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Fragrance 6-キオクノカオリ-
第6話『ギャップ』
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須藤さんは男性だった。
その衝撃的な事実に、俺と奈央は暫くの間、言葉に出すことはできなかった。目の前にいる女性らしい人がまさか男性だったなんて。
きっと、父さんは今のような気持ちを味わったんだ。
「でも、信じられないです。だって、声も顔も、体つきも……女性そのものじゃないですか。まさか、男だったなんて……」
「あぁ、今は戸籍上も女性だよ。豊胸だってヒロくんと別れた後にしたことだから。だから、隼人君と奈央ちゃんが女性だと思うのは正解なんだよ」
やっぱり、さすがに今の須藤さんは既に体に色々と施しているのか。つまり、彼女は元男性ってことになるのか。
「でも、声なんて女性そのものですよね」
「うん。声変わりは一度も来なかったからね。当時はもちろん胸はなくて、男性としてのものもあって……えっちをする直前にばれちゃったんだよね。もちろん、それまでに何度も男だって言おうかどうか悩んだんだけど、結局言えなかった」
まあ、世の中には女性らしい男性もいるし、父さんは純粋に、可愛らしい須藤さんのことが好きになったんだろう。それに、体は男性で心が男性というパターンもあり得る。ただ、いずれにせよ父さんは女性だと思っていた。
「ちなみに、母さんは知っていたんですか? 須藤さんが男であることを」
「うん、出会った直後に男だって言ったよ」
「……父さんに一目惚れしたとき、母さんは何も言わなかったんですか?」
「うん、何も言わなかったよ。例え、相手が男性でも人を好きになる気持ちは自由だって」
「そうだったんですか」
だから、遥香と父さんが言い争いになっても、母さんは遥香を否定するようなことを言わなかったんだ。遥香に助け船を出さなかったのは……遥香自身で乗り越えるべきだと思ったからかな。
「私がヒロくんと付き合い始めてからも、トモちゃんは私が男であることを言わなかったの」
「でも、他の生徒からあなたが男だってばれませんか?」
「……不思議とばれなかったわね。私自身も入学して、自分が男だって明かしたのはトモちゃんだけだったし、普通は自分の性別なんて言わないでしょ?」
「そりゃそうですね」
当時の須藤さんがどんな感じだったのか分からないけれど、ほぼ全ての人が彼女のことを女性と思っていただろう。今のような豊満な胸でなくても……きっと、女性だと思われるだろうな。慎ましやかな胸の女性もいるし。パッドなどを入れて胸があるように見せていたかもしれないし。
「小さい頃から心と体のギャップはあった。それでも、みんなが可愛いって言ってくれて女性のように付き合ってくれたから、何も気にせずに頑張れた」
須藤さんはふっ、と切なそうに笑った。
「好きだっていうありのままの気持ちでヒロくんと接することができたのに、どうして男だっていうありのままのことを伝えられなかったのかなぁ、って20年以上経った今でも思うときがあるよ。事実を伝えたときに、ヒロくんにどう思われちゃうのかが怖かったんだと思うけれど……」
当時の須藤さんは父さんのことを異性として恋愛感情を抱いた。その心は当然女性だけれど、体は男性だった。そのギャップを父さんと伝えることができぬまま、父さんと一線を越える手前まで来てしまったんだ。
「……えっちなことをするんだって分かったとき、凄く恐くなった。男であることがばれるって。でも、同時に……ばれるならこのまま自然な流れでばれた方がいいって思った自分もいた。ヒロくんに服を脱がされて、私が男であることを彼に知られた」
「そのとき、隼人のお父さんはどんな反応をしたんですか?」
「……一切、怒らなかったわ。どうして騙したんだって怒られるんじゃないか、ってビクビクしてた。でも、ヒロくんは悲しげな顔は見せたけれど、終始落ち着いて別れた方がいい、別れよう、って言って帰って行ったの」
確かに、普通に女性だと思って付き合っていた人が実は男性だったと知れば、その衝撃は計り知れない。そして、男性だと知ったことで、父さんは須藤さんとの未来を考えることができなくなってしまったんだ。
