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Fragrance 6-キオクノカオリ-
第3話『モトコイ』
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「恋心を馬鹿にするような人は絶対に許さないんだから! お父さんなんて、大嫌い!」
遥香はそう言ってリビングを出て行ってしまった。
今までも父さんが俺や遥香を叱ったことはあったけれど、今日の父さんはいつもと違うように見えた。娘を大切にする親心も感じられたけど、それよりも同性で付き合うことに対する憎悪の方が次第に強いように思えた。
「父さんの気持ちも分からなくはないけど、どうして遥香にああいう言い方をするんだ! 遥香の気持ちだって少しは考えろよ」
「親だからこそ、時には非情にならないといけないときがあるんだ。今の遥香を見たらそのくらいのことを言わないと原田さんとは別れないだろうから」
「そういう風には感じなかったけれど。どういう理由かは知らないけど、父さんは一個人として同性で付き合うことに嫌悪感を抱いているんだ。そこに、親として娘のことを考えていることの欠片さえ感じられない」
きっと、遥香はそれを感じたから家を飛び出したんだ。親心が故の反対であれば、遥香があんな態度を取ることはないと思う。
「親だからこそ、遥香の気持ちを尊重して、遥香を信じてもいいんじゃないのか。そんな言葉を一切口にしなかった父さんは最低だ」
こんなに怒ったのは今までにないと思う。雅先輩のときでさえも、ここまでの怒りは抱かなかった。父さんの言葉を借りれば、親だからこそ……こんなにも苛立つんだ。
「俺が遥香を探してくる。遥香を家に連れ戻したら、遥香に謝ってもらうからな。絶対に!」
父さんにそう言って、俺は家から出る。
「……探しに行くとは言ったものの、あいつがどこに行ったのか分からないな……」
ただ、父さんとの話の流れから考えると、遥香はきっと原田さんに会いたいと思っているはずだ。
以前、絢さんが住んでいるのは潮浜市だと聞いた。ここから行くには電車を使うのが必須だ。まさか、こんなに暑い中歩くのは無謀すぎる。
そういえば、天羽女子は昨日で期末試験が終わっている。そして、絢さんは今月末にインターハイを控えている。つまり、
「天羽女子高校か」
遥香はきっとそこにいる。陸上部の活動に参加している絢さんに会いに行っているんだ。
今の俺はもう女性恐怖症じゃない。だから、天羽女子高校に向かって迷わず走り始めたときだった。
「きゃっ!」
一番近くの交差点で、出会い頭に女性とぶつかってしまう。
「だ、大丈夫ですか!」
俺はぶつかってしまった女性のことを抱き留める。その女性は純白のワンピースに身を包んでいて、艶やかな黒髪のロングヘアが印象的だ。年齢はだいたい……20代の半ばから後半ぐらいだろうか。
「ごめんなさい。急いでいて……」
「いえいえ。こちらこそ、うっかりしちゃって」
女性と目を合わせると、女性は急にぱあっ、と嬉しそうな表情を見せる。
「ヒロくん!」
「えっ?」
誰だよ、ヒロくんって。
そんなことを思っていたら、突然、女性が俺のことを思い切り抱きしめてきた。ふわっ、と甘い匂いがして、何だか妙に柔らかいものが当たってくるんだが。女性恐怖症が治っていなかったら、絶対に気絶していただろうな。
というか、こんなところを奈央に見られたらどうなることか――。
「隼人?」
振り返れば奈央がいた。それも、俺のすぐ側に。
ただでさえ暑くて、女性に抱きしめられているから余計に暑いのに、奈央の姿を見た瞬間、急に寒気がした。
奈央と目が合うと、彼女は急に怒った表情になり、
「……今の状況。いったい、どういうことか教えてくれないかな?」
「俺が訊きたいところだ! 俺、この人のことを全然知らないんだ!」
「それならどうして抱きしめ合っているの! しかも、この女の人……とっても嬉しそうに隼人のことを抱きしめているし! 私と恋人になって間もないのにもう、う、浮気なんてしちゃって!」
奈央の眼は潤んでいる。まずい、完全に誤解しているぞ!
