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第二部
第五十話 スタオッド伯爵との面謁①
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ボルダ村の防衛業務を終えてメゾリカの街に戻った土筆《つくし》は、休暇を兼ねて宿舎周りの手直しに精を出していた。
手始めに宿舎東棟一階にある封鎖されていた通用口を解放すると、コルレットが用意してくれた特殊な魔法鍵《マジックキー》を導入し、登録した人だけが自由に行き来できるように改良を加える。
そして宿舎の東側の荒れた硬い地面を地妖精ドニの力を借りて柔らかい土壌に変化させると、砂糖の原料となる土根《つちね》の植え付けを行ったのである。
「マスター、水遣り行ってくるね」
宿舎の東に作った土根《つちね》畑の水遣《みずや》りはシェイラとホズミが受け持つことになった。
これはホズミからの提案なのだが、シェイラの体内に過剰に溜まってしまう魔力を体の外に放出するのに畑の水遣《みずや》りは最適らしい。
特に断る理由も見付からなかった土筆《つくし》は、魔力切れが起きないように注意することを条件に、ホズミとシェイラに水遣《みずや》りを一任したのだった。
その後も土筆《つくし》の宿舎周りの手直しは進み、メルと街の外へお肉狩りに出掛けては、土筆《つくし》の髪の中に潜っているフェアリープラントのタッツの能力”見識【植物】”を発動して栽培に適した植物をコツコツと集め宿舎に持ち帰り、徐々に畑の規模を大きくしていったのである。
「ツクっち、これ何すか?」
皆で昼ご飯を食べている時、コルレットがスティック状にカットされた野菜をコップから取り出して土筆《つくし》に尋ねる。
「それか? コルレットが今持ってるのはセロリって言う野菜だな」
コルレットは成る程と言いたげな表情で数回頷くと、別容器に入ったソースをたっぷり付けて口に運ぶ。
この世界に自生するセロリも独特の苦みを持っていて、土根《つちね》と同様、この世界では食《しょく》されていないのだが、苦み成分が凝縮している外皮を剥いて水でさらしてやれば、苦みが好きな人ならソースを付けないでそのまま食べても十分に美味しさを楽しめるだろう。
「私は野菜が余り好きじゃないけど、この堅果《けんか》で作ったソース付けたら美味しくて好きだな」
黒狼族のミルルはそう言いながら、ニンジンのスティックに数種類のナッツを砕いて作ったドレッシングを大量に付けて口の中に放り込む。
「ほらっ、ネゾンも食べなさいよ」
ミルルは横に座る弟のネゾンの皿に野菜スティックを乗せる。
「ちょっ、ねーちゃん勝手に乗せるなよ」
ネゾンは年少組らしく野菜よりも肉派で、テーブルの中央に置かれたサラダ類には一切手を付けようとしない。
「そんな事言ってると、パパみたいに強くなれないんだからね」
ミルルはそう言いながら、ネゾンの皿にサラダを追加する。
「何言ってんだよ? 俺、父ちゃんが野菜食ってるところ一度も見たことねーぞ」
ネゾンはそう言い返すと、皿に盛られた野菜を全部コルレットのお皿に移すのだった。
「あっ、こらネゾン。お行儀が悪いわよ」
黒狼族の姉弟によるコントのような会話を交えながら、昼食の時間は過ぎていくのだった……
食事の後片付けが終わり、肉狩りに行くメルを送り出した土筆《つくし》が宿舎周りの手直しに取り掛かる準備をしていた時、宿舎にゾッホからの招集要請を知らせにギルド職員が訪れる。
招集要請の内容を確認した土筆《つくし》は午後からの宿舎周りの手直しを諦めると、身支度をし冒険者ギルドへ向かうのだった……
「おっ、来たか。呼び出して悪かったな」
土筆《つくし》がゾッホの執務室にノックをして入ると、執務机の上に積まれた書類の山の上にゾッホの頭皮だけが見える。
「おは……んっんっウン、断れない方の招集要請でしたので」
土筆《つくし》は、まるで日の出のような目の前の風景に思わず「おはよう」と言いそうになる。
「こちらとしても断らせる訳にはいかない案件だったからな、諦めてくれると助かる」
ゾッホはそう言いながら執務机の引き出しから二通の封書を取り出すと、土筆《つくし》と会話するためにソファーへと移動する。
「土筆《つくし》、お前宛の招待状だ」
