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第一部 土筆とスタンビート編

第三十一話 土筆と八人の孤児③

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 土筆《つくし》が農作業を終えて宿舎西棟一階ロビーに戻ると、偶然にも宿舎の出入り口から入って来たメルと鉢合せする。

「たっだいまー」

 持ち運び用の葉に包まれたウッガーの肉を両手で抱えたメルは土筆《つくし》にそれを手渡そうと近寄るが、土筆《つくし》が自身の両手を軽く挙げて受け取るのを拒む。

「おかえり、メル。悪いけど手が汚れてるからカウンターの上でお願いできるかな?」

 体の所々に土汚れを付けている土筆《つくし》の姿を見たメルは笑って頷くと、ウッガーの肉持ったままカウンターの方へ歩いて行くのだった。


 自室に戻った土筆《つくし》は服を着替え、ついでに浄化の魔法を使用して体の汚れを落とす。

 一階に戻った土筆《つくし》が夕食の準備を始めると、子供達の部屋の割り当てを終えたコルレットが、皆を連れて戻ってくるのだった。

「ツクっち、戻ったっすよー」

 随分と子供達に懐かれてご満悦のコルレットはいつにも増して口許が緩んでいて、その口許の緩みに気付いてしまった土筆《つくし》は、咄嗟に口元に腕を当てて笑いを隠す。

「あっ、メル先輩発見っす。ちわーっす」

 テーブルで一人おやつを頬張るメルは子供達に興味を示す事もなく、コルレットに挨拶を返すと、新しいおやつを摘まんで口の中に放り込む。

 子供達の視線がメルの食べているおやつに釘付けになっているのを察した土筆《つくし》は、用意しておいたおやつを素早くテーブルに並べ、子供達に振舞うのだった。

「直《じき》に食事の用意が終わるから、おやつ食べたらテーブルを移動な」

 土筆《つくし》は子供達がどれくらいご飯を食べるのか見当がつかなかった為、今夜はシッティング・ビュッフェのスタイルで食事をしようと考えていた。
 シッティング・ビュッフェであれば、大皿に盛りつけた料理を各々が食べたい分だけ取り分けることができるので、子供達も気兼ねなく食べたいだけ食べることができる。

 土筆《つくし》は手際よく数種類の料理を大皿に盛り付けてカウンターに並べると、子供達に取り皿を手渡す。

「お行儀よく順番にな」

 土筆《つくし》から取り皿を受け取った子供達がカウンター前に集まると、年長者である白狼の獣人ルウツによる取り仕切りで、年少者である白狐の獣人ラーファから順に料理を取り分けていく。
 土筆《つくし》はその様子に感心しながらも、子供達の食べる量や好き嫌いなどを観察することを忘れない。
 子供達が料理を取り分けて席に戻ったのを確認した土筆《つくし》は、残った料理を皿に移してメル達の前に並べていく。
 こうして、子供達が宿舎にやって来て初めての食事会が開催されるのだった。


 食事が終わり飲み物を用意したところで自己紹介が始まったのだが、子供達の中でうとうとと眠たそうにする子が出てきたため、話を聞くのは明日以降に先送りされることとなった。

 完全に寝入ってしまったラーファを起こさないようにコルレットが優しく抱き抱えると、部屋の割り当てを覚えるため土筆《つくし》も同行して宿舎北棟二階にある宿泊用の部屋へ移動する事になった。

 土筆《つくし》達が居る食堂兼休憩室から宿舎北棟二階へ移動するには、一度ロビーから中庭に出て外階段を使い、ポプリの部屋の扉の向かい側にある出入り口から廊下に入れば良いのだが、中庭には照明が設置されていないので暗闇を照らすためのランタンが必要になる。

 土筆《つくし》は予備のランタンを子供達に手渡し、自らが先導する形で宿舎北棟二階まで辿り着くと、おやすみの挨拶と共に子供達の部屋の割り振りを覚えていく。

 部屋の割り振りは血の繋がりで分けたようで、白狼族のルウツとホッツ、黒狼族のミルルとネゾン、白狐族のエトラとラーファ、そして残ったホズミとシェイラの四部屋になっていた。

 それぞれの部屋にはコルレットが奮発して用意した一通りの家具や寝具が揃っていて、切れているはずの照明用の魔法石も新しい物に取り換えられていたのだった……


 子供達全員を部屋まで送り届けた土筆《つくし》とコルレットが食堂兼休憩室に戻ると、土筆《つくし》達が帰って来るのを待っていたメルと読書にふけっているポプリとでテーブルを囲む。