「この光景を見たらそう思う気持ちは分かるけど、それは断じて違う!」
「……ううっ。ねえ、あなたは隼人とどういう関係なんですか! ちゃんと説明してください」
怒りの矛先が俺から女性の方に変わる。
そして、女性は落ち着いた笑みを浮かべながら、俺への抱擁を解いた。
「あらあら、ごめんなさい。あまりにヒロくんに似てたから……」
「……そのヒロくんっていう名前、さっきも出てきましたけど、それっていったい誰のことなんですか?」
この女性曰く、俺に瓜二つらしいけれど。
「彼がそう呼ばれているのは聞いたことないんだろうね。ヒロくんって、あなたの父親の坂井広樹のこと」
「と、父さんのことですか!」
それじゃ、似ていると言われても仕方がない。昔から父さんとは見た目が似ていると言われたことは何度もあるし。
というか、こんな女性が父さんの知り合いだったなんて。全然知らなかった。奈央も驚いているようだ。
「今のあなたは大学時代の彼にそっくりよ。ヒロくんの息子の隼人君。あなたが小さい頃に会った以来だから、15年は経っているかしら。あの頃はとても可愛かったのに。今はとても格好良くなったわね」
「そうだったんですか。おひさしぶりです、と言っても覚えてないんですよね」
ちっとも覚えていないということは、おそらく、物心が付く前にこの女性と会ったのだろう。
「仕方ないわよ。そこにいるあなたの彼女さんにもその時に会っているの。確か……香川奈央ちゃんだったっけ?」
「は、はい。そうです。……す、すみません。直人が浮気としているとか勘違いしちゃって。本当にごめんなさい……」
奈央は物凄く恥ずかしそうに、女性に向かって平謝り。この女性、奈央とも会ったことがあったんだ。
「ううん、いいの。隼人君があまりにもお父さんに似ているから。昔の自分になっちゃって、思わず抱きついただけ」
そう言う女性の頬は仄かに赤くなっていた。
何となく、今の一言と表情だけで父さんとの関係性が分かってしまったような気がする。それはもちろん、俺の知らなかったことだけれど。とりあえず、本人に訊いてみよう。
「あの、父さんとの関係って……」
恐る恐る訊いてみると、女性はにこっ、と笑って、
「私の名前は須藤歩。隼人君の両親の大学時代の友人。そして、ヒロくん……君のお父さんの元恋人だよ」
遥香はそう言ってリビングを出て行ってしまった。
今までも父さんが俺や遥香を叱ったことはあったけれど、今日の父さんはいつもと違うように見えた。娘を大切にする親心も感じられたけど、それよりも同性で付き合うことに対する憎悪の方が次第に強いように思えた。
「父さんの気持ちも分からなくはないけど、どうして遥香にああいう言い方をするんだ! 遥香の気持ちだって少しは考えろよ」
「親だからこそ、時には非情にならないといけないときがあるんだ。今の遥香を見たらそのくらいのことを言わないと原田さんとは別れないだろうから」
「そういう風には感じなかったけれど。どういう理由かは知らないけど、父さんは一個人として同性で付き合うことに嫌悪感を抱いているんだ。そこに、親として娘のことを考えていることの欠片さえ感じられない」
きっと、遥香はそれを感じたから家を飛び出したんだ。親心が故の反対であれば、遥香があんな態度を取ることはないと思う。
「親だからこそ、遥香の気持ちを尊重して、遥香を信じてもいいんじゃないのか。そんな言葉を一切口にしなかった父さんは最低だ」
こんなに怒ったのは今までにないと思う。雅先輩のときでさえも、ここまでの怒りは抱かなかった。父さんの言葉を借りれば、親だからこそ……こんなにも苛立つんだ。
「俺が遥香を探してくる。遥香を家に連れ戻したら、遥香に謝ってもらうからな。絶対に!」
父さんにそう言って、俺は家から出る。
「……探しに行くとは言ったものの、あいつがどこに行ったのか分からないな……」
ただ、父さんとの話の流れから考えると、遥香はきっと原田さんに会いたいと思っているはずだ。
以前、絢さんが住んでいるのは潮浜市だと聞いた。ここから行くには電車を使うのが必須だ。まさか、こんなに暑い中歩くのは無謀すぎる。
そういえば、天羽女子は昨日で期末試験が終わっている。そして、絢さんは今月末にインターハイを控えている。つまり、