ゾッホが差し出した二通の封書にはそれぞれ別の封蝋印《ふうろういん》が押されていて、その紋章が何処の誰なのかはこの世界に疎《うと》い土筆《つくし》でも知っているのだった。
「スタオッド伯爵家とユダリルム辺境伯家ですか……」
嫌な予感がしているのか、封書に手を伸ばそうとしない土筆《つくし》に対し、ゾッホが催促するようにペーパーナイフを土筆《つくし》の手元に移動する。
「気持ちは分からないでもないが、拒否権なんぞないからな」
スタオッド伯爵家とユダリルム辺境伯家からの手紙、開封しなくても内容は安易に予想可能ではあるが、開封しなければ終わらない。
それならば終わる方がマシであると思い至った土筆《つくし》は、渋々封書の封を切るのだった。
「両家とも地竜の件ですね」
土筆《つくし》は中に入っている書状には、それぞれの領主が自国領内での地竜討伐について謁見《えっけん》の機会を与えるといった内容である。
「まあ、そうだろうな」
ゾッホは丸で他人事のように言って退ける。
「……って、予定日が明日の午後になってるんですが?」
スタオッド伯爵からの謁見日が明日になっている事に土筆《つくし》が驚く。
「まあ、その、なんだ……最初はどちらが先にお前の謁見《えっけん》を開くかで張り合ってたんだがな……お前がメゾリカ支店に所属してるもんだから、最終的にはスタオッド伯爵が先に会うことに落ち着いたらしい」
ゾッホはやれやれと言いたげな様子で裏事情を説明する。
「いやいや……それと謁見《えっけん》予定日が明日なのは関係ないでしょう?」
土筆《つくし》がごもっともなツッコミを入れる。
「関係なくはないだろう? スタオッド伯爵がユダリルム辺境伯家より先に謁見《えっけん》できる日が明日しか空いてなかったからな」
こう見えてもゾッホは貴族の世界に片足を突っ込んでいる人物なので、その辺に関しては驚くほどドライである。
「おお、忘れてた……土筆《つくし》、お前着ていく服持ってるか?」
この世界で服を新調することは、ちょっとしたイベントを催すような物だ。
異世界ラズタンテでは魔法が便利過ぎていることもあり、産業機械なんて概念そのものが存在しない。
服を新調すると言うことは完全オーダーメイドで作ることを意味し、一日二日で出来上がるような物ではないのである。
「着てく服ないって言ったら断れます?」
土筆《つくし》はゾッホから返って来る言葉が一つしかないことが分かっていても、敢えて確認する。
「無理だな」
ゾッホは即答するのだった。
「でしょうね……まあ、何とかしてみます」
土筆《つくし》はそうだろうなと納得した表情で書状を封筒に仕舞《しま》うのだった。
「くれぐれも失礼の無いように頼むぞ」
ゾッホが封書を預かっていたと言うことは、両領主の間を取り持ったのは恐らく冒険者ギルドだろう。
当然、所属している者が粗相をすれば冒険者ギルドも知らぬ顔はできないのである。
「何かあった時はゾッホさんの首でケジメ付けて下さいね」
土筆《つくし》は冗談か本気が分からないような雰囲気を醸し出しながら、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「おいおい、俺には可愛い娘が二人もいるからな。何かあった時は遠慮なく逃げさせてもらうぜ」
メゾリカ支店の責任者と思えぬ発言に、土筆《つくし》は思わず噴き出して笑うのだった。
「おっと、もう一つ忘れてた。謁見《えっけん》の際に恩賞について聞かれるだろうから、何か考えておけよ。言うまでもないだろうが、当然、スタオッド伯爵はユダリルム辺境伯に褒美の内容を自慢するからな」
要するにゾッホが言いたいのは、両領主の面子を潰さないように配慮しろってことである。
「その辺りは心得てるから大丈夫だと思う」
土筆《つくし》は前世の経験から、この手の立ち回りには慣れているのだった。
「そうだった。最後に一つだけ……この件と全く関係ない質問してもいいですか?」
ゾッホからの用件が済んだ後、帰り支度をした土筆《つくし》が尋ねる。
「んっ? 俺に答えられることなら答えるぞ」
執務机に戻ろうとしたゾッホが振り返る。
「では、お言葉に甘えて……スタンビート発生の原因は特定できたのですか?」
ゾッホは本当に両領主からの封書とは全く関係のない土筆《つくし》の質問に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「いや全くだな……発生時を知るであろう開拓村の防衛に当たっていた傭兵団は壊滅していて証言もなし。今でもそれなりの冒険者がスタンビートの原因を探ってはいるけど分からず終いの状態だ」