「なるほど、これで納得した。どうして遥香に強く当たったのか。自分自身が既に経験していたからですね」
「うん。きっと、遥香ちゃんが傷付く原因を作ったのは私。20年以上経っても癒えることのない傷を彼の心に刻んでしまったのね」
そう言う須藤さんの眼からは一筋の涙が流れた。そこには20年以上の悲しみや悔しさが溶け込んでいるのだろうか。
「きっと、ヒロくんはそのことがきっかけで、人の心理について大学で教えながら研究し続けているんだと思う。だって、人の心は無限大に可能性があって、自由じゃない。もちろん、どんな人が好きになるかなんて、素敵な自由」
「……父さんは遥香や、遥香と付き合っている恋人のために、厳しい態度を取ったんでしょうね。自分と同じような経験を娘にもしてほしくなかったから。須藤さんと同じ気持ちを味合わせたくなかったから」
「きっと、そうだと思うわ。ヒロくんは私の将来を考えて、別れたんだと思う。男同士では結婚できなければ、子供だって作ることはできない。今は女性として生きて、体って女性らしくなっているけれど、それでもヒロくんは私と別れていたと思う」
結婚をすること。子供を作ること。当時の父さんはきっと、須藤さんと一緒にそんな未来を歩きたかったに違いない。
けれど、須藤さんが男性だったこともあって、そんな夢は端から叶うわけがなくて。それを知ったショックは相当なものだったはずだ。それと同じような想いを娘の遥香に味合わせてはいけないと思ったんだ。
「……ちなみに、母さんとはどのように付き合い始めたんですか。やっぱり、須藤さんと別れてしばらく経ってからだったんですか?」
「ううん、そんなことなかったよ。私と別れてから半月ぐらい経ったときかな。トモちゃんから、ヒロくんと付き合うことになったって言われて。それを聞いたとき、もう安心しちゃって」
「……割と復活が早かったんですね」
意外だ。今日の父さんを見ていたら、須藤さんと別れたことを相当引きずっていただろうと思ったから。
「まあ、元々トモちゃんとは普通に親交はあったからね。トモちゃんがヒロくんのことを支える決心をして、そんな彼女にヒロくんは救われたみたい。トモちゃんと一緒にいるヒロくんを遠くで見ていたけれど、私と付き合っているとき以上に楽しそうな表情をしていたわ」
「そうだったんですか……」
きっと、それ以降の話は俺や遥香も両親から聞かされていることだ。大学を卒業してすぐに同棲を始め、結婚や俺が産まれたのも、須藤さんの話から数年ほどしか経っていないんじゃないだろうか。
「あの日以降にヒロくんと会って話したのは、大学の卒業式と2人の結婚式。そして、15年ほど前に幼かったあなた達と遥香ちゃんに会ったときだけ。まあ、ヒロくんがイギリスの大学で教鞭を執っているっていうのもあるけれど。トモちゃんとは定期的に会っているから、坂井家の近況は知っているんだけどね」
そういえば、母さん……たまに大学時代の友人と会ってきたって話すときがあるけど、その友人って須藤さんのことだったんだ。
「まさか、隼人や遥香ちゃんが産まれるまでにそんなドラマがあったなんて。今も驚いているよ」
「俺だって驚いているぞ。父さんが須藤さんっていう人と付き合っていた自体で」
「……ふふっ。隼人君と奈央ちゃんは良いカップルになりそうね」
「まあ、互いによほどのことがない限り、奈央とはずっと一緒にいると思います。今までがそうだったんで」
「は、隼人……」
奈央は俺のことを見ようとはしなかったけど、とても嬉しそうな表情をしていた。
「さらりとそんなことを言うなんて、さすがは隼人君って感じ。奈央ちゃんと付き合うまでは女性のことで結構大変だったんじゃない?」
「そ、そうですね……」
女性恐怖症的なことで大変だった時期が長かったな。そのせいで何度か死にかけたこともあったし。
「今の隼人君を見ていると、こんな未来で良かったなって思えるわ。早く遥香ちゃんにも会ってみたい」
今の須藤さんの笑顔からは悲しみは大分取れているように見える。それでも尚、残っている悲しみは父さんや遥香に会えばなくなるかな。
「……ヒロくんを救えるのは遥香ちゃんと、彼女と付き合っている恋人だけ。きっと、遥香ちゃんは大丈夫よ。たぶん、恋人を連れて家に帰ってくるだろうから。だから、私達も家に帰りましょう」
「そうですね」