「天羽女子高校か」
遥香はきっとそこにいる。陸上部の活動に参加している絢さんに会いに行っているんだ。
今の俺はもう女性恐怖症じゃない。だから、天羽女子高校に向かって迷わず走り始めたときだった。
「きゃっ!」
一番近くの交差点で、出会い頭に女性とぶつかってしまう。
「だ、大丈夫ですか!」
俺はぶつかってしまった女性のことを抱き留める。その女性は純白のワンピースに身を包んでいて、艶やかな黒髪のロングヘアが印象的だ。年齢はだいたい……20代の半ばから後半ぐらいだろうか。
「ごめんなさい。急いでいて……」
「いえいえ。こちらこそ、うっかりしちゃって」
女性と目を合わせると、女性は急にぱあっ、と嬉しそうな表情を見せる。
「ヒロくん!」
「えっ?」
誰だよ、ヒロくんって。
そんなことを思っていたら、突然、女性が俺のことを思い切り抱きしめてきた。ふわっ、と甘い匂いがして、何だか妙に柔らかいものが当たってくるんだが。女性恐怖症が治っていなかったら、絶対に気絶していただろうな。
というか、こんなところを奈央に見られたらどうなることか――。
「隼人?」
振り返れば奈央がいた。それも、俺のすぐ側に。
ただでさえ暑くて、女性に抱きしめられているから余計に暑いのに、奈央の姿を見た瞬間、急に寒気がした。
奈央と目が合うと、彼女は急に怒った表情になり、
「……今の状況。いったい、どういうことか教えてくれないかな?」
「俺が訊きたいところだ! 俺、この人のことを全然知らないんだ!」
「それならどうして抱きしめ合っているの! しかも、この女の人……とっても嬉しそうに隼人のことを抱きしめているし! 私と恋人になって間もないのにもう、う、浮気なんてしちゃって!」
奈央の眼は潤んでいる。まずい、完全に誤解しているぞ!
「この光景を見たらそう思う気持ちは分かるけど、それは断じて違う!」
「……ううっ。ねえ、あなたは隼人とどういう関係なんですか! ちゃんと説明してください」
怒りの矛先が俺から女性の方に変わる。
そして、女性は落ち着いた笑みを浮かべながら、俺への抱擁を解いた。
「あらあら、ごめんなさい。あまりにヒロくんに似てたから……」
「……そのヒロくんっていう名前、さっきも出てきましたけど、それっていったい誰のことなんですか?」
この女性曰く、俺に瓜二つらしいけれど。
「彼がそう呼ばれているのは聞いたことないんだろうね。ヒロくんって、あなたの父親の坂井広樹のこと」
「と、父さんのことですか!」
それじゃ、似ていると言われても仕方がない。昔から父さんとは見た目が似ていると言われたことは何度もあるし。
というか、こんな女性が父さんの知り合いだったなんて。全然知らなかった。奈央も驚いているようだ。
「今のあなたは大学時代の彼にそっくりよ。ヒロくんの息子の隼人君。あなたが小さい頃に会った以来だから、15年は経っているかしら。あの頃はとても可愛かったのに。今はとても格好良くなったわね」
「そうだったんですか。おひさしぶりです、と言っても覚えてないんですよね」
ちっとも覚えていないということは、おそらく、物心が付く前にこの女性と会ったのだろう。
「仕方ないわよ。そこにいるあなたの彼女さんにもその時に会っているの。確か……香川奈央ちゃんだったっけ?」
「は、はい。そうです。……す、すみません。直人が浮気としているとか勘違いしちゃって。本当にごめんなさい……」
奈央は物凄く恥ずかしそうに、女性に向かって平謝り。この女性、奈央とも会ったことがあったんだ。
「ううん、いいの。隼人君があまりにもお父さんに似ているから。昔の自分になっちゃって、思わず抱きついただけ」
そう言う女性の頬は仄かに赤くなっていた。
何となく、今の一言と表情だけで父さんとの関係性が分かってしまったような気がする。それはもちろん、俺の知らなかったことだけれど。とりあえず、本人に訊いてみよう。
「あの、父さんとの関係って……」
恐る恐る訊いてみると、女性はにこっ、と笑って、
「私の名前は須藤歩。隼人君の両親の大学時代の友人。そして、ヒロくん……君のお父さんの元恋人だよ」
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