ゾッホを始め、冒険者ギルドやユダリルム辺境伯が知っているかは分からないが、今回のスタンビートの裏に悪魔の関与があったのを土筆《つくし》は知っている。
ゾッホ達が討伐したという、超大型の魔獣についても概ね悪魔絡みで間違いないと土筆《つくし》は考えているのだった。
「そうですが、うちで預かった獣人の子供達にも関係してるので、何か分かったら教えてください」
土筆《つくし》は自身の目的のために子供達を利用してしまったことに少なからず罪悪感を覚えながら、ゾッホにお願いをするのだった。
「ああ、それについては特に秘匿情報でもないからな。進展があったら随時情報開示は行う予定だ」
ゾッホは真剣な眼差しで土筆《つくし》と約束を交わすのだった。
「ああ……そう言えば」
土筆《つくし》がゾッホの執務室から出ようとした時に、ゾッホが何か思い出したように声を上げる。
「以前、お前に橋の損壊で指名依頼出しただろう?」
ゾッホが言っているのは、土筆《つくし》が宿舎に引っ越した日に緊急の指名依頼で請け負った橋の応急処置のことである。
「その時現場で一悶着起こした……んー、あの貴族……んー、何だったっけ……」
ゾッホはガガモンズ家の名前が出てこない。
「ハゲモンズ家ですか?」
土筆《つくし》はわざと間違えて呟く。
「そう、それだ、ハゲモンズ家がな、あの日以来行方不明になってるらしい」
確かに、あの日ガガモンズ家の馬車は獣人の親子を橋から突き落として東へ駆け抜けて行ったが、現時点で集まっている情報だけでは、ガガモンズ家とスタンビート発生に因果を見出すことはできない。
「神罰でも下ったんじゃないですか?」
この世界にはリアルに神が存在してるので、実際に神罰が下る事は有り得る。
「いや、それがな……スタンビートに巻き込まれた形跡もなく、遺体や馬車の残骸すら発見されてないみたいだ」
この世界では貴族の失踪なんて珍しくもない。
跡取り問題で身内を毒殺するようなことが普通に有り得るのだから、あの禿げ貴族が暗殺者のターゲットにされていたとしても何の不思議でもないのである。
「東の森で今分かってる事はそれ位だな」
土筆《つくし》は情報を提供してくれたことに感謝の言葉を告げると、ゾッホの執務室を後にするのだった……
手始めに宿舎東棟一階にある封鎖されていた通用口を解放すると、コルレットが用意してくれた特殊な魔法鍵《マジックキー》を導入し、登録した人だけが自由に行き来できるように改良を加える。
そして宿舎の東側の荒れた硬い地面を地妖精ドニの力を借りて柔らかい土壌に変化させると、砂糖の原料となる土根《つちね》の植え付けを行ったのである。
「マスター、水遣り行ってくるね」
宿舎の東に作った土根《つちね》畑の水遣《みずや》りはシェイラとホズミが受け持つことになった。
これはホズミからの提案なのだが、シェイラの体内に過剰に溜まってしまう魔力を体の外に放出するのに畑の水遣《みずや》りは最適らしい。
特に断る理由も見付からなかった土筆《つくし》は、魔力切れが起きないように注意することを条件に、ホズミとシェイラに水遣《みずや》りを一任したのだった。
その後も土筆《つくし》の宿舎周りの手直しは進み、メルと街の外へお肉狩りに出掛けては、土筆《つくし》の髪の中に潜っているフェアリープラントのタッツの能力”見識【植物】”を発動して栽培に適した植物をコツコツと集め宿舎に持ち帰り、徐々に畑の規模を大きくしていったのである。
「ツクっち、これ何すか?」
皆で昼ご飯を食べている時、コルレットがスティック状にカットされた野菜をコップから取り出して土筆《つくし》に尋ねる。
「それか? コルレットが今持ってるのはセロリって言う野菜だな」
コルレットは成る程と言いたげな表情で数回頷くと、別容器に入ったソースをたっぷり付けて口に運ぶ。
この世界に自生するセロリも独特の苦みを持っていて、土根《つちね》と同様、この世界では食《しょく》されていないのだが、苦み成分が凝縮している外皮を剥いて水でさらしてやれば、苦みが好きな人ならソースを付けないでそのまま食べても十分に美味しさを楽しめるだろう。
「私は野菜が余り好きじゃないけど、この堅果《けんか》で作ったソース付けたら美味しくて好きだな」
