一緒に地獄に落ちてくれ

小島秋人

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わぁい後門には狼だぁい

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  『わぁい後門には狼だぁい』

 「あぁ、ちょっと待った」
 不承不承立ち上がった彼を呼び止める。

 「君はシャワーの前にコレも済ませて貰わんとな」
 先程卓上に並べずにおいた品物を紙袋ごと手渡した。

 「…なにコレ」
 「女性の前では説明が憚られるな、まぁ見りゃ解る」
 怪訝な表情を更に険しくして寝室を後にする背を見送った。

 「あ、『頭は洗うなよ』と言い損ねた」
 「…不安ね、自分で気付ける程気の回る男ではないわよ?」
 「えっ?普通は洗わないの?」
 おっと…失言だった。

 「まぁ…基本的にはデートの締め括りでお泊まりする時の作法だから余り気にする事でもないだろうよ」
 「もし当日に髪を念入りにセットしてしまっていたら勿体無いでしょう?まぁあの男ならどちらにしても大差ないのだから気にしなくて大丈夫よ」
 「えぇ!?知らなかった!言ってよ!ウチ思いっきり髪洗っちゃってたじゃん!」
 「あの状況でそんなお小言言って水差せるかよ…」
 抑走り通しで髪が頬に張り付く程汗ばんでいたのだからあの時は例外だろう。

 「…そう言えば、その時の事について聞いて欲しい事が有るの」
 「なんだ、『よくも愛娘の純潔を』とでも言いてぇのか」
 相手の表情を窺わず反射的に軽口を返すのは私の数多い悪癖の一つだ。今回もそうだったらしく、お嬢が割合真剣な表情に戻っていた事に気付かなかった。

 「…すまん、聞こうじゃないか」
 慌てて居住まいを正し向き直した。お嬢はまぁ良いでしょうとでも言わんばかり溜め息を一つ漏らしてから徐に口を開いた。

 「…今更後込みしている訳ではないと、先に念を押させて欲しいの」
 普段の竹を割ったような性格と裏腹に迂遠な前置きから始まった。了解を求める不安げな顔に首肯で返し続きを促す。

 「…正直、自分が不甲斐ないわ」
 組んでいた腕をいつの間にか腰に回し傍らの少女を半ば胸元に抱き留める様な体勢を取っている。

 「この子をいつの間にか追い詰めてしまって、貴方一人に重荷を背負わせて…」
 「違うよ!」
 寄せられた体を敢えて離し、確とお嬢の眼を見つめ少女は叫んだ。

 「…きっと、皆がちょっとずつ、勇気が足りなかったんだよ…」
 失われていく自信に比例する様に言葉尻が掠れるように小さくなっていく。

 「ウチも、いいんちょも、アイツも、兄ちゃんも」
 すがる様に伸ばされた手を思わず握り締めた。反対の手はお嬢の掌中に有る。

 「大事すぎて、壊すのが怖くて、『そんな事にはならない』って、言い切れる自信とか、かくごとか、ほかにもたくさん、が」
 滅裂で、悲痛な、消え入りそうな叫びはこれ以上無い程に涙に濡れていた。

 「ええ、そうね…皆一緒、彼の言う通り『共犯者』が相応しいわね」
 いや、俺は身体貸すだけで精神的には部外者の心算なんだが…

 口にこそ出さない迄もそんな空気を無意識に出していたらしい。握る手と向けられる視線が心なしかキツい。

 「…人に此処まで用意をさせといて逃げんなよ」
 わぁい後門には狼だぁい。濡れ烏が幾分さっぱりした様子で不満げに私の背中に足裏を乗せてきていた。

 「あら、お早いお帰りね…口では抵抗していた癖に彼の手管には興味津々なのかしら、汚らわしい、出ていってくれるかしら」
 「いや、汚い部分はかなりマシになってると思うぞ…つーかそうでないと困る」
 「最低ね」
 「…なんの話してるの?」
 「聞くな…マジで聞くな…本当に出て行きたくなる」
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