも決して不味い訳ではないのだが、小麦から小麦粉へ加工する技術の問題なのか、慣れることのできない違和感が食べる度に付きまとう。

「おっちゃん、何か言ったか?」

 土筆の隣で食事を取るホッツが、土筆によって盛られた野菜と格闘しながら獣耳を反応させ、土筆の独り言を拾う。

「お兄さんな。何となく故郷のパンを食べたいと思ってな」

 土筆にとっての故郷とは、当然地球のことである。

「なになに……美味しいパン?」

 これまた土筆の隣で朝食を食べていたメルがパンと言う言葉に反応すると、ほっぺにパン屑を付けたまま、魔獣肉の腸詰めを口の中に放り込む。

「メルには前話さなかったっけ? 美味しいパンの話」

 以前、まだ土筆達が宿暮らしをしていた頃、地球のパンを突然恋しく思った土筆がカンジェさんの宿屋の厨房を借りてパンを作ってみたのだが、何度作っても地球のパンを再現することができなかったのである。

「うんうん。そう言えばそんなこともあったねー」

 この世界にも酵母を使って発酵させるパンの製法自体は存在しており、土筆の作ったパンもそれなりの味には到達していたのだが、どうしても土筆の求めるパンにはならなかったのだ。

「それで色々と調べた結果、栽培する小麦の品種と小麦粉の製造方法に辿り着いたんだ」

 この世界にも小麦の品種は複数あり、それぞれに向いた料理がある。
 今なら小麦を栽培するための土地も収穫した小麦の加工も自前で用意できるので、やろうと思えば地球のパンを作ることができるかもしれない。

「うんうん。なら作っちゃえー」

 メルは食事の手を休めることなく、器用に土筆の話にも乗ってくる。

「ただな……人出が足りないんだよ……」

 フェアリープラントのタッツのスキルを借りて小麦を栽培する場所も既に決まっているのだが、その小麦を栽培する人出が足りないのである。

「おっさん、俺達でよかったら手伝うぞ」

 土筆とメルの会話を聞いていたルウツがそう言うと、隣のホッツも手を挙げて賛同する。

「お兄さんな。気持ちは有難いんだが、それでも人出が足りないんだよ」

 小麦の栽培から収穫、加工までを考えると、土筆と子供達の手伝いではとても賄えるような話ではないのだった。

「まぁ、どちらにしても、今年の種蒔きシーズンは終わってるから来年以降の話になるけどな」

 土筆は自身が所有する土地の開発が一段落付いた暁には、この世界の自称美食家が唸るような料理を作り、宿舎の子供達に振る舞ってやりたいと密かに野望を抱くのだった……
 

 子供達が朝食を食べ終えて部屋に戻り、食堂兼休憩室が静かさを取り戻すと、機会を窺っていたかのように、本を手にしたポプリが現れ何時もの指定席に着席する。

 座り心地の良い姿勢を探し出したポプリが土筆に視線を向けると、土筆は頷くこともせず一口サイズのサンドイッチと温かい紅茶が入ったカップを用意してテーブルに運ぶ。

「ありがと」

 ポプリは本に視線を向けたまま小さな声でお礼の言葉を口にすると、自分のペースで今日を始めるのだった。

「そう言えばポプリ、留守番ありがとな」

 合宿訓練の付添業務から碌に話をする機会が作れなかった土筆は、ちょうど良い機会だと考え感謝の気持ちを伝える。

「別に何もしてないわ」

 ポプリは特に興味がなさそうな素振りで言葉を返すと、自身の頬がほんのり熱を帯びたことに気付いたのか、開いたままの本を持ち上げて顔を隠すのだった。

「それでもありがとうな」

 意図的なのか偶然なのかはさて置き、結果的にポプリの心拍数を上げるのに成功した土筆は、何事もなかったように厨房に戻っていく。

「そろそろ、暑さ対策も考えないとな」

 日本ほど四季がはっきりしている訳ではないのだが、ここメゾリカの街でも水が気持ちよく感じる季節に入り、暑さで寝苦しい夜が度々訪れるようになっていた。

「そうだな、あれの製作に着手してみるのもいいかも知れないな」

 土筆は夏の救世主として君臨するあれをこの世界で再現できないかと考え、構想自体は既に完成しているのだった。

「……来客よ」

 流し台に手を突いたまま物思いにふける土筆を、ポプリが現実の世界に呼び戻す。

 ノック音を聞き終えた土筆が宿舎の出入り口の扉を開けると、そこには冒険者ギルドの職員が立っており、その手に持っていた召集通知を土筆に手渡す。

「ユダリルム辺境伯様との謁見について、だそうです」

 地竜の討伐を成し遂げた土筆とのみ謁見を行ったスタオッド伯爵とは違い、ユダリルム辺境伯はエッヘンで起きた数々の騒動に対しての謁見を行わなければならず、当初土筆だけ先に謁見を行うよう調整していたらしいのだが、それもスタオッド伯爵に先手を取られてしまう。
 そのため、ユダリルム辺境伯は自身の功績を世に知らしめようと大規模なパーティーを開催することにしたのだった。

「確かに受け取りました、ご苦労様です」

 土筆から受け取りを証明する署名を受け取った冒険者ギルドの職員は、軽く頭を下げると完成したばかりの石畳の道を戻って行くのだった……
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