黒狼族のミルルはそう言いながら、ニンジンのスティックに数種類のナッツを砕いて作ったドレッシングを大量に付けて口の中に放り込む。
「ほらっ、ネゾンも食べなさいよ」
ミルルは横に座る弟のネゾンの皿に野菜スティックを乗せる。
「ちょっ、ねーちゃん勝手に乗せるなよ」
ネゾンは年少組らしく野菜よりも肉派で、テーブルの中央に置かれたサラダ類には一切手を付けようとしない。
「そんな事言ってると、パパみたいに強くなれないんだからね」
ミルルはそう言いながら、ネゾンの皿にサラダを追加する。
「何言ってんだよ? 俺、父ちゃんが野菜食ってるところ一度も見たことねーぞ」
ネゾンはそう言い返すと、皿に盛られた野菜を全部コルレットのお皿に移すのだった。
「あっ、こらネゾン。お行儀が悪いわよ」
黒狼族の姉弟によるコントのような会話を交えながら、昼食の時間は過ぎていくのだった……
食事の後片付けが終わり、肉狩りに行くメルを送り出した土筆《つくし》が宿舎周りの手直しに取り掛かる準備をしていた時、宿舎にゾッホからの招集要請を知らせにギルド職員が訪れる。
招集要請の内容を確認した土筆《つくし》は午後からの宿舎周りの手直しを諦めると、身支度をし冒険者ギルドへ向かうのだった……
「おっ、来たか。呼び出して悪かったな」
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「おは……んっんっウン、断れない方の招集要請でしたので」
土筆《つくし》は、まるで日の出のような目の前の風景に思わず「おはよう」と言いそうになる。
「こちらとしても断らせる訳にはいかない案件だったからな、諦めてくれると助かる」
ゾッホはそう言いながら執務机の引き出しから二通の封書を取り出すと、土筆《つくし》と会話するためにソファーへと移動する。
「土筆《つくし》、お前宛の招待状だ」
ゾッホが差し出した二通の封書にはそれぞれ別の封蝋印《ふうろういん》が押されていて、その紋章が何処の誰なのかはこの世界に疎《うと》い土筆《つくし》でも知っているのだった。
「スタオッド伯爵家とユダリルム辺境伯家ですか……」
嫌な予感がしているのか、封書に手を伸ばそうとしない土筆《つくし》に対し、ゾッホが催促するようにペーパーナイフを土筆《つくし》の手元に移動する。
「気持ちは分からないでもないが、拒否権なんぞないからな」
スタオッド伯爵家とユダリルム辺境伯家からの手紙、開封しなくても内容は安易に予想可能ではあるが、開封しなければ終わらない。
それならば終わる方がマシであると思い至った土筆《つくし》は、渋々封書の封を切るのだった。
「両家とも地竜の件ですね」
土筆《つくし》は中に入っている書状には、それぞれの領主が自国領内での地竜討伐について謁見《えっけん》の機会を与えるといった内容である。
「まあ、そうだろうな」
ゾッホは丸で他人事のように言って退ける。
「……って、予定日が明日の午後になってるんですが?」
スタオッド伯爵からの謁見日が明日になっている事に土筆《つくし》が驚く。
「まあ、その、なんだ……最初はどちらが先にお前の謁見《えっけん》を開くかで張り合ってたんだがな……お前がメゾリカ支店に所属してるもんだから、最終的にはスタオッド伯爵が先に会うことに落ち着いたらしい」
ゾッホはやれやれと言いたげな様子で裏事情を説明する。
「いやいや……それと謁見《えっけん》予定日が明日なのは関係ないでしょう?」
土筆《つくし》がごもっともなツッコミを入れる。
「関係なくはないだろう? スタオッド伯爵がユダリルム辺境伯家より先に謁見《えっけん》できる日が明日しか空いてなかったからな」
こう見えてもゾッホは貴族の世界に片足を突っ込んでいる人物なので、その辺に関しては驚くほどドライである。
「おお、忘れてた……土筆《つくし》、お前着ていく服持ってるか?」
この世界で服を新調することは、ちょっとしたイベントを催すような物だ。
異世界ラズタンテでは魔法が便利過ぎていることもあり、産業機械なんて概念そのものが存在しない。
服を新調すると言うことは完全オーダーメイドで作ることを意味し、一日二日で出来上がるような物ではないのである。
「着てく服ないって言ったら断れます?」
土筆《つくし》はゾッホから返って来る言葉が一つしかないことが分かっていても、敢えて確認する。
「無理だな」
ゾッホは即答するのだった。