遥香と絢さんならきっと、こんなことでは別れないはずだ。その気持ちをきっと父さんに伝えようと絢さんと一緒に家に帰ってくると信じよう。
それから程なくして、俺達は喫茶店を出て家に帰るのであった。
その衝撃的な事実に、俺と奈央は暫くの間、言葉に出すことはできなかった。目の前にいる女性らしい人がまさか男性だったなんて。
きっと、父さんは今のような気持ちを味わったんだ。
「でも、信じられないです。だって、声も顔も、体つきも……女性そのものじゃないですか。まさか、男だったなんて……」
「あぁ、今は戸籍上も女性だよ。豊胸だってヒロくんと別れた後にしたことだから。だから、隼人君と奈央ちゃんが女性だと思うのは正解なんだよ」
やっぱり、さすがに今の須藤さんは既に体に色々と施しているのか。つまり、彼女は元男性ってことになるのか。
「でも、声なんて女性そのものですよね」
「うん。声変わりは一度も来なかったからね。当時はもちろん胸はなくて、男性としてのものもあって……えっちをする直前にばれちゃったんだよね。もちろん、それまでに何度も男だって言おうかどうか悩んだんだけど、結局言えなかった」
まあ、世の中には女性らしい男性もいるし、父さんは純粋に、可愛らしい須藤さんのことが好きになったんだろう。それに、体は男性で心が男性というパターンもあり得る。ただ、いずれにせよ父さんは女性だと思っていた。
「ちなみに、母さんは知っていたんですか? 須藤さんが男であることを」
「うん、出会った直後に男だって言ったよ」
「……父さんに一目惚れしたとき、母さんは何も言わなかったんですか?」
「うん、何も言わなかったよ。例え、相手が男性でも人を好きになる気持ちは自由だって」
「そうだったんですか」
だから、遥香と父さんが言い争いになっても、母さんは遥香を否定するようなことを言わなかったんだ。遥香に助け船を出さなかったのは……遥香自身で乗り越えるべきだと思ったからかな。
「私がヒロくんと付き合い始めてからも、トモちゃんは私が男であることを言わなかったの」
「でも、他の生徒からあなたが男だってばれませんか?」
「……不思議とばれなかったわね。私自身も入学して、自分が男だって明かしたのはトモちゃんだけだったし、普通は自分の性別なんて言わないでしょ?」
「そりゃそうですね」
当時の須藤さんがどんな感じだったのか分からないけれど、ほぼ全ての人が彼女のことを女性と思っていただろう。今のような豊満な胸でなくても……きっと、女性だと思われるだろうな。慎ましやかな胸の女性もいるし。パッドなどを入れて胸があるように見せていたかもしれないし。
「小さい頃から心と体のギャップはあった。それでも、みんなが可愛いって言ってくれて女性のように付き合ってくれたから、何も気にせずに頑張れた」
須藤さんはふっ、と切なそうに笑った。
「好きだっていうありのままの気持ちでヒロくんと接することができたのに、どうして男だっていうありのままのことを伝えられなかったのかなぁ、って20年以上経った今でも思うときがあるよ。事実を伝えたときに、ヒロくんにどう思われちゃうのかが怖かったんだと思うけれど……」
当時の須藤さんは父さんのことを異性として恋愛感情を抱いた。その心は当然女性だけれど、体は男性だった。そのギャップを父さんと伝えることができぬまま、父さんと一線を越える手前まで来てしまったんだ。
「……えっちなことをするんだって分かったとき、凄く恐くなった。男であることがばれるって。でも、同時に……ばれるならこのまま自然な流れでばれた方がいいって思った自分もいた。ヒロくんに服を脱がされて、私が男であることを彼に知られた」
「そのとき、隼人のお父さんはどんな反応をしたんですか?」
「……一切、怒らなかったわ。どうして騙したんだって怒られるんじゃないか、ってビクビクしてた。でも、ヒロくんは悲しげな顔は見せたけれど、終始落ち着いて別れた方がいい、別れよう、って言って帰って行ったの」
確かに、普通に女性だと思って付き合っていた人が実は男性だったと知れば、その衝撃は計り知れない。そして、男性だと知ったことで、父さんは須藤さんとの未来を考えることができなくなってしまったんだ。
「なるほど、これで納得した。どうして遥香に強く当たったのか。自分自身が既に経験していたからですね」
「うん。きっと、遥香ちゃんが傷付く原因を作ったのは私。20年以上経っても癒えることのない傷を彼の心に刻んでしまったのね」