「癒されるっす」

 コルレットが緩みまくった頬に両手を添え、プリンのようにプルプルと揺れながら身悶えている。
 土筆《つくし》は人数分の飲み物をテーブルに置くと、メルに事後報告になってしまったことを謝罪し経緯を説明する。

「うんうん。それは大変だったね」

 メルは土筆《つくし》の説明に耳を傾けはするものの、あまり興味を示す事は無かった。

「その手の話は土筆《つくし》君にお任せするよ」

 一瞬、ポプリは自身の記憶に残っているメルと目の前に実在しているメルとの差異に衝撃を受けて体を強張らせるのだが、それに気づいたのはコルレットだけだった。

「話も聞いたし、寝るねー」

 メルは欠伸《あくび》をしながらそう言うと、大きく伸びをして立ち上がり、自室へと戻って行くのだった……


 土筆《つくし》はメルへの説明が終わり胸のつかえが下りると、原料として残しておいた土根を手に厨房に入って行く。

 コルレットは土筆《つくし》を眺めながらポプリの様子を窺うが、問題ないと判断したのか立ち上がってカウンター席に移動するのだった。

「ツクっち、行けそうっすか?」

 コルレットがカウンター越しから厨房の中を覗き込むと、綺麗に皮をむかれた土根がサイコロ状に小さくカットされ鍋に投入されるところだった。

「どうだろう? 時間は掛かるけど、作業自体は難しくないから形にはなると思う」

 土根から糖分を抽出する方法は簡単で、沸騰させない程度に温めたお湯に土根を入れて漬け、ゆっくりと成分をお湯に溶かして行く。十分に成分が溶け出たら土根を鍋から全部取り出し、後は残った湯の灰汁《あく》を取りならがひたすら煮詰めていくのである。

「これで砂糖が作れたら子供達も大喜びっすねー」

 コルレットは自分の事のように喜ぶのだった……


 土筆《つくし》の砂糖抽出作業は黙々と進み、最後の工程である灰汁《あく》取りに入った頃、コルレットがふと土筆《つくし》に質問を投げ掛ける。

「そう言えばツクっち、気付いてるっすか?」

 コルレットからの突然の問い掛けに、土筆《つくし》は砂糖抽出作業で何か間違いをしているのかと勘違いをする。

「気付くって……俺、何か間違ってたか?」

 コルレットは思惑通りの返答に笑みを浮かべると、話の本題に入っていく。

「そうじゃないっす。あの子達の中に幻覚魔法で姿形を変えている子が居ることっすよ」

 幻覚魔法とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、いわゆる生物の五感に作用して錯覚を引き起こす魔法の総称であり、高位魔法になれば対象の容姿でさえも扮装させることが可能である。
 幻覚魔法の効果は術者の発する魔力と対象者の持っている魔力耐性との力の兼ね合いにより効果の度合いが決定するのだが、天使であるコルレットやポプリ、そしてメルに於いては魔法耐性が極めて高いので、それこそ相手が魔王クラスでもない限り幻覚魔法に陥るような事態は訪れないだろう。

「そうなんだ。それは気付かなかったな」

 土筆《つくし》は浮かんでくる灰汁《あく》を丁寧に掬《すく》い取ると、用意した別の容器に流し込む。

「でも、あの子達から悪意のようなものは全く感じなかったから、問い質《ただ》すつもりもないけどね」

 想定していた通りの土筆《つくし》らしい返答に、コルレットはもう一度笑みを浮かべる。

「さすがツクっちっす。時が来れば子供達の方から話してくれるとコルレットちゃんも思うっすよー」

 コルレットは和やかな口調でそう告げると、伝えるべきことは伝えたと満足し、腰掛けていたカウンターの椅子から立ち上がる。

「助けてくださいっ」

 コルレットが帰ろうとしていたところに、ホズミが息を切らしながら走り込んで大声で叫ぶ。

「どっ、どうしたっすかっ?」

 さすがのコルレットも驚いたのか、目を丸くして声を上げる。

「シェイラがっ……」

 土筆《つくし》は脱兎之勢《だっとのいきおい》で厨房の中から駆け付けると、ホズミをあやすように優しく背中に手を当てる。

「ツクっち、よく分からないけど行くっすよ」

 コルレットはそう言い残すと、電光石火《でんこうせっか》のスピードで駆け出していく。
 土筆は本を開いたままこちらを見ていたポプリとアイコンタクトを取ると、ホズミと共にコルレットの後を追うのだった……
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