霧開けて、明暗

小島秋人

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2020/02/22

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2020/02/22

  思い返せば、所謂人並みの人生設計に見切りをつけ切って過ごしたこの一年に不眠の癖は幾分かの恢復を見せている。オーギュストの銅像よりも幾分か躍動的に布団を這い擦り回った記憶とはこの所大分ご無沙汰であったように思えるが、要因は何なのだか。先に述べた様な見切りは程度に差は有れど長く意識下に抱えては居た様に思うので、直接的な要因がふと気になってしまったので今日の論旨は此れで行こう。

 語るに当たり自分の考える「人並み」の定義も明瞭にしておこうと決した、恐らく其の何れかを手繰れば心当たりにも行き着くだろう。思うに、添い遂げる相手を見繕って世帯を築けば大概に人並みと言えるのではなかろうか。些かの前時代的価値観は否めないが、まぁ中流の思う其れに変化が無いのは俗世の風潮に異議を申し立てて欲しい。

 「思い出と添い遂げる覚悟が漸く決まったってところなのかねぇ」
 「そうなの?良い事じゃん」
 「…てっきり『遅い』だの『今更?』だの言われかねんと思ったんだが」
 「言わないよぉ」
 傍らの君は目を細める、酔いどれの様に甘く漏らす声の蠱惑的な事よ。
 「文句は言わない、どう生きてたって認めてあげる」
 膝を抱える前腕に顔を沈めながら囁いている。羞恥?いや単純に睡魔に襲われているなこれは。

 「偶には叱り付けてくれた方が生活に張り合いが出そうなもんだが」
 「うーん…あんまり生きるのに張り切られても、ね」
 あぁ、それも本音なのだろうとは理解している。
 我々の想いあう価値観は奇妙な程近い。自分に置き換えて考えてみれば彼の望みは大概にして知れるのだから喧嘩らしい喧嘩の記憶も無い。

 彼岸に先に渡ったのが自分だったとしよう。残された彼が如何にか己の身を貶めようとも恋慕が冷める訳は無し。逆に振り切って人生を謳歌しようと言うのなら、其れを咎める悋気も押し込めよう。とは言え、自分が二の次にされる事に後ろ髪を引かれて欲しいと心の隅で我儘を言うのだろう。仕様の無い事だ、理性で押し込めるには思いの丈が少々以上に規格外に過ぎる。

 「甚助晒して怒り散らす様も見てみたい気はするが」
 「嫌だよ、みっともない」
 「そうだろうが、其れを我慢しない関係でもあるだろうよ」
 「それ、そうやって許すなら態々見せる必要ないじゃん?」
 さもあらん、思考が似通うと言うのも考え物で、表出すべき感情も然程に湧く機会が奪われてしまう点だけは難儀であると言わざるを得ない。
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