そう言う須藤さんの眼からは一筋の涙が流れた。そこには20年以上の悲しみや悔しさが溶け込んでいるのだろうか。
「きっと、ヒロくんはそのことがきっかけで、人の心理について大学で教えながら研究し続けているんだと思う。だって、人の心は無限大に可能性があって、自由じゃない。もちろん、どんな人が好きになるかなんて、素敵な自由」
「……父さんは遥香や、遥香と付き合っている恋人のために、厳しい態度を取ったんでしょうね。自分と同じような経験を娘にもしてほしくなかったから。須藤さんと同じ気持ちを味合わせたくなかったから」
「きっと、そうだと思うわ。ヒロくんは私の将来を考えて、別れたんだと思う。男同士では結婚できなければ、子供だって作ることはできない。今は女性として生きて、体って女性らしくなっているけれど、それでもヒロくんは私と別れていたと思う」
結婚をすること。子供を作ること。当時の父さんはきっと、須藤さんと一緒にそんな未来を歩きたかったに違いない。
けれど、須藤さんが男性だったこともあって、そんな夢は端から叶うわけがなくて。それを知ったショックは相当なものだったはずだ。それと同じような想いを娘の遥香に味合わせてはいけないと思ったんだ。
「……ちなみに、母さんとはどのように付き合い始めたんですか。やっぱり、須藤さんと別れてしばらく経ってからだったんですか?」
「ううん、そんなことなかったよ。私と別れてから半月ぐらい経ったときかな。トモちゃんから、ヒロくんと付き合うことになったって言われて。それを聞いたとき、もう安心しちゃって」
「……割と復活が早かったんですね」
意外だ。今日の父さんを見ていたら、須藤さんと別れたことを相当引きずっていただろうと思ったから。
「まあ、元々トモちゃんとは普通に親交はあったからね。トモちゃんがヒロくんのことを支える決心をして、そんな彼女にヒロくんは救われたみたい。トモちゃんと一緒にいるヒロくんを遠くで見ていたけれど、私と付き合っているとき以上に楽しそうな表情をしていたわ」
「そうだったんですか……」
きっと、それ以降の話は俺や遥香も両親から聞かされていることだ。大学を卒業してすぐに同棲を始め、結婚や俺が産まれたのも、須藤さんの話から数年ほどしか経っていないんじゃないだろうか。
「あの日以降にヒロくんと会って話したのは、大学の卒業式と2人の結婚式。そして、15年ほど前に幼かったあなた達と遥香ちゃんに会ったときだけ。まあ、ヒロくんがイギリスの大学で教鞭を執っているっていうのもあるけれど。トモちゃんとは定期的に会っているから、坂井家の近況は知っているんだけどね」
そういえば、母さん……たまに大学時代の友人と会ってきたって話すときがあるけど、その友人って須藤さんのことだったんだ。
「まさか、隼人や遥香ちゃんが産まれるまでにそんなドラマがあったなんて。今も驚いているよ」
「俺だって驚いているぞ。父さんが須藤さんっていう人と付き合っていた自体で」
「……ふふっ。隼人君と奈央ちゃんは良いカップルになりそうね」
「まあ、互いによほどのことがない限り、奈央とはずっと一緒にいると思います。今までがそうだったんで」
「は、隼人……」
奈央は俺のことを見ようとはしなかったけど、とても嬉しそうな表情をしていた。
「さらりとそんなことを言うなんて、さすがは隼人君って感じ。奈央ちゃんと付き合うまでは女性のことで結構大変だったんじゃない?」
「そ、そうですね……」
女性恐怖症的なことで大変だった時期が長かったな。そのせいで何度か死にかけたこともあったし。
「今の隼人君を見ていると、こんな未来で良かったなって思えるわ。早く遥香ちゃんにも会ってみたい」
今の須藤さんの笑顔からは悲しみは大分取れているように見える。それでも尚、残っている悲しみは父さんや遥香に会えばなくなるかな。
「……ヒロくんを救えるのは遥香ちゃんと、彼女と付き合っている恋人だけ。きっと、遥香ちゃんは大丈夫よ。たぶん、恋人を連れて家に帰ってくるだろうから。だから、私達も家に帰りましょう」
「そうですね」
遥香と絢さんならきっと、こんなことでは別れないはずだ。その気持ちをきっと父さんに伝えようと絢さんと一緒に家に帰ってくると信じよう。
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