「でしょうね……まあ、何とかしてみます」
土筆《つくし》はそうだろうなと納得した表情で書状を封筒に仕舞《しま》うのだった。
「くれぐれも失礼の無いように頼むぞ」
ゾッホが封書を預かっていたと言うことは、両領主の間を取り持ったのは恐らく冒険者ギルドだろう。
当然、所属している者が粗相をすれば冒険者ギルドも知らぬ顔はできないのである。
「何かあった時はゾッホさんの首でケジメ付けて下さいね」
土筆《つくし》は冗談か本気が分からないような雰囲気を醸し出しながら、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「おいおい、俺には可愛い娘が二人もいるからな。何かあった時は遠慮なく逃げさせてもらうぜ」
メゾリカ支店の責任者と思えぬ発言に、土筆《つくし》は思わず噴き出して笑うのだった。
「おっと、もう一つ忘れてた。謁見《えっけん》の際に恩賞について聞かれるだろうから、何か考えておけよ。言うまでもないだろうが、当然、スタオッド伯爵はユダリルム辺境伯に褒美の内容を自慢するからな」
要するにゾッホが言いたいのは、両領主の面子を潰さないように配慮しろってことである。
「その辺りは心得てるから大丈夫だと思う」
土筆《つくし》は前世の経験から、この手の立ち回りには慣れているのだった。
「そうだった。最後に一つだけ……この件と全く関係ない質問してもいいですか?」
ゾッホからの用件が済んだ後、帰り支度をした土筆《つくし》が尋ねる。
「んっ? 俺に答えられることなら答えるぞ」
執務机に戻ろうとしたゾッホが振り返る。
「では、お言葉に甘えて……スタンビート発生の原因は特定できたのですか?」
ゾッホは本当に両領主からの封書とは全く関係のない土筆《つくし》の質問に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「いや全くだな……発生時を知るであろう開拓村の防衛に当たっていた傭兵団は壊滅していて証言もなし。今でもそれなりの冒険者がスタンビートの原因を探ってはいるけど分からず終いの状態だ」
ゾッホを始め、冒険者ギルドやユダリルム辺境伯が知っているかは分からないが、今回のスタンビートの裏に悪魔の関与があったのを土筆《つくし》は知っている。
ゾッホ達が討伐したという、超大型の魔獣についても概ね悪魔絡みで間違いないと土筆《つくし》は考えているのだった。
「そうですが、うちで預かった獣人の子供達にも関係してるので、何か分かったら教えてください」
土筆《つくし》は自身の目的のために子供達を利用してしまったことに少なからず罪悪感を覚えながら、ゾッホにお願いをするのだった。
「ああ、それについては特に秘匿情報でもないからな。進展があったら随時情報開示は行う予定だ」
ゾッホは真剣な眼差しで土筆《つくし》と約束を交わすのだった。
「ああ……そう言えば」
土筆《つくし》がゾッホの執務室から出ようとした時に、ゾッホが何か思い出したように声を上げる。
「以前、お前に橋の損壊で指名依頼出しただろう?」
ゾッホが言っているのは、土筆《つくし》が宿舎に引っ越した日に緊急の指名依頼で請け負った橋の応急処置のことである。
「その時現場で一悶着起こした……んー、あの貴族……んー、何だったっけ……」
ゾッホはガガモンズ家の名前が出てこない。
「ハゲモンズ家ですか?」
土筆《つくし》はわざと間違えて呟く。
「そう、それだ、ハゲモンズ家がな、あの日以来行方不明になってるらしい」
確かに、あの日ガガモンズ家の馬車は獣人の親子を橋から突き落として東へ駆け抜けて行ったが、現時点で集まっている情報だけでは、ガガモンズ家とスタンビート発生に因果を見出すことはできない。
「神罰でも下ったんじゃないですか?」
この世界にはリアルに神が存在してるので、実際に神罰が下る事は有り得る。
「いや、それがな……スタンビートに巻き込まれた形跡もなく、遺体や馬車の残骸すら発見されてないみたいだ」
この世界では貴族の失踪なんて珍しくもない。
跡取り問題で身内を毒殺するようなことが普通に有り得るのだから、あの禿げ貴族が暗殺者のターゲットにされていたとしても何の不思議でもないのである。
「東の森で今分かってる事はそれ位だな」
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