霧開けて、明暗

小島秋人

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2020/03/05

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2020/03/05

 医学的な知識が有るわけではない、ただ一回の体験に基づいた主張に過ぎないと言う前提で話がしたい。母方の祖父の話だ。
 晩年に痴呆症を患って施設への入所を余儀無くされた祖父であったが、その生活態度は生来のそれと相違無く穏やかで、尚且つ男らしいと呼べる程度に粗野な所を残していた。
 自分を含む親族に掛ける言葉にも年相応の衰えが見えるだけで常の祖父そのもので、見舞いに訪れる度に話をしてくれた事を今でも覚えている。まぁその悉くが既に他界した別の親族と取り違えた会話ではあったのだが。
 そんな折、見舞いに出向いた親族との談笑の最中唐突に思い出したように祖父が自分に視線をやり口を開いた。

 「お前、来年は大学受験だったか」
 正しく当時の自分は高校最後の年、目前には入学試験を控える受験生の身であった。久方ぶりの正常な会話に思わず目頭が熱くなったが寸での所で堪え、暫し談笑を楽しんだ後次回の訪問の約束をしてその日は帰宅した。
 程無く逝去の報を受けたため、結局再会の約束は果たせず仕舞いであったのだが。

 一つ気掛かりだったのは瞬間見せた祖父の回復ぶりだった、聞く所によると似たような話は間間有るらしい。そうなると問題なのは、自分が現状継続している長期的自死には一体如何ばかりの意義があるのかと言う事である。

 抑が「前後不覚に成る程老いさらばえて君の記憶が無くなる前」を目標値として計画していた事なのだが、今際の際に至って迎えに来る彼を見失う恐れがないのであれば、長く生きる事に殊更絶望せずとも良いのではないか、と。

 「どう思う?」
 「どっちでも良いやい」
 あぁ、まぁそう言うだろうとは思ったのだが。
 「大体迎えに来てくれると信じ込んでるのも都合良すぎない?」
 「なんだ、来てくれないのか」
 「いや行くけど」
 来るんかい。
 「もうちょっと有難がってくれても良いんじゃないの」
 「そりゃあ十分有難いさ、『勝手に来い』と言われても文句言える立場でなし」
 「相変わらず自己評価低いなぁ」

 そう、別に愛されている事への疑いは無い。誰しもが耳に胝なのだろうが。問題は自分の内面にあり、元来の自身の価値に疑問符の多いこと受け合いなのだ。

 「お前みたいな美人と付き合えているだけ俺も大したもんだと思えれば良いんだが」
 「それは肯定すると俺が恥ずかしいやつだからやめて」
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